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89. 雪解け道 4 

89. Thawing Road 4


言ってしまえば、Fenrirを山車に使おうと躍起になったLokiと、俺との間のいざこざみたいなものさ。

多分、互いに相手のことが嫌いとまでは言わないまでも、気に食わないぐらいには思ってる。

それ自体は別に構わない人間関係だと割り切っている。腹立たしい言動はできるだけ横に流してきたつもりだ。

それに彼に対する負の感情は、君のことを見てると全部忘れちゃう。

けれど、その戦いの中に周囲を巻き込んでしまったら、それまでだ。


よく聞いて、Fenrir。

内輪の喧嘩をそのまま続けたならば、国際問題に発展するリスクを持たせたい。

彼らが俺を生かしたもう一つの理由は、そこに根差していると思っているんだ。

だから俺は、ヴァン神族の名を加え、神の名を連ねることを受け入れた。


今、ヴァナヘイムは相当に混乱した最中にある。立て直すのに必死の状態なんだ。

(はた)から見れば、真っ当な判断が出来ていないように思えるぐらい。けれどもそれも仕方のないことな上に、俺は口を出せる立場にない。


誰が、ヴァン神族を治めるのか。

最も重要な後継ぎの問題が、解決していないんだ。


「それは…普通、あり得るのか?」

「いいや。世継ぎの王子が急逝するとか、余程の事情がない限りはね。」

次期国王が正式に決まる前に、王様が亡くなった訳でもない。長老様は相当にお年を召していたから、そういう話は絶対に話題に上っていたはずなんだ。


「では、一体どんな事情が混乱を招いていると言うのだ…?」

「それがね…」


“Teus様、お話しているところすみません。ちょっと良いですか?”

そこに突然、何処かに行ってしまったかと思われたSkaが戻ってきた。

「あ、ああ…分かった。今行くよ。」

彼の言葉が直ちに分かるということは、いつものことであるようだ。

ごめん、ちょっと待ってて。そう詫びると、Teusは腰を上げ、近くにあった例の屋敷と思しき建物の中へと姿を消してしまった。


“んん……。”

突然顎乗せ枕を失ったBusterは、何が起こったのか理解できぬまま目をぱちくりとさせている。

父親に鼻先で突かれると、むくりと体を起こして毛皮をぶるぶるっと震わせた。


“おはよ…パパ。みんなは…?”

“お家の裏庭で、遊んでるよ。”

“僕も…いく。”

“ああ、行っておいで。今日のこと、みんなに自慢するんだろ?”

その言葉でようやくBusterは眠気まなこをまん丸に見開き、成し遂げたばかりの大冒険を思い出した様子だ。

“…そうだった!僕、ママにもまだ、ただいましてない!”

“ママもいるよ。みんな帰りを待ってるから。”

先に帰っていなさい。パパもすぐ行くよ。


“うん、それじゃあまたね!Fenrirさーん!”

“お、おお…今日は、ご苦労だったな。”

挨拶を要求されていると気づき、慌てて鼻先を近づける。

“わーいありがとっ!ばいばーい!”


彼は満足げに尻尾を振り回すと、喜び勇んで家族の元へと帰って行ったのだった。

頼むから、俺のことを話さないでくれよ。


“ごめんなさい、お邪魔してしまって。”

“構わん。Teusは何処へ?”

“はい、お嫁さんがお呼びでして。”

“…そうか。”


実は、俺とTeus、それから狼たちがいるのは、例の洞穴の前ではない。

辺りに身を隠せる白樺の林は見当たらず、俺はとてもBusterのようにお昼寝をする気になれない。

“追放ねえ…。”


とてもその処遇に相応しい刑罰とは思えなかった。

何故ならここは、神の奇跡によって再びヴァナヘイムの一部となった、Vesuvaであるのだから。


突如として帰還を果たした敗北の地を不気味がり、ヴァナヘイムの人々が誰も近寄ろうとしないと聞いている。

至極当然のことだろう。俺だって、初めてVesuvaが音もたてずに動き出す様を目の当たりにしたときは、理解もままならず尻尾を巻いて逃げ出した。

今でこそ、あの土地の意思とは大狼の追放に携わった兄弟の力の残滓として説明がつく。だがそれでも崩れた街並みは、今にも周囲の景色を見知らぬそれへ変えてしまいそうで測り知れない。


