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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第4章 ー 天狼の系譜編 
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88. 冬の陰り

88. Crud Snow


この世界は、永劫の冬を持たない。


必ず、終わりはやって来る。

それは余りにも非情というものだ。


雪の匂いを誰よりも早く嗅ぎつけたときは、あれほどまでに狼で在ることの充実を感じ。

この森を抜け出ることを除けば、何でも叶ってしまいそうなほどに力が湧いていたのに。


それが、今となってはどうだ。

腑抜けた雪景色を前にして、その場にへたり込んでしまいそうだ。


なかなか、俺を満足さてくれるだけの雪が降ってくれない。

次第に雪は水気を含んで重くなり、踏みつけた心地よさを肉球に伴わなくなった。

穏やかな雪原は、自分の足跡でいっぱいになってしまった。

いつもの散歩道は、土気を含んで汚らしい。


立派な毛皮を自慢できるだけの寒気が、森を歩かなくなった。

丸くなって鼻先を尾と尻の間に突っ込み、外で堂々と眠ることの楽しみが。

遠吠えの視線の先に、薄っすらと吐息を睨むうらぶれが、奪われていく。



頬の毛皮を撫でる風が、可愛らしい程に冷たくないのも気に喰わない。

ああ、なんてことだ。



尤も、あいつであったなら、これでも寒くて痛いくらいだと嘆くのだろうがな。


ならば、家に籠っておれば良かろう。

此方まで足を運ぶ必要は、もうないのだ。

愛すべき番も、狼達も、そこにいるのだから。



お前にとって、冬の陰りとは何だ。

それは希望を、齎すのか?






「……久しぶりだなあ、こっちに来るの。」

眩しそうに目を細めると、彼は懐かしい光景を部屋の隅に見出したように表情を柔らかくする。


きっとそんなものは無かった。

少なくとも、見慣れていたかも知れない一枚岩は、雪に覆われたままだ。

入りたそうに覗き込む洞穴だって、解けて垂れ下がった氷柱のせいで、ますます入り口を狭めてしまって良くない。


それなのに、こいつは嬉しそうな顔をするのだ。

「ごめんね、ご無沙汰しちゃって。」


嫌いだった。

時間が経てば、何らかの解決が為されると考えるのは。

初めからそうだ。

お前はまるで、この狼の咎を知らぬかのようにこの森へと足を踏み入れた。

自らの意志で森の中へと姿を消した怪物に、何の忌み嫌われる理由もないなどと言い放った。

そして、救って見せたのだ。


どれもこれも、互いが悲劇の味を薄めて、落ち着いて話が出来たお陰と言えるだろう。

それが当事者には、度し難くて許せないのだ。


どうして、もっと早く駆け付けてくれなかった?

それが、Siriusと出逢って間もない日の出来事であれば、全てが違った。

いや、もっと前であれば、お前はあの大狼でさえも、救ってくれたかも知れないのに。


彼は今も、生きて俺の隣にいてくれた。

そう考えてしまうのは、余りにも傲慢であるだろうか。



「でも良かった、元気そうで…。」


それなのに。

どうして、俺達の間には何も起きなかったかのように、声をかける?





しかし、喜ぶべきなのだろうか。

「……何の用だ、今更。」

お前は俺に、償いの機会を与えてくれているとも取れるのだから。

此方からは赴けぬ以上、待ち望んでいたとさえ言えた。


「暫くぶりだから、伝えておきたいことがあってね。」

長くなりそうだ。取り敢えず、座って話をしようよ。

でも、お尻が冷たいのは嫌だから。そう言って彼は、いつも通りに俺が弧を描いた間に収まることを要求した。


“ウゥゥ……”

俺はTeusをきつく睨みつけ、牙までは剥かずとも、気分ではないと示して退いた。

無礼にも程があると思ったが、そうせずにはいられないほど反射的だったのだ。


「…これでも忙しかったんだ。すぐにでもFenrirの元へ行かなきゃとは、思っていたんけれど。」

彼は不服そうに眉を顰めるも、直ぐに諦めてくれた。

今日はお連れがいないのもあって辛かろうが、悪いな。


立派に身に纏っていた、あの毛皮の外套はどうした。脱ぎ捨てるには、まだ早過ぎたのではないか。

そんなに薄手なマントでは、お前は容易く風邪を引きそうだ。


「でも、何て言ったら良いかな。俺も俺のほうで色々あって、結構動きづらい状態になってたと言うか…。」


お前の苦労が慮られる。疲弊した表情は、見るに堪えなかった。

そうだろうとも。変に拗ねた態度をとって、済まなかった。

お前なら、俺が自責の念に駆り立てられ、変な気を起こしはしないかと、すぐさま逢いに来てくれるような気がしてしまっていたのだ。


「ああ。そのことについて、今から話してくれると言うのだな。」

「うん、そう言うこと。」

話が早くて助かるよ、Fenrir。


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