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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第4章 ー 天狼の系譜編 
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88. 冬の陰り 2

88. Crud Snow 2


「まずは、そうだ。その……。」


結局Teusは、冷たい雪の中に足を埋めたまま立ち竦んでいた。

和やかな雰囲気を作ろうと努めていても、結局は後ろめたさがあったのだと察せられる。

申し訳ないが、そうしてくれると助かる。

俺も伏せて休むことは、しないから。



「この間は、来てくれてありがとう。」



「……。」



既に、一月あまりが過ぎようとしていたなんて。

驚くべきことだ。

そんなにも長い時間を、無為に過ごすとは。

餓死に怯え震えていた昨冬と、何も変わらないではないか。


そんな月日に一つでも意味があったとするならば、罪の記憶を尾に繋いで延々と引き摺り、夢の中ですら狼の脚を喰わされ続けたことだろうか。

薄れて溶け行く記憶なんて、何一つないのだ。


そうとも。窶れ、衰えた狼を前にして。

お前はいつも、元気そうで良かったと寂し気に微笑む。


「助かったよ…Fenrirがいなかったら、俺はあの方を送ってやれなかった。」


「……狼違いだ。」


「え…?」


「俺は、あれからお前の前に姿を現した覚えはない。」



俺は、尊い若狼の母に、己が罪を告白せんと赴いただけだ。


首を垂れて詫びるなど、とんでもない。

我が仔の右脚を奪ったこの怪物に牙を剥けと請い、寝転がって首を曝すためだ。


どうか、一度で良いから。怒りを露わにして、そいつを思いきり突き立ててくれ。

それすら怯えてままならないと言うのなら、俺の罪は益々淀みを増して良きことだ。

自分が思いつく限りの罰を、己が身体に与えることとしよう。


そう迫ったら、邪魔が入った。


狼の息遣いに混じって、人間の言葉を耳にしたのだ。

それで、俺は尻尾を撒いて逃げ帰った。


だから、俺はお前や他の人間と。

言葉を交わした覚えはない。



「……これが、それだ。」


俺は、首元の毛皮が良く見えるように薄ら寒い青をした空を仰いだ。


「……。」


丁度よい。

次にお前が母狼に逢うことがあれば、伝えてくれ。

相応しい仕打ちは、為されている途上であると。


それから、お前に対しては謝らなくてはならない。

もう、こんな惨めなことは二度としない。

そんな約束を破って、悔いる気持ちが無いことを。


「…随分と、躊躇いなくやったんだね。」


「ああ。どうせやるなら、その方が気分が良かろう。」


「本気で言ってるの?それ。」


「お前なら、恥ずかし気も無く言える。」


「じゃあこっち見て言ったらどうなのさ……。」


Teusは首を緩く振り、悦に浸っていた俺に当然の嫌悪感を示した。

「やっぱり、もっと早く来るべきだった…。」


「そうか?そうでもないぞ?」

まだ足りぬと思っていたぐらいだからな。早過ぎたと言っても良い。

と言うより、俺はお前がこの森をもう一度訪ねると期待していなかった。

意味は、分かるよな?

俺はもう、彼の記憶を取り戻したのだ。

最も不本意で、残酷な方法によってな。


「それって、どういう……。」

彼は口を噤み、どうやら今度は何かを悟ったらしくて頷く素振りを見せた。

「そうか、だからか…。」

「…?」

「時計回り……だったね。」

何の話をしている。

「Fenrirが寝る時の、丸くなる方向だよ。」

「右脚だ。右脚が目の前に来るようにして眠るから、そんな噛み跡が……。」

癖みたいなものだと思うけど、一匹で眠る時は大抵そうだ。

それで、俺を隙間に入れてくれる時だけ、何故か逆向きになる。


「ほう……。」

これは驚いた。中々に侮れない。

お前にしては随分と、よく観察していたのだな。


「脚の付け根は牙が突き立て易くて、目の前にあるとつい、な。」

「たまにSkaがそうしているのを見るよ。多分毛繕いだけど。」

「前脚だと、こんなことは出来ないのだがな。」

「…それ、あの仔の前で言えるの?」

「二度と逢わないさ。」

もしその時が来ようものなら、俺は今度こそ躊躇わないつもりだ。

「……。」



「そんなことしたって、とはもう言わないさ。でも……。」

「……。」


「お願いだよ……フェンリル……。」


「もう…」


気分が悪いと窘められても何とも思わない傲慢さが俺にはあった。

それくらい、お前が来てくれて嬉しかった。

尾が言いう事を聞かないほどに。まるであの狼ではないか。


「うぅっ……うぁぁ…フェン……リルぅ……」


しかし、肩を震わせ、言葉も詰まるようだと。

流石にそれも醒める。


「もぅ……無理だよお……。」


彼は俯き、息を殺して泣いてしまったのだ。


「……ごめん。」


実に饒舌だった俺は、心の底でこいつのような話し相手を求めていたことに気づく。

済まない。俺はお前といると、こうも楽しいのだ。

「…少し言い過ぎた、悪かった。」

弛むことなく自分を虐げていたことを、伝えたくなってしまったのだ。



お前の話を聞くはずだった、これからは口を噤んでいる。

「俺だって…頑張ったのにさあ…!」

「……。」


「Fenrirに戻ってきてほしくて…!俺は君を失いたくなくて、ただそれだけでっ!!」

……?


「その想いだけで…奇跡の一つでも起こせると思っていたんだ…!」


「…でも、俺なんかじゃあ、全然駄目だった!誰も救えたりなんか、しなかったんだ!!」


「どうしてこんな…こんなに沢山の周りの人や、狼が……傷ついてしまうんだっ…?」


「Fenrirがそんなにも躊躇わないと言うのなら、俺はもう、どうやって償えば良いんだよっ!?」


「なあっ、Fenrir…!!」


あの日に、Fenrirの元気な顔が見られたから、会うのに日が空いても良いかなと思っていた訳じゃないんだ。それだけは、分かって欲しかったんだ。

俺だって、俺だってFenrirやSkaたちのために、どうしたら良いか、必死に考えて動いてきたのに。

今日は、その結果を君に、見て欲しくて。

ようやく見せられると思って、此処までやって来た。




「もっとこう、これからの明るい話がしたかったのにぃ…。」


「悪いのはっ……俺の方なのにぃ…」


「そういうところが、大っ嫌いだぁっ……!!」


「Fenrirの…ばかぁっ……ばかああぁっ!!」



「ぅああああああぁぁぁ……。」


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