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95. 座礁 2

95. Death Stranding 2


「…暫しの別れだが…寂しいものだな。」


昨夏の旅路を遡ることにしようと思うぞ。

それ故ヴァン川に沿って上ることはせず、西側森深くへと潜りながら北上する。

路面は悪いが、そのほうが日陰は多い。結果的に一度に多くの距離を稼げるはずだ。

1週間ほどで、潮の香りがお前の鼻をくすぐるまでに至るだろう。


「どうしたんだい…急に。」


Vesuvaを離れて数刻と経たぬところで、俺は何も考えずに、そんなことを呟いたのだ。

罠探しの任を終えるまでの付き合いにするつもりだったのだが、情が芽生えてしまったのかも知れない。


Siriusに代わって、あの群れの面倒を見てやる気分は、悪くなかった。

彼らはきっと、その名を授かった大狼の匂いを知らぬだろう。しかし、Skaの計らいによっていとも容易く群れの一員として受け入れられた俺は、彼らの守護神として直ちに認められたのだ。


自分の中にSiriusを見出してくれているかも、そう自惚れてほくそ笑んでいた。


そのうちの何匹かは好奇心に耐え切れず、Skaの子供たちの紹介を受けて、俺との会話を試みた。

それが大変に名誉なことのようで、あの大狼とお喋りをした、などと仲間に自慢することが一時的に流行ったことがある。

もし、彼らが仔を授かったなら。きっとSkaの夫婦ように、披露したがるのだろうな。


そうなると、俺は遂に、異質な存在でなくなる。

産まれたその時から、大狼は群れに生きていたのだから。

その世界で、それは恐れるに値しない。



…なんて、夢を見過ぎているかな。


けど、その全能を仲間に向けて振舞うことの心地よさや、見返りなんて、どうでもよくて。

少しでも恩返しができたのなら、俺は満足なのだ。



「ありがとうな、実に楽しい日々であった。」







「…Teusよ。」



「俺は、もうVesuvaで過ごすことは止めようと思う。」



「……。」



今回のことで、よくわかった。

これは ‘戦争’ である、と。

俺には、知覚しえぬ、そのような禍なのだな?


お前は良く知っているのかも知れない。

勝ち負けではないのだと。


或いは、戦う前から、負けているのかも知れないな。

勝敗に拘ることそれ自体が、痩せた考えとも言えそうだ。


もう、それの火種となってはならない。

深い関わり合いは、今度こそ群れを滅ぼすだろう。

その時、俺はきっとお前たちを護れず、神の力に抗うことさえ叶わない。


そう予感している。


だから後は、この二人に守ってもらうと良い。

彼らは変わり者だ。たとえどんな時でも、自らを犠牲にしてでも、狼の味方であり続けてくれる。


それだけは俺が、保証するから。



頼んだぞ。



「……。」


「そんなこと……。言わないで…。」



「好きな時に、遊びに来てよ。みんな…寂しがる…。」

背中に乗せた客人は、不安を両手に掴む毛皮に込めた。


誰もが君のことを、歓迎している。

もうFenrirは、立派な群れの英雄じゃないか。


ヴァナヘイムの人たちのことを気にしているのかい?

それだったら心配いらないから。


誰も君に文句なんて言わせない。

狼に牙を剥こうとする輩は、俺が黙らせてやる。

もう一匹だって、命を狙われてたまるものか。


必ずみんなが、君を受け入れるようにして見せる。

良いかい、Fenrir。Vesuvaの領主は、この俺だ。

そこに立ち入る者を定めるのは、ヴァン神族の一人として何ら驕った権利じゃないだろう?



…頼むから、俺とSkaたちを悲しませないでくれよ。



「……。」

友人を背負っている間は、いつもより心の風通しが良かった。

面と向かわないからだろう。恥ずかしげもなく、選んだ言葉を紡ぎだせた。



「…一匹狼と、成り果てる。」


「それは、現実に起こりうることだ。」


新たな群れを求めるため、運命の(つがい)を求めて袂を分かつ決意を帯びた狼が、度々現れると話したな。

たとえ今いる仲間との日々がこの上なく満ち足りていて、ずっと一緒に狩りをしたいと願っていたとしても。

彼らと共に遠吠えを楽しむことを、諦めなくてはならない。


別の縄張りを選んだ、はぐれ狼という訳だ。

俺は、それになりたい。



考え方が変わった、と言っておこう。

しかし、それだけの感銘を受ける書物に出会ったからではない。

最近そう思うようになった、ぐらいに捉えてくれ。


Teus。どうか、驚いたりしないで欲しい。

寧ろ根幹は、変わっていないとさえ思えるのだから。



俺は、幸せ過ぎた。

そしてきっと、それを受け入れるに値しない。


この不安は、ずっと俺に根差してきたから。




決してSiriusの探求を諦めきれていないからではない。

それは誤解のないようにしたいぞ。


俺は、最期まで彼を憧れるだろう。

しかしこの世界で、もう彼の面影を探し回るような真似はしない。

この世界が青く染まっても。

俺は超えようと意思を見せぬ限り。

貴方に、ずっと並べない。



そしてそうと分かったからと言って、貴方に会うために、この世界を抜け出すつもりもない。



ただ……。



「…ただ?」



ただ……。


……。


済まない。

今の言葉は、忘れてくれ。




だが、俺の言葉を無下にすることも、しないでほしい。



…実際、群れの注意を集めるのはもう疲れた。

狼が出会うべきではない脅威が去った今。

彼らの健全な復興を思えば、俺はその力の一端を貸すべきではないのだ。


そうだろう?

あやつらは、新たな狩場と、出来立ての巣穴に慣れ親しむ必要がある。

それをこちらがあれこれしてやるなど、それこそ飼い犬と同じだ。


俺は、必要とされてはならぬ。



「…だから有事の際にはもちろん、お前の招集に必ず従おう。」





もしもお前と、その群れが助けを求めるのなら。

その下手くそな笛を、鳴らすが良い。


俺は最高の遠吠えで応え、

友の元へと向かおうではないか。




そして、俺はお前たちがとんでもないお人好しであることを知っている。




これだけ言っても尚、洞穴を訪ねると言うのなら、俺はもう拒むこともしない。

ああ。お前と群れ仲間を、喜んで歓迎してやるつもりだ。


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