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106. 鉄槌 3 

106. Judges Rules 3


少女の耳打ちに耳を傾けている余裕など、こちらには無い。

横腹に刺さった数本の棘。これが毒針の類だったとしたら、些細な負傷であってもそれは敗北の契機だと言ってよい。


生憎、体を捻って口先で引っこ抜いてやろうと奮闘している場合でもない。

この一瞬を動揺に費やしただけでも、相当に惜しまれるビハインドを俺は被った。

屈んでTeusに手伝って貰う間に、俺はどれだけの敵の接近を許すだろう。

負債は僅かに、しかし着実に溜まっている。

蝕まれる前に、反撃の狼煙を上げなくてはならないのだ。


本当に、手遅れになる前に。

時間が、ない。


それでも、その一言に、俺は耳を疑った。


「あの狼さんを、Garmの友達にしてあげる!」


“……!?”


その名を呼ばれた大狼が、驚きに耳をぴんと立てた時、

軍団の動きが、全て、止まった。



“オ嬢…?”



やはり、か。

俺が直感した通りに、彼らのあらゆる脳とは、一つに統合されていたのだ。

それは一見して随分と脆弱な構築であるように思える。本体を叩けば良いぞ、言っているようなものだから。

しかし、この大狼は、絶対に倒れない。彼らを操る権限を分散させるよりも、絶対的な力を授けられた一匹の神様に一任にしたほうが、安心できるということなのだろう。

実際、俺は容易くGarmになぎ倒され、今となっては、彼に近づくことさえも、容易ではない。

或いは、考え過ぎなのかもしれない。

彼女は疑いようもなく、心の底から彼のことを愛している。

惜しみなく、彼女自身の力を、愛すべき狼に分け与えただけのこと。

丁度Teusが、俺が誕生日を迎えたからと、彼に許された権限の最大限を行使して、大狼を甘やかす策略をあの手この手で実行に移してきたのと同じように。

受け手が身を滅ぼしかねないぐらい、喜捨に躊躇が無かった。

そもそも、この予期せぬ侵攻に対し、彼女自身から蹂躙と凌辱の意思と言うものをまるで感じられていない。

ただ純粋に、異世界への到達を楽しんでいるだけ。

無垢ゆえに、表情を変えた世界のサインが見えないだけ。

その推測が正しければ、Garmが授かった門番としての地位とは、武装を目指したものではないのだ。

やはり、彼は俺の降伏を望んでいる。


そして、先の一撃は、最後の警告。


ならば、俺が望んだとおりに、ことは進む。


いけない。

この期に及んで、俺はそんな憶測に意識を飛ばした。

痛みは、そこまででもない。けれど、日常的な思考論理に、頭を休ませてあげたくなったのだ。

そのような話題を、今は幾らでも歓迎する。


“今、ナント言ッタ…?”

穴のあくほど血走った瞳を主に向け、Garmは自身に隙が現れたことも構わず、彼女にたどたどしく問いかける。

彼は、いわゆるお世話係の命も担っているのだろう。

彼女の言うことには何でも耳を傾けて、そのすべてに対して寛大かつ肯定的な態度を示さなくてはならない。


しかし、明らかに、動揺の色が見て取れた。

俺には、未だに色彩の残滓が残っている。


「だからね、Garmにも、狼のお友達がいたらいいと思うの!」

“ソ、ソレハ…アイツモ、此方ニ連レテクルトイウコトカ?”


百足たちの動きが、心なしか弱まった気がする。

そいつらまでも、彼の感情の起伏に左右されているのか。

尻尾がたくさんあると、大変だろうに。

お前の友達に、簡単に心の動きを、読み取られてしまうぞ。


“デ、デ、デモオ嬢ニハ…俺ガイルンダゾ?”


彼は自分の代わりに、あの狼のことが気に入ってしまったのかと激しく落胆したのだ。

その一言は、胸が痛んだ。

気持ちはわかる。しかし、余りにも卑屈だ。



…俺みたいに。



「ああ、そんなことないわ。Garm!私はGarmのことがだーい好きよっ!!」

子供心に気を遣わされ、彼女はぎゅっと鼻面を抱きしめる。

きっと背後で、ぶわりと尻尾が揺れただろう。

それくらい、俺の心情は引き込まれ、彼のそれと共感として接合されつつあった。


俺の剥がれた切れ端が、彼の毛皮に縫い合わされたような錯覚を覚えたのだ。


濡れた狼の鼻先に変色した右頬を寄せると、それから彼女は少しばかり悲しそうな顔をする。

「…でもね、Garm。私、時々貴方のことが、心配になって。」

“エ…?”


“ナ、ナニモ、心配ナンカシナクテッ…!”


「ねえGarm。」


「貴方はずっと、一匹だったの?」


“……。”


「私と出会う前から、お友達になってくれる前から、ずっと。」



“…ソウダ。”


“気ガ付イタラ、暗クテ冷タイ、静カナ世界ヲ、延々ト一匹デ歩イテイタンダ。”


「そうよね。初めて会った時、Garmは私に、そう教えてくれた。」


「でもそれって。とても苦しくて、辛くて…」


「うまく言えないけれど…私。」





「私はね、そんな貴方に逢うために、この世界へ来た気がするの。」



“オ、オレニ……”


“逢ウ…タメ…ダ、ト?”



「そうよ、Garm。」


「貴方はいっつも、寂しそう。」


「どれだけ沢山のお友達を貴方に上げても、その瞳はちっとも嬉しそうじゃないわ。本当に楽しそうに尻尾を揺らしてくれるのは、私と一緒にいるときだけ。」


“ゴッ、ゴメン…オ嬢…オ、俺ハ……!!”


「私に出来ることは、何かしら?」

“……。”



「ねえ?Garm。」



「優しい、優しい狼さん。」



「貴方が悲しまずに済むようなお友達は、きっとこの世界にいない。」



「だから、約束するわ。」



「あの狼さんが、死んじゃったら。」



「…私は、彼を。」






「貴方の “友達” にしてあげる。」


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