魔王様は暇過ぎる 第二話 『え? 勇者じゃないの?』
「はぁ……はぁ……はぁ……」
次々に襲い掛かってくる魔族を魔法で屠り、城の廊下を駆け抜ける。
本来、魔法使いというのは単騎で戦うには不向きな職種だ。
魔法の詠唱には時間がかかるし、近距離での攻撃手段が極めて少ない。
だが、私は魔法を1個だけストックしておける魔法の指輪を10個と、あらかじめ封印しておいた魔法を、詠唱無しで発動させることのできる杖を持っている。
故に、かろうじではあるが、こうして単騎で戦えている……が、魔王城に巣食う敵は多く、とてもじゃないが魔力が持ちそうにない。
ならば、せめてその前に魔王に一矢報いてみせよう。倒せはせずとも、せめてその腕の一本くらいは道連れにしてみせなければ、死んでいった仲間に顔向けできん。
だから私は、限界を超えた足を、それでも止めずに走り続ける。
この命が尽きる前に、魔王の間へとたどり着くために!!
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「ん~……生命力が落ちているな。これではここまで持たないのではないか? はて、どうするか……」
勇者らしき者の気配をずっと追っているが、魔力も生命力も、目に見えて低下している。
まあ、これだけ戦闘を続けていれば、それも道理というものだが。
しかし、それではいかんのだ。
それでは俺が暇なまま終わってしまう。
勇者という非日常は消え去り、またいつもの退屈な日々がやってきてしまう。
何か……何か良い手は……あ、そうだ!
一つ、良いアイデアが浮かんだ俺は、再び配下への通信用魔導具に手をかける。
「おい。随分と苦戦しているようだな。随分と気配が減っているように感じるぞ?」
「も、申し訳ございません魔王様。ですがご安心ください。必ずや、このジャカルマチャレが――――」
「良い。配下を全て下がらせよ。これ以上、配下の者を減らすことは許さぬ。客人は、この私がもてなそう」
「!! ……かしこまりました。直ちに、そのようにいたします。有象無象である我々に対し、寛大なるお心遣い、深く感謝いたします」
っよし! 成功だ!!
強い魔力の波動の後、配下の気配が勇者から離れていくのを感じる。
おそらく、何らかの伝達系魔法を使ったのだろう。
さ、これで邪魔する者はいなくなった。
確実に勇者はここまで来てくれるだろう。
あ~楽しみだな~。
配下に材料をもらって、初めて自分で焼いたこのクッキー、勇者は気に入ってくれるかな?
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「はぁ……はぁ……はぁ……これは一体、どういうことだ?」
もはや魔力も残り少なく、体も傷だらけで満身創痍。
ポーションも使い切ってしまっており、もう駄目かと諦めかけたその時、何故か敵の魔人共は攻撃をやめ、一斉に奥へと引き返して行く。
そうして無人となった薄暗い廊下に、一人残された私。
(まあいい。事情は分からんが助かった。十中八九罠だろうし、警戒しながら進むとしよう)
敵の狙いはわからんが、ここで引く理由など、何か作戦がある以外には考えられない。
今は運良く拾ったこの命を、無駄にしないことだけを考えるとしよう。
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「ん~遅いな~。なんでそんなゆっくり進んでるんだろう。焦らしてるのか? ああいや、怪我とかしてるのかな? それだと心配だな。生命力は減ってないから、大丈夫だとは思うんだけど……この部屋の結界さえなければ、魔法で覗けるんだけどな~。勝手に結界壊して怒られたら嫌だしな~。せっかくまだ怒られたことないのに」
ゆっくりゆっくりと、それはもうゆっくりとこの部屋へと近づいてくる勇者にじれったさを覚えるが、今は我慢だ。
正直、誰もいない廊下をあえてゆっくり進んでいる理由はよくわからないが、部屋から出られない以上できることは何もない。
下手に配下を向かわせても、また殺されちゃうだけだろうし。
