魔王様は暇過ぎる 第一話 『魔王様は暇過ぎる』
魔王――――それは、恐怖の象徴。
魔王――――それは、絶対の強者。
魔王――――それは、魔を統べる支配者。
魔王城の最奥、魔王の間に、世界の全てを支配する絶対の王は居ると言う。
彼の王はただ一人。
何人たりとも触れること叶わず、その無限の魔力で全てを滅ぼす。
故にその姿を知る者はなく、世界は今日も、果て無き闇に満ちている――――
「あー、暇だ」
薄暗い部屋で、俺はただ一人つぶやく。
その声を聞く者はなく、その言葉には、退屈を紛らわす以上の意味はない。
俺の名はアルヴォス・ジェイ・デメシアム・ラークライツ。
数年に一度、俺の様子を見に来る者は、俺を『魔王』と呼ぶ。
それが何を意味するのかは分からないが、どうやらその『魔王』という存在は、この部屋から出てはいけない決まりのようで、俺は生まれてから500年以上の時を、この部屋で過ごしている。
食事や本は、一部を除けば頼めば持ってきてくれるし、不自由はない。
だが、本はあまり種類が多くないらしく、ほとんどの本は読み尽くしてしまった。
魔法の研究や、筋トレなどもしてみたが、魔法はあらかた開発しきってしまったし、筋トレはどうやら俺に体には不要らしい。
そんな感じで他にも色々やってはみたが、流石は500年と言うべきか、ついにやることが思いつかなくなってしまったのだ。
「暇過ぎる~。何かやることをくれ~」
元々俺は、何もせず、何も考えずにぼーっとするというのが耐えられないタイプだ。
故に、やることが無いという今の状況は、筆舌に尽くしがたいほど苦痛なのである。
……そういえば、俺の配下を名乗る者が言うには、俺の仕事は『勇者』なる者を倒すことらしい。
その『勇者』とやらが来てくれれば、この退屈も、少しは紛れてくれるのではないだろうか。
「あ~、勇者来ないかな~。来て欲しいな~。もう誰でもいいから来ないかな~」
広い部屋の中央に鎮座するデカい椅子に座り、足をぶらぶらさせる俺。
やることが思いつかなくなってから約1年。俺の毎日はだいたいこんな感じだ。
あぁ……何か……俺の退屈を紛らわす何かが欲しい!!
「新しい刺激が、欲しぃぃぃいいいぃぃいぃいいい!!!!」
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「ついに辿り着いたぞ。ここが、魔王城か……」
私は魔法使い。メリスティア王国の第三王女にして、勇者パーティーの一員である魔法使いだ。
世界を脅かす闇の支配者、魔王を討伐するため、何年も修行し、技を磨き、ついにここまでやってきた。
仲間であった弓使いのウェンバー、獣戦士のガック、そして勇者のクレイツは魔界での戦闘の中で、皆死んだ。
そうして大切な仲間の死を乗り越え、私は今、こうしてここまでたどり着くことができた。
「皆の死は無駄にはしない。私が必ず、魔王を討ち滅ぼし、世界に光を取り戻して見せる!!」
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「ん? 初めての気配。これは……城の外か?」
俺が暇過ぎて、石の床の上を無意味にゴロゴロしていると、ふと外に命の気配を感じる。
今まで城の中に感じていた者達とは明らかに違う気配。別種族の気配。これはまさか――――
「勇者、という奴なのではないか!?」
これほど嬉しいことがあるだろうか!
俺の退屈を紛らわす、最高の存在が現れたかもしれないのだ!!
よし、さっそくここに招こうではないか。
俺は配下の者に繋がる魔導具を起動すると、すぐさま命令を出す。
「今しがた、城の外に異種族の気配を感じた。恐らく勇者とかいう存在だろう。そいつをここまで案内しろ。いいな」
それだけ言って、俺は魔導具を停止させる。
向こうで何か言いかけていたが、どうせ大したことではないだろう。
それよりも勇者だ! はよ! 勇者、はよ!!
こうしてはおれぬ。急いで部屋を掃除しなくては!
仮にも客人を招くのだ。埃っぽくてはいかんだろう。
なにせ誰かがこの部屋に入るのは初めてのこと。
俺の配下とやらも皆、物を渡すときは、転送魔法陣を使って送り届けてくるだけだし、数年に一度の奴も、ドアの前で話すだけ。
つまりこの部屋は、ドアが開くのすら初めてのことなのだ!
あ~、まだかな~まだかな~
俺がオリジナルの浄化魔法で部屋の掃除を念入りにしていると、外からいくつもの魔力の波動と、死の気配を感じる。
死んでいるのは……元々この城にいた者達か。
勇者をこの部屋に通せと指示を出したのに、一体何をしているのだ?
気配からして、その勇者らしき者の魔法で、皆殺されているようだが……もしかして、ヤバいやつなのだろうか。
いや、こんなにも多くの命を平気で奪うような奴なのだ。絶対ヤバいだろう。
あ~せっかく退屈しのぎができると思ったのに、まさかの狂人とか。がっかりだな~。
まあでも、一応それでも初めての客人なのだ。もてなす準備はしておこう。
俺は本棚に使われていた木材を魔法で加工し、テーブルを作り、ベッドを加工し、二人分の椅子を作る。
俺には一応玉座もあるが、あれはデカいしちょっと高くなった床に固定されているから、テーブルと一緒には使いにくい。
部屋の壁は結界魔術で保護されているし、配下も壊しちゃダメっていってたからいじれないので仕方がない。
最後に光魔法で部屋を明るくし、時空間魔法で封印してあったアツアツの紅茶とクッキーを出せば完璧だ。
一応来るまでどのくらいかかるかわからないので、テーブルの上に並べた紅茶には、保護の結界をかけておく。
さあ、これで準備は完璧だ! いつでも来てくれ、勇者よ!!
――――あ、でも勇者だったら戦わなきゃいけないんだっけ。
まあでも、お茶してからでも別にいいよね。
それに、もし断られたらしまっちゃえばいいんだし。
さて、まだ時間もありそうだし、もう一回部屋の汚れをチェックしておこうっと。
つづく




