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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第4章 ー 天狼の系譜編 
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79.反復呪文 1

79. Flash Back


僕に出せた勇気というのは、ほんのこれっぽちだった。


それでも、目の前の景色が白く光って消えるその刹那。

僕は本能的に動いたんだ。


Teus様から、僕は離れたくない。

Teus様を、一人で置いては行けない。




僕は、貴方と一緒にいたい。



“Teus様ぁぁあああああああああっっっっ!!!!”




その勇気が、僕を突き動かした。

ごめんなさい、Teus様の言いつけ通り、良い仔に座っていなきゃならなかったのに。


僕は、Teus様が伸ばした右腕を反射的に鼻先で追い、がぶりと噛みついた。

ありったけの力を込め、ぐいと身体を捻って引き寄せる。


Teus様も…こっちに来て下さいっ…!!


「Ska……っ!!?」


Teus様は一瞬、僕の思いがけない行動に酷く驚いた表情を見せた。

きっとそのまま僕のことを見送って、たった一人取り残されてから、

打ちひしがれてその場に泣き崩れるつもりだったに違いない。

少なくとも、僕が言うことを聞かないとは、思っていなかったのだ



力の込められない身体は成す術も無く、光に満ちた円陣の中へと倒れ込んだ。


―……。

その直後、彼の思い描いた神の力は発動した。


文字は鈍い光を伴ったかと思うと、刻まれた通りに、世界を変えんと輝き出す。


“うわぁぁぁあああああああああっっ……!?”


次の瞬間には何も見えなくなるほどに眩く、とても目など開けていられないほどになった。

言い知れぬ浮遊感に(はらわた)を掴まれ、僕は反射的に背を丸めて衝撃に備えた。









“…………。“


そして世界は、変わったかに見えた。


いや、そう見えただけかも知れない。

気が付けば、辺りは僕とTeus様が今まで過ごしていた部屋と、寸分も変わってはいなかった。

あの部屋は、先までと一切変わらない冷気を纏って、凍えていたのだ。

僕は恐る恐る、自分が床の上に立てることを確かめる。


な、なんだ……何が、起こったんだろう?


そもそも、Teus様の意図したことが何であったかも、完全には理解できてはいなかったのだが。

残念なことに、それが恐らく失敗に終わったことだけは分かった。


Teus様は呆然としたまま、僕と同じように状況を飲み込めずにいるみたいだった。


ただ、それは僕が、予想だにしない行動に出たからだ。

そうでなければ、少なくとも僕だけでも、安全な何処かへ送り届けることが出来ている筈だから。


でも此処はきっと、そこではない。

そのことは、Teus様のほうが、良く分かっているのだろう。



Teus様が、最後の希望だと僕に託した願いは、成就しなかったのだ。

…僕の、僕の身勝手なTeus様への愛情のせいで。



“Teus様……。”


“すみません……。”


せめてそう思っていることを伝えたくて、僕は強く噛みつきすぎてしまったTeus様の右腕に舌を伸ばす。


“うわぁっ…!ご、ごめんなさいっ!痛かったですよね…。”


革の籠手は牙で貫かれ、破れ開いた穴からは、薄っすらと血が滲んでしまっていたのだ。

しまった、そんなことも考えずに、僕はなんてことをしてしまったんだ…。


これは本意でやったことではない。そのことを分かって欲しくて、僕は慌てて噛み跡の傷口を塞ごうと舌を這わせる。

上目遣いに窺った表情は、まだ僕のしてしまったことが、理解できていないように見えた。


それともTeus様…怒っているのかな?


あの日の夜のことを思いだして、僕は少し怖くなってしまった。

耳が横に(なび)き、尻尾が萎んで股の間に隠れる。

言うことを聞かない上に、噛みついてくる狼なんか、またぶたれて痛い思いをするだろうか。

反射的に眼をぎゅっと瞑り、Teus様が自分に何らかの形で触れてくれるまで、僕は一心不乱にTeus様の腕を舐めた。



“……。”


身に着けていた衣服が纏っていた毛皮のせいだろうか、這わせた舌の感覚は、奇しくも同胞たちを愛撫する感覚と重なった。



時折抑えきれないぐらい愛おしくなって、どうしても好きでたまらないんだと伝えたくなったとき、僕はいつも彼女の脇に潜り、頬の毛皮を舌で舐めた。


(そっ)()を向かれてしまう時は、彼女は生憎そういう気分じゃない。

それでも構うものかと尻尾を控えめに振り、僕は口元に鼻先をくっつけたくて追いかける。

しつこいぞと唸りはせずとも、すました顔で何処かへと歩いて行ってしまう彼女の尾は、本当に魅力的なのだ。

それで、また少し後に、懲りずにやってしまう。


本当は応えたい気持ちがあるのを、僕は知っているから。

こうして落ち込んで伏せていると、知らぬ間に同じように口元を覗き込み、僕に仕返して来てくれるのを、心待ちにしているんだ。


子供たちの身体を清潔に保つのに神経を尖らせていた時期が懐かしい。


たっぷりと遊んで力尽きると、可愛い仔狼は横になった母親の毛皮にしがみつき、引っ付き虫のようにして眠る。

まだ自分たちの美しさを知らない彼らは、泥や枝屑を身体中にたっぷりつけても気にしない。

母親の愛が詰まったベッドで幸せそうに鼻先を埋める寝顔を眺め、毛繕いをしてやるのは、僕の特権でもあり、大事な役目だったのだ。




幻嗅だ。




そんな彼女の匂いが、子供たち一匹いっぴきの匂いまでもが、伝わって来る。


“……みんなぁ…。”


つらい。

眼を瞑っていたから、家族の姿が、群れの狼たちが、鮮明に見えてしまったのだ。



これは、僕がこの人を守るためにと、ずっと記憶に押しとどめてきた匂いだ。


ちょっとでも寂しがって、帰りたい素振りを見せたなら、僕はきっとこの方を悲しませてしまう。

そうしてしまうだけで、僕は大切な誰かを失ってしまうような気がしたんだ。


だから、一生懸命堪えていた。

必死に我慢していたんだ。


僕は、狼であることに、意味を与えられた。

僕は大好きなTeus様に、Fenrirさんに、そして長老様にも、Freyaさんも、群れの皆も…みんなが笑ってくれるようにと、翼を天から授かったのだから。




色んな匂いが混ざり合い、鼻先をこれでもかと(つつ)く。

もう目を閉じていられないくらい、温かな涙が溢れて来る。




“…Teus…様…”



どれだけの時間を、そうしていただろう。

眼を開くと、僕の傍らで倒れていたTeus様は、僕の頭をぎゅっと抱きしめてじっとしていた。


いいや、震えていたんだ。

怯えているようにすら見えた。



Teus様の頬が濡れているような気がして、僕は恐る恐る舌先を伸ばす。


「Skaぁぁっ……!!すかあぁぁぁっ……!!」

“……。”


だめだった。

Teus様はもっと僕のことを強く抱きしめ、毛皮に顔を隠してしまって、

泣いていた。



限界だったんだ。

僕も、このお方も。



…分かりました、Teus様。

今日は、もう一緒に休みましょう?


僕、あったかいですから。

そうして抱っこして下さっていれば、全然寒くないと思います。

きっと、良く眠れますよ。


それに、明日は僕、ちゃんと良い仔にしています。




だから…


だから、一人になんか、ならないでください。





ほら、貴方にも聞こえるはずです。

Teus様の耳にも、届いていますよね?







“…奇跡は、きっと起こります。”


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