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107. 手遅れ  

107. Death runs my Black Veins


“ソレハ少シ違ウ、トダケ言ッテオコウカ。”

俺は、自分が思っているよりも、辛抱強い狼だったのかもしれない。

Teusがいつまでも閉口しているのには、慣れっこだった。

痺れを切らしたのは、主導権を持て余しているはずのGarmの方だったのだ。


「この期に及んで、はっきりしないな…。」

優位を保つその薄ら笑いを、もうやめろ。

洗いざらいをぶちまけてくれない俺の友達を、劣った関係だと思ったことは無い。

要領を得ない含み言ばかりで、穏やかな内心を搔き乱そうとばかりするのは止めてもらおうか。


彼女は確かに、俺が亡骸と成り果てた暁には、自分を大狼の眷属として迎え入れると言ったはずだ。

それ以外の理由で、俺が断頭台の上に自らの首を横たえることを望むことがあるだろうか。

お前に食い下がるだけの負け犬など、歯牙にもかけぬとあしらえぬのが、そんなにも嫌か。

一瞬でも、争いに彼女を晒すのを避けたい。そんな彼の思惑が透けて見える。


或いは、もっと別の理由で、醜く争うことが難しいのだとしたら。

俺は再び込みあげてくる吐き気に戦意を剥がれながらも、必死に眼差しを緩めず考えた。

…そう、繋がった。


「つまりそれは、先の血の話と大いに関連してくる。そういうことか?」

“……?”


Garmは瞼の無い瞳を、零れ落ちそうなほどに大きく見開くと、鼻面を大きく揺らして笑った。

“フフフ…ソレハ、モット的外レダ!”


賢狼の柄にもなく、混同しているではないか。

お前はいつから、物語の説明を、聞かされる側になったのだ?


“モウ、知恵ヲ振リ絞ルノモ辛ソウダナ…。”

思考停止してしまっても、良いのだぞ?

痛いとか、楽になりたいとか。その叫びに打ち勝つための気概を齎してくれる、その脳が傷を受けたのだ。

お前は全くもって、努力の至らなさを糾弾される領域にいない。

見るに堪えない、悲劇の主人公だよ。



彼は囁くような口調で、俺を投了へと誘う。



「……。」

しかし俺は恥辱に血が上ることもなく、彼に饒舌な解説を促した。

どうせ俺は、神々に盾突く愚かな怪物でしかない。


それに実際もう、面倒くさくなってきてもいたのだ。

頭の中にはっきりとしている道筋は、一つしかない。

この無気力が、お前に貰った一撃のせいだと言うなら、少しは納得がいく。

もう少し元気だったなら、俺はTeusを救えぬ非力さに、逆上するどころか、泣き叫んでいたに違いないからだ。


何かが、おかしい。

気づかなくてはならない何かを、見落としている。

狼を凌駕する存在が、俺を狂わせたまま。

思い描いた勝ち筋を奪い続けている。


“確カニ、オ前ノオ友達ハ、流シ込マレタ血ノセイデ、此方側ニ染マリツツアル。”


“ケレドソイツハ、俺ノ友達トハ、違ウンダヨ。”


「…それは、良いことを聞いたな。」

Teusに流れる血の浸食が不可逆なものであるとしたなら。

それはお前によって食い殺される運命を免れないという意味になるからな。


「では換言すると、俺は ‘そちら側’ には辿りつけぬのか…?」

“ソウハ言ッテイナイ。オ前モ着実ニ、染マリツツアルハズナノダガナ。”


“先程カラ見ルニ随分ト拒ミ、抗ウデハナイカ。面白クナイ…。”

自覚は無かった。

しかしGarmの眼から見ても、やはり俺にはTeusにはない毒への抗体を生得的に秘めているように映るらしい。

そしてこんなにも全てを知り得ているように振舞っておきながら、その原因が分かりかねているのだ。


これは、見落としてはならぬ事実である気がする。

それは間違いなく、俺が祝われていることの証だから。

労せずして得られたこの強みを、どう生かせばよい?

