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89. 雪解け道 

お待たせいたしました、新章スタートです!

序盤はやや駆け足にはなりますが、どうぞお付き合いください!

89.Thawing Road


季節は進み、裾野は重たく白い外套をたくし上げた。

獣道は瞬く間にぬかるみ、踏みしめる感覚が実に心地よくない。

遠回りをしてでも、冬の残骸が残る日陰を選んで歩くのだが、それすらも最近は難しくなった。

せっかく見つけた雪山も、氷を砕いたようにざらざらで、土を含んで汚らしいものばかり。

泥沼に浸って遊ぶのは大好きだったが、転がりまわりたいのは巨体を受け止めてくれる雪原の上なのだ。

今となっては、それなりの遠出をしなくては、あの景色を拝むことは叶わないし、そこでも毛皮が喜ぶあの冷気は感じられない。


万に一つ、季節外れな寒気がもたらす奇跡すらも起こりはしない。

とうとう、冬は終わりを告げたのだ。


力が、弱まっているのを感じる。

俺はきっと狼であることを祝福され、魅せられていたのだろう。


生き永らえることができた、それは紛れもなく奇跡だ。

思い返せば、信じ難い。

この光景を再び目の当たりにすることになろうと、一年前に想像できただろうか。

醜い獣を蔑むかのように煌びやかで、平和呆けた、神様の世界。


ああ、蕩けそうだ。


芽吹きの季節など、自分には何の意味もなさない。

そう思わなくては、眼を細めるだけで、眩暈がして。

とても俺は、春を受け入れることができない。



“うぅ……”

機嫌が悪いのではない、どことなく調子が悪いのだ。

何故であろうな、鼻が詰まっているかのような、不自由さを覚える。

敏感な器官を侵されているせいで、あらゆる感覚がすこぶる鈍い。



ぼうっとした頭をゆるく振り、眠気を飛ばそうと大きな口をがぱりと開く。

ヴァン川の(せせらぎ)は、俺を今にもその場で丸くさせてしまいそうだ。

強烈な誘惑に、今だけはひれ伏してはならない。

起きた時の罪悪感たるや、凄まじいものであるからな。


目を、醒ませ。

陽気に侵され、微睡むのは、ここまでだ。


“…どうだ、何か見つかったか?”



お前たちは、どう思う?

こんなにも春の訪れを嘆く狼は、自分だけであるのか?



“こちらには、何もないみたいですね。”


“僕も、怪しいものは見当たりませんでした。”


“そうか。では、戻って報告に移るとしよう…”

“ご足労をかけたな、Ska。それからBuster。”


“いえいえ、こうして子供たちに経験を積ませられるだけで良かったです。”


“うむ、そうだな。初任務をこなせたことをあいつに称えられると良い。”


“わーい、僕が一番乗りだっ!!”


“お家に帰るまで、気を抜いちゃだめだぞ!何が起こるか分からないんだからなっ!”


“はーい、パパ…”



やれやれ。一匹増えただけでも、随分と疲れる。

足手纏いなわけではないし、構わないのだが。

Skaは初めての狼友達として、本当に接しやすかったのだなと痛感する日々だ。





“ただいま戻りました!Teus様!”

“はー楽しかったー!”

「あ、お帰りー!みんなご苦労様!」


俺たちの帰投に気が付くと、彼はぱっと顔を輝かせて初任務に当たった狼たちを出迎えた。


「ありがとうね、手伝ってくれて。Fenrirも助かってるよ。」

「ふん。俺一匹でも、十分なのだがな…」

連れ立った長男狼には聞こえないことを良いことに、俺は疲労に促されてそう零す。

こう不平を言うとお前は困り顔をするが、Skaは渋った側であることを忘れるなよ?

「でも、眼は多いほうが良いって自分で言ってたじゃないか。」

「それはそうだが…これでは仔狼たちの冒険に付き合っているだけだ。あまりにも当初の目的と、かけ離れている。」

お前に頼まれてやっていると言うつもりはないが、遊び相手をすると言ったつもりもないのだ。

本来の任務は、こうして阻害されるべきではない。違うか?

「うーん…」

彼は宙を眺めてしばらく考え込む素振りを見せたが、すぐに褒賞を求めているBusterの視線に気が付き、屈んで首元の毛皮に手を伸ばす。

「ご飯にしよっか!Buster。すぐに用意するから、待っててね。」

俺が注意した通り、彼は即座に耳の間の頭を撫でる癖をやめた。

まだ信頼関係の築かれていない間であれば、そうやって相手の視線の届く範囲から触れてやるべきだと叱ったのだ。

普段は俺の言うことなど横に流す癖に、こういう時だけは実に真摯で感心する。

「道理で、誰からも好かれるわけだ。」

「ん…?何のこと?」

いいや、何でもない。

お前は相応しいと思うだけだ。


「前にも言ったかもしれないけれど、これはFenrirにとっても良いことだと思う。みんなと過ごせる時間は、あったほうが良いさ。だからお願いだよ、手がかかるかも知れないけれど、ちょっとだけ我慢して付き合ってあげて?」

「う、うむ…」

別に、嫌ではないのだ。ただ…

「それに、あの仔が一緒に行くために頑張ってるんだろ?」

「……。」

「なら、楽しみに待っててあげようよ。」


そうだ。

彼には、立派に森を闊歩するという偉大な夢がある。


その為の一歩と考えれば、これは露払い以上の意味を見いだせた。

彼らと探索を続けることは、少しも惜しむべきではない。


「そうだな、無下にもできぬ…か。」

「うん、せっかく頑張ってくれてるんだ。そう言ってくれると嬉しいよ。」


景色が彩をとり戻したことに、一つだけ喜ぶべき点があるとすれば、

それはあの狼にとって、より確かな歩みをもたらしてくれるということだ。


その時は、じき訪れるだろう。

こうもしていられまい。眠気に抗い、気を引き締めなくては。


舌で鼻先を濡らすと少し嗅覚がはっきりとして、俺はようやく自分の分まで食事の用意がなされていることに気が付いた。

「そうか…悪いな。」

歩き疲れたなんてことはないが、取り分があるというのなら、胃袋には空きがあるのだ。


「ひとまずは、褒賞を受け取ることとしよう。」


「もちろん!みんなと一緒に食べると良いよ。」


俺は群れ仲間が待つ市街の跡地へ進む親子の狼の後ろを、ゆったりとした歩みでついていったのだった。


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