「あ~もう。焦らされるのは好きじゃないんだよ~! そんな趣味はないから、早く来てくれないかな~。ちょっとだけドア開けて、魔法飛ばしちゃダメかな? 扉開けたらだめって言われてるし、やっぱ怒られるかな? でもな~」
勇者が到着するまで、俺の苦悩は終わらない――――
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「……ここが、魔王の間、か? あからさまに扉も豪華だし……」
結局ここまで、何も罠らしい罠もなく、敵とも全く遭遇しなかった。
これでは、ここまで警戒してきた私が馬鹿みたではないか。
しかし、相手の狙いはますます謎だが、これで念願の魔王と対面できる。
今の私では、魔王を討伐することはできないだろうが、傷をつけることくらいはできるかもしれない。
私は、無意識に手に握る王国の秘宝である杖を強く握りしめる。
この先にあるのは、私の死だ。無意味な死だ。
きっとここで私一人が挑んだところで、魔王を倒すことはできないだろう。
それどころか、傷一つつけられず殺される可能性の方がはるかに高い。
だからこれは、私の意地だ。
仲間を殺され、その思いを受け継ぎ、たった一人ここへたどり着いた私の――――
「さあ、今行くぞ魔王」
そして私は、今扉を押し開ける――――あ、これ引き戸だった。ハズカシイ……
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「さあ、来たぞ魔王! その姿をみせ……て…………え?」
「ようやく来たか! ささやかながら、茶と菓子を用意してある。まずは一息ついてはどうだ? 随分と怪我もしているようだしな。戦うのはそれからでも遅くはあるまい?」
扉を開けて現れたのは、白いローブに身を包んだ、若い女性。
銀色の長髪に、少しキツめの蒼色の瞳が良く映える。
俺と違って、ローブ越しにでもはっきりと主張すしてくる胸がついている。
しかし、その白く綺麗な肌や服には血が滲んでおり、せっかく美しいのに勿体ない。
「ふむ……リテスティアル。レフィード」
俺が右手を軽く振って魔法を唱えると、彼女の傷と服は新品のように綺麗になる。
「なっ!? ど、どういうつもりだ魔王! 敵に情けでもかけたつもりか!!」
怪我しているから治しただけなのに、なんか怒られた。
怒られるのは始めてだから、この人がなんで怒っているのかよくわからない。
俺は何か、マズいことをしてしまったのだろうか?
「む? 戻せばよいのか? ソールディベ――――」
「そ、そんなことは言っていない!!」
俺が慌てて元の状態に戻そうと、時間回帰の魔法を唱えようとすると、彼女は必死の形相でそれを止めてくる。
治せば怒るが、元の状態に戻すのはダメだという。訳が分からん。
コミュニケーションスキルが皆無な俺には、ちょっと難しすぎる。
しかし、ここで怒らせて帰られたのでは、せっかくの暇つぶしがすぐに終わってしまう。
ここは何とかして、ご機嫌を取らなければ。
あ、あれか? 勇者ならすぐに戦いたいとか、そういう事なのかな? それなら確かに、こんな風にお茶の準備なんかしてたら怒るだろう。それで機嫌が悪いのかもしれない。
扉を開いた瞬間、困惑したような表情をしてたし。
「……ふむ、そういう事か。すまなかったな」
俺は一言謝ると、ティータイムセット一式を固有の時空停止結界に仕舞う。
「では勇者よ、存分にやりあ――――あっ」
そして勇者と戦い始めようと思ったその瞬間、あることに気が付きその言葉を止める。
「……な、なんだ!? まだ何かあるのか魔王!!」
相手も度重なる俺の予想外の行動に戸惑っている様子だ。
俺としてはおかしなことをしているつもりはないのだが、彼女の驚いた様子からそれはわかる。
しかし、これだけはどうしても先に確認しておかねばならない。
「一つ確認をしたい。お前は――――勇者か?」
「? いまさら何を! 私はメリスティア王国の第三王女、システィア・ルーネ・メリスティア。勇者パーティーに所属する魔法使いだ!!」
彼女は俺の問いに、烈火の如き形相で名乗りを上げるが、俺にとってはそんな彼女の心情よりも、大事なことがあった。それは――――
「……なに? 勇者ではないのか?」
どうやら、彼女は勇者ではないらしい。
つづく




