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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第4章 ー 天狼の系譜編 
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78.追放呪文(無題) 5

78. Cast Out 5


上唇を捲り上げ、鼻先に深く、深く皺を寄せて、刻み込む。

その表情を解く術を、我は忘れたように思った。


もう、引き下がれぬ。

我にはどうすることも、ままならぬ。

軽々しく殺すなどと口走った我の思慮浅さ、主は失望するが良い。


しかし主は、…神だ。

遂に本性を現しよった我を見放って、どうとでもしてやれるだろう。


「ああ…!!面白い!…面白いぞ!!Dirusよ!!」


その不恰好な剣は何だ?

刀身に刻まれた、読めぬ文字の羅列には、意味が込められておると?

つまり、それを使えば、我を殺すことが叶うのだな?


幾ら素早く立ち回ったとて、きっとそれは避けようがない。

そいつを一振りしてやるだけで、我の四肢はもがれ、痛みにのた打ち回るのだ。

喉元には忽ち血が溢れ、息を継ぐことすら出来ぬまま、絶命する。


想像しただけで、卑屈な我が心は踊った。

それは良い、なんと夢のある狼殺しの大剣であることか。


「良いぞっ…そいつで、そいつで我を殺してみよっ!!!!」


主もまた、本性を現した。

殺してやる、などと楯突いた狼は、躊躇なく粛清してやろう。

そんな人間どもの腹の内が、曝け出されたのだ。


これで、互いに、醜い怪物だ。


「さあっ!!Dirus!!やって見ろ!!」


大きな口をがばっと開き、彼の前にぐいと突き出すと、これ見よがしに舌をちらつかせて誘う。


「我の口を閉ざせないならっ、主は今此処で喰われて終わりだ!!」




「ああ…これかい?」


主は、この期に及んで頭が鈍いようだ。

泣き腫らした瞳で我のことを呆然と見上げると、ようやく手にしていた剣で、口に突っ()い棒をしてみろと言っているのだと悟ったようだ。

そうだ。良く、怪物退治にそうやって、喰われないようにするではないか。

我は、それをされてみたいぞ。


「…そんなに欲しいんなら、上げるよ。これ。」


主は、笑った。

しかし、その言葉はとても、これでも喰らえと続きそうな勢いを伴ってはいなかったのだ。


「…ほら。」

…全く、面白くない。


Dirusは、片手で柄を、もう一方の手で刀身を支えると、それを恭しく我の前に差し出した。

それから、柄を持っていた手を、右手の方へ滑らせたのだ。


…受け取れ、と?


主であっても、我の理解に及ばぬことを、するのだな。

どのような意図があってのことか、冷静さを欠いた獣にはおおよそ読み取れぬ。

それとも、主もまた、何も見えてはおらぬか。

主を吊るした背後の群衆も、どよめいておるぞ。


「…我は、それを握る手を持ち合わせておらぬ。」


逡巡の後、我はそれを罠であると決めつけた。

少なくとも、主なりの突飛な布石であると訝しむだけの理性は残されていた。


「しかし、構わぬ。我にはこうして、主を喰いちぎるのに十分な牙があるからな。」


「…うん、そうだね。その通りだ。」




「でも、きっと何かの役に立つかも。…だから、此処へ置いて行くことにするよ。

お土産…というか、贈り物かな。―には、色々お世話になったし、友人として、せめてもの…。」

重たそうに支えていた両手を離すと、Dirusはそれを地面に鈍い音を立てて落とした。

置いて行く、か。

つまりは、覚悟が出来たという訳だな。


「―。」

主は、我の名を改まってそう呼ぶ。




「…俺は、君に殺されて良いだけのことをした。」


そうだな。

我を、此処まで来させてしまった。

それは、主が一線を越えたからにほかならぬ。

しかし、それは我も同じことだ。


「Dirus…。」




「我は、今から主に、殺されて良いだけのことをするつもりだ。」


それで、良しとしようではないか。

やはり、主とは気が合うのだ。


互いに死にたがっておる。

そのくせ、そうするだけの気概も、意気地も持ち合わせてはおらぬ。

誰かが己を、殺めてくれようぞと、都合の良い悲劇を期待しておるのだ。


「…それは違う。」


…何?


「君に、そんなことは絶対にさせない。」


我はちらとだけ、その言葉に決意が伴ったのを嗅ぎ取った。

それがまずいことであることは、言うまでもるまい。


「…君には、あんまり人間側の話をしてこなかったけれど。俺は俺で、…ヴァン神族、俺の群れを守らなくちゃいけない立場にあるんだ。」

それは百も承知であった。

だからこそ、今此処で、主を殺してやる価値がある。


「でも、正直に言って、そんなことどうでも良いとも思ってる。

神族の運命(さだめ)なんて、糞くらえだ。筋書どおりだなんて、何も面白くない。

俺は、狼たちに囲まれた日々のほうがずっと幸せだったし…此処に居場所がなくなったとしても、全然構わないぐらいには、本気で共生の術を考えて、向き合ってきたんだ。」


「…でも、その結果が、これだ。俺が考えた理想の筋書きって言うのも、此処で終わり。

下手くそだったかなあ。もっと、上手くやれたのかなあ…もっと君たちと、仲良く暮らせる方法が…。」


「ああ、―は、何も悪くない。君が今からしようとしていることを、俺には止める権利が無い。俺に課されている責務もまた、殆ど果たそうとする気力も無いんだ。」




「ただ…せめて―が、何の罪も犯さぬままに生き永らえてくれるのであれば、そうしたい。」




「―、今まで、本当にごめんね。」




「俺は、今から―を、遠い所へ連れて行く。」




……?




「この街の、皆が立ってる、そのぎりぎりの淵が境界線だ。

きっと―が今から、眼にもとまらぬ速さで襲い掛かっても…その牙は届かない。

その先にいる群れ仲間たちも、渡してやることは出来ないんだ。


―、本当にごめん。せめて返してやれたら。

君の家族を、傍らに戻してやれたら…。


でも、それは出来ない。

俺はね、弟ほど優秀な神様じゃあないんだ。

―を安全に送り届けるだけで、精一杯だと思う。


―は、人間なんてきっと一人もいないような土地で、暮らすんだ。

大丈夫、優しくて、強くて立派な―なら、きっとすぐに仲間の狼が見つかるよ。


そこで、元気に暮らして、また家族を作って…

人間のことなんか…俺のことなんか、忘れてしまうぐらいに、幸せに生きて欲しい。


これで、お別れだ。」




「ああ…どうしてこんな事しか、出来ないんだろう、俺。」







「さようなら。」







今まで、ありがとう。

その言葉が耳へ微かに届いた刹那。




僅かに歪んだ景色だけを残して、







世界は、目の前から、消えた。

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