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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第4章 ー 天狼の系譜編 
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84. 総帥の召集 3

84. Patriarch's Bidding 3


ヴァン川を挟んで西より先の森のことなら、2匹の大狼とその旧友の次ぐらいには詳しい自信があった。

しかし、ヴァナヘイム周辺に関しては殆ど頭の地図は白紙だ。Fenrirが此方を渡り歩きたがらない以上、背中に乗って様子を見て回るというのは無理なことだったからだ。


まだまだ、私もこの土地では余所者と言うことですね。

そう言うと、隣で同じく橇に揺らされていた老人はにこやかに微笑んだ。

「いいえ。皆、外の世界を知らぬまま一生を終えるでしょう。狩人と逸れ者を除けばですが。」


「…これは、私のような偏屈者の趣味なだけに御座います。」

とびきり嬉しそうにそう付け加えるので、俺は絶対に、彼が若かりし頃の姿を目の前の自分に重ね合わせているのだと確信してしまえた。



「それで、どちらへ向かっているか、ですが…。」

記憶を詳細に辿ってみても、答えは一つしか無いなという予感がしている。


「彼らの… ‘隠れ家’ ではありませんか?」


これもまた、一晩Fenrirの洞穴へ泊めて貰った翌日の話だ。

大狼にはお誂え向きの我が家があったから、ブリザードが突然襲ってきても避難場所には困らなかったわけだが、ヴァナヘイム周辺に生息する狼たちはどうなのだろうか。興味本位で訪ねた際に、実際そのようなものがあると教えてくれたのを覚えている。


「ええ…それだけで、貴方が普段から狼たちに関心を抱いているのだと分かります。」

「……ありがとうございます。」

どうやら、的外れではないらしい。

褒めて貰えるのは素直に嬉しいことだったが、それでも俺には腑に落ちない点がいくつもあることを滲ませずにはいられなかった。


まず、何故狼の群れがその ’安息地’ へ我々を連れて行きたがっているのか、だ。

この老人が足繁くその狼の巣穴へ通っていたとするなら、狼たちはそれを覚えていて、自分たちを其処へ迎え入れるのは自然な歓迎に思えた。

しかし、わざわざヴァナヘイムから離れた場所に設けられたと言うことは、普通の人間は寄せ付けたくないはずなのだ。決して巣穴には安易には近づいてはならないとは、常日頃から心がけていたことで、長老様の隣にいる自分のことを、彼らはどれぐらい受け入れていると言うのだろう。


少しも好意的に思われている自信が持てなかったのは、やはりFenrirとの最初期のやりとりが大きい。

峠を迎えていた彼の看病のため、保管してあった薪を取りに最奥まで通して貰えなかったことを俺は覚えている。


「俺は、お前のことを信じていない。」


その言葉は、いつ思い返しても力が抜けた。

この狼を救うのだという無私の信念なんて、簡単に砕け散ってしまいそうで。

俺は彼がおいて行かないでくれと泣き叫ぶまで、本当に洞穴から出て行ってしまいそうだったのだ。


この老人にも、きっとそんな経験はあるのだろう。

だとしたら、自分を其処へ通してくれるだろうと考えることがどれほどの驕りか、知っている筈だ。

彼らは、人間にされたことを、知っている。覚えている。


もう一つは、その隠れ家というのが、確か狼たちが廃墟に住み着いた結果、暴風雪の際の拠り所となったと話していたことだ。

まあ、そんなこともあるのかも知れない。Fenrirという狼はVesuvaという足の速い土地から本能的に逃げ出したが、俺と一緒に立ち入ってからは、実に上手くそこでの暮らしに順応した。

尤も、夏の暑さにバテバテだったから、無理をさせていたのではあるのだけれど。

可愛かったなあ、舌を垂らして溶けたFenrirは。


それで、廃墟がそこにあった、というのは引っかかるのだ。


思い過ごしであれば、それでこの話は終わりにして良い。

ただやっぱりVesuvaの件があるせいで、見落としてはならないような気がして仕方がない。

向かっている山のどの辺りに隠れているのかは直に分かるだろうが、きっと良くて一軒家だ。

どうしてそれが、まるっと残って中腹に孤立しているようなことが起きるのだろうか。

奇跡的に状態良くそれだけが残っていたとして、道中に点々と似たような残骸が合っても良いはずじゃないか。

貶すつもりは全然ないのだけれど、辺鄙な場所に佇んだFreyaの家でさえ、疎らではあるが民家が周囲には点在する。


要は何が言いたいかと言うと、その廃墟は、まるで狼のために孤立しているように思えたのだ。


Vesuvaと同じく、その手の力を有した神様が、狼のために与えた。

そんな廃屋である憶測を拭えない。


ゴルトさん、貴方は、私の推測が正しければ……。






そして最後に、彼の言葉の端に匂った真実の糸口が、耳元を掠めてなお掴めずにいるのがもどかしい。


「彼らが向かおうとしている、その先を。」


その、先を。


彼らに導かれた先で、更にその先を見通さなくてはならない。

そんな風にとれたのだ。

いや、考え過ぎか。




けれど、先ほどの長老様の言葉は、俺にもう一言が欲しそうな、そんな感嘆を明らかに含んでいた。




俺がどこまで掴めているのか。それを推し量りたいと考え、また期待している。


何故なら、この方には、あまり時間が残されていないから。

最初から最後まで話す気は、きっとないのだ。




だとしたら、俺は口にしても良いだろうか。

たとえ、筋違いな結論であったとしても、自分が思い描いた真実をこの方に聞かせることで、少ない言葉を選ぶ助けになるのなら。


「長老様……。」


教えてください。




「貴方は……ゴルト……さんではない……」




「違いますか……?」




「貴方の……お名前は……?」




「……。」



心地よく揺らされて眠ってしまったかに思われた長老様は、にっこりと微笑むと、目を閉じたまま呟いた。




「……ああ、」







「……ああ、兄さん……。」






その一言で、俺はあらゆる目測を誤っていたのだと言うことを思い知らされたのだ。


まったく、賢狼には到底及ばない。

この方には、多くを語らせてしまうことになるだろう。


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