何か、俺しか知り得ていないような過去が、そうさせているのだとしたら…。


「っ……。」

…駄目だ。

棘付きの鎖で締め上げられたように、追憶を頭が拒む。

無理に潜ろうとすると、激痛で意識が遠のきそうだった。


分からない。

或いはもっと、俺が生まれるよりも前の話に起因するのかも。

血の話と片付けられるのは、そうした事情に違いない。

俺にはGarmと同様、知る由も無いのだ。


それ故俺には、Teusが苦しんでいるはずの異変が現れず、彼の眼に映る世界との相違に、絶えず疑いを持ち続けている。

俺が血染めの月に照らされた世界で、こんな肌の滑る化け物どもを相手に苦戦を強いられている一方で。

Teusは色の欠けた世界で、また違った造形をした怪物に恐れをなし、またそれを嬉々として屠る俺を目の当たりにして、動けずにいるのだ。


“…ダガ、先ノ一撃ハ、ヨウヤクオ前ノ毛皮ヲ僅カニ貫イタ。”


“ニモ拘ワラズ、ピンピンシテイヤガル。”


そう、その通りだ。

俺は不覚を取られ、毒針の注入を僅かに許してしまったのだ。

散々にTeusを危険に晒し、その上行動を制限され、利用され。

奇麗に捨て駒を使い切り、狙い澄ました一手で詰められる。

ぎりぎりの反応によって、この程度で済んでいるが。

Garmによってを除いて無傷、その神話は破られてしまった。

これは、明らかに彼の戦略の幅が広がった絶望を示唆している。


そのはずなのに、俺は依然として立っている。

それはTeusとて同じことではあるのだが。

未だに俺は、その毒の浸食を体感として感じられていない。

少なくとも、Teusと同じ世界を共有できる喜びを、味わえていないのだ。


余程に、身体が頑丈であるということなのか。

それとも、Garmの眷属が与える血は、やはり俺には通用しないのか?


だとしたら、何故だ?

不適合。

…種が、違うのか?


“…ソウカッ!!”

Garmは自分にそっくりの思案顔をして俯いていたが、やがて思い当たる事があったのか、閃いたというようにぱっと顔を輝かせた。


“オ前ハソンナニ、オ友達ト同ジ側ニ行キタイノダヨナ?”

「……?」


オ嬢との戯れに夢中になりながらも、此方のやり取りに聞き耳を立てていたらしい。


そう。


奴は気がついていた。

俺の描き続けた、ただ一つの狙い。

その助走に。




“ナラ俺ガ直々ニ、望ミ通リソウシテヤロウッ!!”


Garmは、どうしてもっと早く気が付かなかったのだと、上機嫌を隠しきれない。

そんなにも、俺を此方側に引き込むことが簡単であったのかと。


そう。

同じ大狼の血なら。容易く飲み込み、受け入れるはず。


「ま、待ってくれ…!!」

「Teus…?」



「お願いだっ!お願いだからFenrirをこれ以上…!」

“フフ…貴様ニ、コノ俺ガ止メラレルトデモ?”


“イヤ、撤回ダ。…オ前ニソノ力ガアルト、俺ハ考エル。”

お前と話すことを、有益だと感じているぞ。

この狼は分からず屋だ。しかし、お前は違うよな?


“ドウシテモ、コイツニ真実ヲ知ッテ欲シクナイト言ウノナラ。”



“コイツニ言ウンダ。”



“俺ニ、無抵抗ニ殺サレロト。”



「そ…ん、な……。」



がっくりと膝を血溜まりに付き、彼自身の色が欠けてしまったかのように、青ざめた頬に涙を零す。


何も言い返せないのは、彼自身が抱え続けていた秘密に、もう封を仕切れないと悟ったからだろう。



“無理ダヨナアッ!?ソンナコト、オ願イデキル訳ガ無イ!”

「おい…。まだ話は、終わってない、ぞ…。」

俺を殺すのは一向に構わないが。

その先について、教えてくれても、良いんじゃないか?

寧ろ、そちらの方が本題であった気がしていたのだが。


“イイヤ、モウ交渉ハ決裂シタ!”



“俺ハ、オ前受ケ入レルコトヲ、諦メヨウ。”



「……。」



“ソレデモ、構ワナイカ…?オ嬢?”


“俺ハ、ドンナニ立派ナ操リ人形ナンカヨリモ。貴方ト一緒ニイタインダ。”


“オ嬢サエイレバ、狼ノ友達ダッテ、欲シクナンカナイ。”


「…Garmが、それで良いのなら。私は…。」



“アリガトウ、我ガ愛シノ姫ヨ。”



“…大好キダ。”



そう言って、恭しく頬を舌で舐め、敬愛の証とすると。

彼女を置いて立ち上がり、初めて前線へと進み出た。



“神界ノ大狼ヨ!俺ハオ前ニ、近ヅコウ。”



Garmは、朗々と叫ぶ。



“我ラノ主タルJotunノ血ヲ受ケ入レルコト、光栄ニ思ウガヨイゾ!!”


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