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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第4章 ー 天狼の系譜編 
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83. 流刑地にて

83. In der Strafkolonie


“うぅ…うあぁっ…ああっ…あ゛あ゛っ…うぇっ…”


我に出せた勇気というのは、ほんのこれっぽっちであった。


それでも、目の前の景色が白く光って消えるその刹那。

我は、本能的に動いたのだ。




我は、主と離れたくない。

我は、一匹と成り果てたくはない。




ああ、何と言うことか。

主にだけは、我と一緒にいて欲しかったのだ。


「だぁっ…ダイっ…らぁ……すぅ……」




その勇気が、我を突き動かした。


済まぬことをした。すべてを喰らおうと怒り猛った大狼は、その場に立ち尽くしておくべきであったと言うのに。




我は、主が伸ばした右腕を反射的に鼻先で追い、がぶりと噛みついた。


ありったけの力を込め、ぐいと身体を捻って引き寄せる。




ああ、Dirusよ…そなただけは、我を一匹にしないでくれ…!!




「―……っ!!?」




主は一瞬、我の思いがけぬ言動に、酷く狼狽えた表情を見せた。


きっとそのまま我のことを見送り、自身を真の孤独へと押しやってから。


打ちひしがれ、その場に泣き崩れるつもりだったに違いない。


少なくとも、我が主の言葉の真意を悟らないとは、思ってもいなかったのだ。






力の込められない身体は成す術も無く、我の口の中へと倒れ込んだ。




―……。


その直後、彼の思い描いた神の力は発動した。




群衆の壁は鈍い光を伴ったかと思うと、刻まれた通りに、世界を変えんと輝き出す。




“ぬわぁぁぁあああああああああっっ……!?”




次の瞬間には何も見えなくなるほどに眩く、とても目など開けていられないほどになった。


言い知れぬ浮遊感に(はらわた)を掴まれ、我は反射的に爪を大地に喰いこませ、衝撃に備えた。





“…………。“




そして世界は、変わったかに見えた。




いいや、そう見えただけかも知れぬ。


気が付けば、辺りは我と主が今までいがみ合ったヴァナヘイムの集会所と、寸分も変わってはいなかった。




これが、世界の果てであると言うのだな。

主に何処かへ連れられようとは、長生きもしてみるものであるな。







口の中には、そなたが優しく差し伸べてくれた右腕。

鼻面を抱きしめてすり寄せるその表情でさえも、ちゃんと分かるとも。

酷く高鳴った鼓動であるな。それも、聞こえているさ。

人間どもを率いることを強いられておきながら、大舞台に立ち尽くすこと、主は苦手であると見える。


ああ、全て、感じておるぞ。


「ダイ……ラ…ス…。」


だが、主はやはり、我を一匹に捨て置くようだ。




ボドッ…ボタタッ……



主は、この土地を、共に踏みしめてはいなかった。

随分と軽くなったそなたの身体を感じられたのは、胸までであったのだ。


何かが、びちゃびちゃと音を立てて地面に垂れる音がする。

涙で溢れた鼻に、目の醒めるような臭いがなだれ込む。


“うぁぁぁぁっ…ぅああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ……!”




主の転送は、失敗に終わった。




我の鼻先を掴むそなたの、それより下が。

胴の半分が、この世界には無かった。



……。



切り離されたそなたの脚だけが、

(はらわた)を乗せて、ヴァナヘイムでは立ち尽くしているのだろう。









「一緒にいたかっただけなんんだあああああぁぁぁっっっ!!!」




それだけを、叫びたかった。


神々の前であろうと、群れ仲間たちの前であろうと、

恥じることなく、主に伝えておけばよかった。




本当に、それだけであったのだ。

我は、与えられた幸せの、ほんの少しだけ先を望んだ。



その想いが、主をこんなにも苦しめた。

主を、こんなにも、引き裂いたのだ。



「ダイラスッ……我はぁ…我はそんなつもりは無かったのだぁ…」


「主を喰いちぎろうなどと…そんなぁ、ああっ…うああぁっ…。」




目玉が弾けるかと思うほどに涙を流し、腕を吐き出さぬようにと押し殺した慟哭を響かせ続ける我を他所に。

主は、一言も苦悶の叫びを聞かせない。



……?



それどころか。

主は最期まで、狼なんぞに優しくあったのだ。




「良かったあ…」



「最期に、君に触れたかった。」



「―なら、絶対一緒にいようって、言ってくれると思ってたよ。」



「…ありがとう。」



「……。」



“うぁぁぁぁっ…ぅああっっ……いやだぁ……だいらすぅぅ……”



“すまなかったあぁぁ……!わ、我はぁっ……ああぁ……ああぁ……”



“人喰いっ……おお、っ……おおかみ、にぃっ……。”



“だいらすぅぅぅぅぅ……”



”うぁああああああああ…………。”




どうか、謝ったりなんかしないで。

これは、―のせいじゃないから。


俺にも、同じように大事な人がいた。

それだけのことさ。





「Di…rus?」





―。最期に、お願いがある。




「俺の……い、家に、遊びに…来て、欲し…いんだ。」




「君に、会わせ…て…あげ……たい…」




「な、ま……え……は…。」




「……。」


いつもFenrirのお話に付き合って下さりありがとうございます。


これで、第4章の大方を終えました。残りの章は、後語りに費やすつもりです。

それで、次話の投稿の前に、ちょっとした閑話をまた挟もうかなと考えております。

内容としましては、ウルフハウンドの小話を交えつつ、ちょっと世界に目を向けてみませんかというお誘いになるかと思います。

とはいえ全体として気軽な読み物です。お暇が御座いましたら、ぜひ立ち寄ってみてくださいませ。


2022.02.10 灰皮

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