自己中心男の、トンデモ異世界ライフ 1-2
人間は、自己中心的な生き物である。
それが、俺の基本的な考え方だ。
誰かを助けるのは、見返りを期待しての行為であり、偽善である。
誰かを害するのは、その存在が自分にとって都合が悪いから排除しているだけで、本人にとっては必要悪である。
そもそも善悪なんて言うものは所詮、自分の物差しでしか測れるものではなく、それ自体が自らの都合によって作られた個々の基準でしかないのである。
故に、「自分の生活が豊かであるなら、他人がどんな不利益を被ろうが知ったことではない」という俺の考え方は、間違っていないはずだ。
俺は助けを求める者がいたら、明確なメリットがあるか報酬を約束させてからじゃないと助けないし、情けを訴える者の言葉など鼻で笑ってスルー。
目の前の者を犠牲に助かるなら喜んで突き出すし、タダで得られる利益は遠慮なくいただく。
そんな俺を、クズだとか自己中だとか、そんな風に言う者もいるだろう。
だが俺は、俺の正義に従い俺が俺のために正しいと思う事をしているだけだ。
無論、法には触れていないし、ある程度の常識は弁えている。
それは、間違いなのだろうか?
お前らだって、可愛い女の子にぶつかられても、気にするなと言いつつ内心では喜ぶが、臭くて不細工なおっさんとぶつかったら不愉快になるだろう?
それは、おっさんと女の子にお前の中で価値をつけて、扱いを変えている、自己中心的な行為じゃないのか?
どちらかしか助けられない状況で、自分の助けたい人を助け、どうでもいい人を助けないのも同じことだ。
故に、俺だけが自己中心的なのではない。
人間は皆、自己中心的なのである。理性無き獣よりも、自分本位な動物だ。
だから、俺の生き方を他人にどうこう言われる筋合いはない。
さっき商人を見捨てて、盗賊から有り金を奪った行為も、咎められる筋合いは無いのだ。
いやまあ、もしそれが法に触れていたらその限りでもないが。
さて、そんなわけで、あの商人の馬車が向かっていた方向へと5時間ほど歩き続けている俺だが、いまだに人っ子一人見当たらない。
もう夕方だし、そろそろ村とかあると嬉しいんだけどなぁ……
しかし……俺は何か、とても大事なことを忘れている気がするのだが、なんだろう?
何か、今までの行動がばかばかしく思えるような、そんな何かを……まあ、いいか。
忘れているのを思い出そうとしても、大抵はモヤモヤが大きくなるだけで、時間を無駄にするのがオチだ。
それより今は、未知の危険が潜むこの世界で、夜をやり過ごすための場所を見つけなければならない。
そうして更に歩くこと2時間。
日も落ちかけ、辺りが薄暗くなってきた頃、俺の視界に、道端にしゃがみこんだ一人の人影が飛び込んできた。
フードを深く被って、ぼろ布のようなものを纏っているため、性別はおろか、本当に人間なのかもよくわからんが、流石に無視はできない。
後ろから襲われたりしたらたまったものじゃないからな!
それに、何か情報を持っているかもしれない。
人里の場所を知っていて、それを教えてくれるのがベストだ。
そう考えた俺は、慎重にその人影に近づいて行く。
強化された身体能力を遺憾なく発揮し、極力足音を殺して。
そうしてその者の背後、手を伸ばせば届くのではという程の距離まで近づいたところで、苦痛にうめくような声が、その人影から聞こえてくる。
怪我をしているのか、あるいは病気なのかは不明だが、これは面倒だ。
俺の手持ちの物では、この人を助けられるものは無いし、かといってそれができなければ、情報はもらえないだろう。
だからといって見捨てるのでは、万が一この人が助かった時、俺の悪評が広まりかねない。
大丈夫だとたかをくくることもできるが、ここは勝手知らぬ異世界。
最初は、慎重過ぎるくらいが丁度良いだろう。
俺はそのまま、こっそりと後ろから横へと移動し、そのフードの内側をのぞき込もうとするが、流石に気が付かれてしまったようで、俺が見るよりも早く、その顔がこちらを向いてくる。
そして、その顔を見た俺は、一瞬息をのんでしまった。
その者の顔が、あまりに美しかったからだ。
その人影はどうやら女性だったようで、改めて見れば、ダボっとしたボロ布を纏っていても、僅かに胸の膨らみが見て取れる。
身長は、今はしゃがみこんでいるからちゃんとはわからないが、170無いくらいだろうか。
ちなみに、俺の身長は182cmだ。
そして極めつけは、その顔である。
振り向いた拍子に脱げたフードの下からは、左側で纏められた、艶やかな黒髪が顔をのぞかせ、俺を見つめる瞳は、鮮やかで透き通った紅色。
顔は……今は苦悶に歪んでいるが、笑顔が似合いそうな、幼さの残る顔立ちをしている。
見た目年齢は16歳ってところだろうか?
