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101. 欠色 3

101. Devoid 3


Teusにこんな毒を盛ったのは、どこのどいつだ?


「狼に…だと?」


有り得ない。彼は間違っても、俺の前でそんな世迷言を言うようなやつではない。

狼としての俺の存在を誰よりも尊重してくれた友が、軽率にも自信の内に狼を見出すものか。

この怪物が一体どれだけ泣いてきたか、苦しんできたか、彼だけは理解してくれたのだ。


Teusは一度も、‘狼になりたい’ などとは、抜かさなかった。



「ごめんね、急にこんなこと言い出したりなんかして。」

「お前らしく、ない、な……。」


激しい動揺を隠せなかった。

そうやってお前が、楽しそうに話し続けることを懇願したはずなのに。



「おかしいよね。ふと思ってしまったんだ。」


「Skaは、いつもこんな風景を見て、暮らしていたのかなって。」


「……Skaが?」

どういう、意味だ。



「Skaはずっと、こうして ’色’ の見えない、白黒の世界で生きてきたんだと思うと……。急に自分の眼が、狼であるような気がしてきて。」



「色のない…世界。」




「今まで普通に話してきたから、何とも思わなかったけれど。Fenrirって、色が分かるんだよね?」

「え?…あ、ああ……。」


俺には、目の前の腐敗した世界が見えている。

その色が放つ臭いも、痺れるような苦みも。感覚として繋がれているのだ。


それを俺は、当然のことだと考えていた。

だって、俺は人間の言葉を隅々まで理解できたから。

彼らが一心に綴る言の葉が塗った景色を、瞼の裏で眺めることができたから。


春は光に溢れ。

眩い色彩に、満ち溢れていたから。


「うん。そうだね、その通りだ。」


「でもね。犬や狼って本来は、色の見分けがつかないんだよ。」



「そ、そう…なの、か…?」

「殆どが、白黒の濃淡で描かれていると言われているんだ。」


「ちょうど、今見えているみたいに。」




Teusは、俺の目の前に広がる世界とは別のものを眺めていることを明かした。

はっきりと今、そう言ったのだ。


俺とTeusの瞳は、違うのだと。


真っ白だ。

彼が漏らした言葉の意味が、ようやく明らかとなる。


「う、そだ…。」

「Skaに聞いてごらん。きっと首を傾げると思うから。」


寧ろどうして、今まであの狼達との会話の中で、そのような疑問も湧かずに、違和感すら覚えることなく過ごして来れたのだ?

俺は、どれだけ彼らと希薄な関係を過ごしてきたと言うのだ。


季節の変化を機敏に感じ取っては、嬉しそうに報告を繰り返したSkaの顔が浮かぶ。

いつも邪険に扱うふりをして、聞き流してきた。


きっと彼なりに、微妙な濃淡を読み取って、それを美しいと述べていたのだ。

俺がそうできるとばかり思って、遠吠えに誘ってくれていたのだ。


俺は、何も気が付かずに、ただ眩しくて堪えられないと瞳を閉じ。

それから耳を塞いでいた。



「……。」


気が付けば、俺は走るのを止めていた。



Teusの身に起き始めている異変など、もうどうでも良かったのだ。

いいや。それを彼のものだと捉えることを、止めてしまった。


許してくれ。気が付いてしまったのだ。



「お、俺は…。」



それは、いつだって我が根幹を揺るがし、崩してきた。




Teusの言葉は、絶えず俺の生を問うてきたのだ。



一年前よりの葛藤が、ありありと思いだされる。

俺は全く同じ恐怖に唆され、死の淵に一緒に立ち続けてくれた彼に、こう問うたのだ。


俺は、お前によって、世界で一番優しい怪物へと姿を変えさせられた。

神様の力によって、俺は初めてそのような容姿で生かされたのだ。

どれだけ涙を流し、ありがとうと叫んだだろう。

これから物語の真似事を始めることを、許される。

終わったはずの神話の行間に、まだ余白がある。

そこに好きなように、書き綴っても、良いだなんて。


でも同時に、ちょっぴり今も、恨んでいる。


俺は、幸せな怪物のままでいてはならないと考えているから。

何らかの答えを、生かされている内に導き出したがったのだ。


俺は、結局のところ、怪物でしかなかったのか。

こんなにも力強い言葉で祝福されても、結局はその曖昧な存在に逆戻りをしてしまうくらいなら。


俺は、見定めたいのだ。

俺は狼であるのか。人間であるのか。




それが、大切な友達との別れを意味するのだとしても。

大好きな父さんと母さんに、尾を向け森へと還っていくことだとしても。


たった一つと二つの繋がりだ。

喰いちぎるのには余りにも太い鎖だったがな。



しかし、もう殆ど、叶いつつあると思っていた。

ある結論に、至ることができると自惚れていた。



俺は自らの意志で、それでいて最高の親友に喜ばれながら。





狼となりたかった。




たったの一匹が放った遠吠えだ。

それが呼んでいた。


俺を狼だと言ってくれた。

ただ一匹と同じになりたかった。






でも…。


でも……。


俺は……。



おかしかったのは、俺の方であったのだ。




「狼、では……な…。」




「狼だよ。」








「いいや、狼だ。」



「Fenrirは、狼であって欲しいと、俺は思う。」



「それは今でも、変わらないよ。」





ごめんね。こんなこと言うと、Fenrirは不安になってしまうよね。

Fenrirが普通の狼と違う所があるって、別にそんなことが言いたいんじゃないんだ。


前に自分でも言っていただろ?

難しい言葉を使っていたけれど。これは飽くまで、身体に関する話だ。

器の見た目でしかない。


だって、Fenrirは、少しだけでも、人間なんだと思ってくれていた時が、あったんでしょ?

ありがとうね。

忘れないでいてくれたら、嬉しいよ。


だって、その時の気持ちは、君のその立派な姿と、何の関係も無いことだから。



「……。」



「本当にごめんね。」


何も考えずに、Fenrirを傷つけるような言葉を、口にしてしまった。




「俺が言いたかったのは…。」




「言いたかったのは…」




「ごめん。」




「何だろう……」




「分からないや…」




「……。」




「ごめん。」









「多分、嬉しかったんだ。」





「こんな世界に出逢えて。」


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