少なくとも、嘗ての賑わいを取り戻すには、一朝一夕とは行かないのだ。

またいつ我が家が遠い何処かへと飛ばされてしまうかと不安に怯えながら暮らすことを思えば、移住を躊躇うのが普通だろう。




…実はそれは杞憂である、というのが俺の見解なのだが。

というのも結局、Teusが取り戻したかに思えた偉大な力は幻想であったようなのだ。


ただ力の担い手であったダイラスが伏せてしまったために、この土地はあるべき場所に戻ってきた。

そう解釈するのが自然だと考えている。

なぜなら、あいつは結局、自分自身を自在に顕現させることが出来ていないからだ。

Skaはそんなことはないと言うが、俺はそう確信している。奇跡の媒介者は、彼独りとはなりえない。

お前の吐息に優しさを感じられた冬の終わり。

Siriusの元へと俺を送り届けてくれたことは感謝しているが、そのあと洞穴まで迎えに行く羽目となった俺の身にもなってくれ。



ともあれ、この土地は彼にとって都合が良かった。


ヴァナヘイムから形だけでも身を引かざるを得なくなったことも嘘ではないのだろうが、きっとアースガルズに戻る気も更々ない。Freyaは此処から離れたくないのだろうし、狼たちの面倒を見る気があるのは、今やこいつだけ。


拠り所を失った狼たちとTeus夫妻は、未だに無人の都市であるVesuvaを新たな縄張りとしたのだ。


罠探しの手伝いを頼まれたのは、こうした経緯があったという訳だ。

新たな狼たちの活動拠点となった新Vesuvaはヴァナヘイム西部に隣接しており、ヴァン川からはより近場になる。これは、彼に呼び出された際に、群れ仲間に会いたいと吠えるのが聞こえた時に、ぎりぎり赴けない範囲でもない。



古ぼけた家屋の中に、思い思いの居場所を見つけた家族が潜んでいる。

至る所で狼たちの息遣いが聞こえてくるのは、はっきり言って落ち着かなかった。

人間に囲まれて暮らした日々に、こんな怯えを抱いたであろうか。

皮肉なことに俺は、人間よりも、狼と対峙する経験が浅かった。


しかしそれはあちら側も同じようで、何処かで嗅いだことのある匂いがする大狼を、一応は群れの一員として認めているものの、Skaの家族のように自分から近づく勇気はまだないようだ。

遠いところからTeusと談笑をしている俺たちを見つめているだけだが、最近は頭を低く下げて観察することも無くなりつつある。

ほら、今日も家の外壁に隠れて、誰かがじっとこちらを覗いている。


あの一匹は、そのうち警戒心が好奇心に屈してしまいそうな予感がしている。

当然、俺のほうから語り掛けるだなんて出来る訳がないのだが。



気が付かないふりをして大きな欠伸をすると、Skaにもそれが伝搬して目を細めた。

凄まじい睡魔に襲われ、丸くなれば。ひょっとすると、あいつは匂いを嗅ぎに近寄ってくるかもな…。


「ごめんごめん!お待たせー!」

「……。」


薄目を開くと、目の前に姿を現したのは、その若狼ではなかった。

席を外していたTeusが、帰ってきたのだ。


「挨拶したいって言うから、連れてきちゃった。」


彼はお姫様抱っこをした妻を見つめ、幸せそうに微笑んでいる。

歩くことが叶わぬ彼女は、素足のままだ。



「なるほどな……。」

随分と、春らしい寒風に靡くではないか。




ゴルト・V・ルインフィールドに代わり、

ヴァン族を統べるはずだった神というのは。




Teusの妻。

Freyaであったのだ。


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