全体的な第一印象は、『学校にいたら絶対人気者になるであろう、明るく元気なムードメーカー』って感じだ。
だが、その完成された、芸術とも呼べるほどの姿は、苦しみで歪められていて尚、素晴らしいと思えるものであった。
「はぁ……はぁ……たす、けて……」
俺が見とれて固まっていると、その女性は俺のズボンの裾を掴んで、俺に助けを求めてくる。
確かに、これほどの芸術、俺としても是非守って、あわよくば少しで良いから触れてみたいとも思うが、ただ助けてと言われてもどうしていいかわからない。
それに、俺には医者の父譲りの、ケガや病気に対する対処法の知識はあっても、道具が何もない。
場合によっては、助けられない可能性も――――
いや、とにかく今は問診から始めるとしよう。
苦しんでいるところ悪いが、別に俺が苦しめた訳でもないしな。
「どこが悪いんだ? 怪我か? 病気か?」
「はぁ……はぁ……お腹……魔法で……」
腹を魔法で? ってことは外傷かな?
「……少し、見せてもらうぞ?」
俺は彼女を寝かせると、スマフォのライトを使ってその腹を見る。
すると驚くことに、その腹には余裕で腕が通るであろうほどの大穴が開いているではないか。
治すどころか、なんで生きているのかと問いたいほどだ。
もしかしたら人間じゃないのかも。あるいはスキルか? どちらにしろ、流石異世界としか言えない。
「なあ、めっちゃ穴開いてるんだけど……これ、治るのか?」
「はぁ……はぁ……魔力、回復できれば」
ふむ、魔力ねぇ~。それってどうやって回復するんですかね?
やっぱり、マナポーション的なアレとかですか?
悪いけど、持ってないよ?
「そうか。でも、悪いけど俺は魔法とか魔力ってよくわからなくてな。力になれそうに――ああいや、ちょっと待てよ」
そこまで言ったところで、俺は先ほど商人の荷台からパク――いただいて来た荷物の中に、気色悪い色の液体が入った小瓶がいくつかあったのを思い出す。
あの中にもしかしたら、魔力を回復できるものがあるかもしれない。
俺はそれに気が付くと、腰に下げていた布袋の中からそれらを全て取り出し、女性を起こして見えるようにそれらを並べる。
「この中に使えるものはあるか? あるなら好きに使っていい。無理なら俺がやるから指示をくれ」
「その……黄色の。飲めば、大丈夫」
俺はその言葉を聞くと同時に、それを手に取り、蓋を開けて彼女の口に流し込む。
彼女はそれを、抵抗することなく飲み干した。
すると、すぐに彼女の身体が赤黒いオーラに包まれ、傷が見る見るうちに塞がっていく。
流石は魔法、凄まじい回復速度だ。
そうして10秒ほど待つと、その傷は完全に塞がり、先ほどまで苦しそうだった彼女の顔も、どこか穏やかなものへと変わる。
「ふぅ……ありがとう、助かったよ。ボクの名前はレヴィエル・クレディルゼート。君は?」
これが、後に俺の人生に大きく関わってくることになる、レヴィエルとの最初の出会いであった――――
つづく




