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104. 地獄の門番 2

104. The Hellhound 2


互いが、明確な利益を目標として戦うことなど、そうそうないのだ。

何のために、相手の肉に牙を突き立てようとしているのか。


彼らは絶対的に悪なのであろうか。

いいや、違う筈だと踏みとどまって、相手の立場を慮ることができたとして。

その上で何故、相手の野望に牙を剥こうとする?


元より曖昧な動機に疑問を抱くことを忘れるため。

激しい憎悪で、己を煽るのだ。


ちょっと、見ず知らずの狼が縄張りを通りすがっただけではないか。

足跡と共に、汚らわしい吐息を巻き散らしたのは、確かに頂けなかった。

この森を踏み躙り、それ故国の主の名を酷く辱めた。


だが…きっとすぐに、この地を去るのだろう?

大狼の存在にすぐさま気が付き、そうして狼らしい敬意を表したのであれば。

次に為すべきことは、分っているはずだ。


悪意は、無かった。お前たちは侵すつもりで、この森へ立ち入ったのではない。

出来る限り速やかに森を抜け、狼の匂いが消え失せるまで、遠くへ、遠くへ走るが良い。

この縄張りは人を許さぬ故、広大だ。

だから、途中で休むことだって許す。

その意思を絶えず見せる限り、深追いはしないと、約束しよう。


それが、我々のやり方だと、心得ているな?

俺から、そのように目を逸らした、Garmと名付けられし大狼よ。


たった今、お前は自分が狼であると示した。


ならば、俺も狼らしく振舞おう。

去るが良い。


お前が彼女と共に、きちんと次なる世界へと旅立ったことを確認したなら。

次に目の前に現れるまで、俺はお前たちを憎まない。


それどころか、お似合いのその睦まじいやり取りがいつまでも続くことを、祈っているよ。


見ていて耐え切れないぐらい、幸せそうだ。

俺には…そういうのは、向いていないが。



“ホウ……”


俺は低く下げていた頭を水平に戻し、警戒の姿勢を僅かに緩めた。


“見逃シテヤッテモ良イト?”

「…こちらも敬意を、表したまでだ。」


先ほどまでの暴虐ぶりは何処へやら。

俺はTeusの命をしゃぶろうと迫りくる異形の群れを、恩人の命を守る英雄にでもなった気分で葬っていたというのに。

しかしそれは、相手とて同じこと。

この少女に触れようと近づいた俺にのみ、Garmは本物の牙を見せた。

喜びながらも悪意無く森を腐らせた行いを、一緒になって笑っていたはずだ。


そのような自覚を少なからず有していたからだろうか。意外ではあったようだが、Garmは自分の応対にそれ以上狼狽えた様子を見せなかった。

“感謝スルゾ。オ嬢ノ邪魔ヲスルヨウナラ、ソイツ諸トモ、タダデハ置カナカッタカラナ。”


随分と減らず口を叩く。

確かに俺がやり返さなかったのは、自らがこの大狼に敵わないのだと悟っていることの意思表示のようなものだ。

しかし、俺たちはそういうものだろう。

互いが毛皮を食い破り合って、致命傷を負うくらいならば。

誉などの為に戦うようなことは、避けなければなるまい。

奇妙なことに、互いが似たようなお荷物を抱えている構図だ。

悲しませるのは、我々の意思に反する。


「言いたいことは、それだけか?」

煽り立てるのが好きと言うのなら、構わないが。

俺たちは、先を急いでいるのだ。


こいつの病毒の進み具合が、そろそろ本格的に気にかかってきている。


一刻も早く、ヨルムンガンドの攻略に戻らなくてはならない。



“英断ニ違イナイ。”



“ソノゴ厚意ニ、甘エルトシヨウ。”


周囲の空気が、僅かに色褪せた。

一触即発の事態は、避けられたかに思える。

此方が奇妙な動きを見せないことを良くよく確認すると、Garmはゆっくりと振り向いて尾を見せた。


不思議だった。

尻尾だけは、一匹の狼のそれを保っているのだな。



「…一つ、訪ねても良いだろうか。」

“ナンダ…?”


「ヨルムンガンドについて、何か知っているか…?」

“…アノ大蛇ノコトカ。”


“ドウ思ウ?”

彼は首後ろの毛皮に埋もれているお嬢様に話しかける。

驚いたな。俺は、直接口を聞く権利を与えられていなかったらしい。


異形の屍を従えし姫に仕える、騎士様という訳か。

その娘の地位によっては、神託者と言っても良い。

何れにしろ、彼にとって俺は図が高すぎて気に喰わなかったのだ。


「そうねえ、Garm…。」


振り返った彼女は、腐った半身を此方に見せた。


「その人はだいぶ、”こちら側”に近づいてしまっているようだわ。」

その言葉に、Teusはびくりと身体を震わせる。

突如として宣告された警告が、不穏であることは明らかだ。


“同感ダ。ダイブ、飲マサレテシマッテイルヨウダナ。”


「どういう意味だっ…!?」


真相を尋ねることに躊躇いは無かった。

俺はこの期に及んでTeusに訪れる最悪の結末を恐れている場合ではないと知っていたから。

「この毒液は、Teusを蝕んでいるのかっ!?」

「毒…?とんでもないわ。」



「それは、ただの血よ。お友達の身体が内に流れることを、拒んでいるだけ。」

「血…液?」

何の話をしている?



「そうよ。」



「貴方にも、同じものが流れていた。」



……?

同じ、だと?




「ええ。だからやって来るの。もうすぐ此方にね。」



……。

「Teus…。」


俺は背中の上で、Teusが何らかの示してくれることを期待した。

彼はきっと、俺に沢山の何かを隠しているに違いない。

だから自分には、淡々と話す彼女の言っていることが分からないのだ。



俺に、流れていた血?



それを、あの蛇が、Teusに飲ませた?



察し難い。

血とは、何かの隠語なのか?




それとも…?




「……。」

しかし、Teusは口を開かなかった。

どうすれば、この窮地から生きて帰れるのか。

それさえも、本人の意思によって湧き出す疑問では無かったのだ。

代わりに、優しく毛皮を撫でる手の平の温もりは、まるでない。



「教えては、くれないのだな?」

「……。」

膝を、折ってしまいそうだった。

今のTeusから、生きる気力のようなものをまるで感じられない。

俺がどうにか治めた怒りは、彼の灯にまで息を吹きかけてしまったのかも知れない。




“話ハ、終ワリカ?”


「……。」



無言を是とすると、今度こそGarmは森の奥へと歩き出した。

それが互いの挨拶だったのだ。



“俺達ハ、向カウベキ場所ガアルノダ。”




「何処へ…向かうつもりだ?」

「Teus…?」



今になって、口を開くのか。

もっと気にすべきことが、あっただろうに。




しかし、Garmが口にした目的地は、俺とTeusの首筋を凍り付かせるのに十分な響きを湛えていた。


“ヴァン川ノ、向コウニダ。”




「今…なんて言った?」


“アア…モシヤ、ソノ人間ノ住ム土地ダッタカ?”

下品に嗤うと、ぐいと尻尾を掲げ、ゆらゆらと揺らして機嫌を示す。




“ソレハ悪カッタナ。”



“シカシオ前ニハ、関係ナイデアロウ?”



“縄張リハ侵サヌ。シカシコノヤリ取リハ、人間ドモニハ不要ナモノダロウ。”



「……。」



“済マナイ。俺ノタダ一度ノ我ガ儘ヲ、オ嬢ガ叶エテクレルノダ。”



“モウ逢ウコトハ、ナイダロウ。同族ノ血ヲ引ク大狼ヨ。”





“サア!行コウカ、オ嬢…。”



「止まれ。」



“道草ヲイッパイシヨウ。オ嬢ガ見タイモノヲ、一緒ニミルンダ!”



「其処には、俺を拾ってくれた、狼の群れが暮らしている。」



“俺ハ、ズットオ嬢ノ傍ニイタイ。”



確かに、俺の縄張りではない。



でも。



Skaがいる。Yonahがいる。






Siriusがいる。







「通すわけには行かない。」





「Fenrir……」






“止まれと言ったんだ!!”



“聞こえなかったか!?地獄界の大狼よっ!!”




“……。”





“良カロウ。”





“…コレデ、ヤリヤスクナッタ。”


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