魔王様は暇過ぎる 第四話 『お茶会には、紅茶と菓子と絶望を』(没)
展開が違うかなと思って没にするつもりだったやつ
「では、早速……第一回、魔王の間ティータイムを、開始する!」
…………魔王が、わからない。
この悪の象徴たる大魔王は、一体何を考えているのだ。
勝負に負けた私を……いや、勝負にすらならずに惨めに地に伏した私を、こんな……
というか、一体これはどういう状況なのだ?
目の前には美味そうな紅茶とクッキー。それから、なんだか心なしか楽しそうな雰囲気の魔王。
私は特に何もされず、普通に席につかされている……謎だ。
一体どういう意図があって、この化け物はこんなことを……
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魔法使いのシスティアさんは、大人しく席についてはくれたものの、表情は硬いまま、一向にお茶にも菓子にも手を付けてはくれない。
……王女とか言ってたし、やっぱり俺の焼いたクッキーは気に入らないのかな?
それとも、紅茶は俺にとっては普通だけど、彼女の種族――たぶん人間だと思う――では、一般的ではないとか?
そんなことないとは思うんだけど、俺が読んだ人間の登場する小説って300年以上前のだからな~。今は違うのかもしれない。
「あー、その……食べないのか?」
「…………どういうつもりだ」
彼女は俺の問いに、腹の底から絞り出したような声で問いを返す。
どういうとはどういうことだろう。
先程から、彼女との会話には酷く違和感を感じる。
何かが決定的に食い違っているような、そんな違和感が。
「貴様は、魔王であろう?」
「……そうだ。確かに我は、そう呼ばれている存在だ」
「ならばなぜ、私を生かすのだ。言っておくがな、私に人質としての価値などないぞ? 王女とはいえ、私は命を賭すと宣言し、戦場へと出て行った身。それが散ることは、皆覚悟している」
う~ん? やっぱり何かおかしい気がする。
なんだろう。さっきから俺が酷い奴みたいな扱いを受けている気がするんだけど……気のせい?
「……一つ聞きたい」
「……なんだ」
「貴様にとって、"魔王"とはなんだ?」
「はっ……何を今更。貴様は闇を支配し、魔を統べ、我ら人間や他の多くの種族を虐げる諸悪の根源であろう!!」
え、えぇー!? 俺のイメージ、そんななの!?
俺、別に何か悪いことしろとか命令したことないし、何ならこの部屋で暇してただけなんだけど!?
「……それは、何を根拠とした発言なのだ?」
とにかく今は、彼女にとっての――いや、人間にとっての魔王像を知らなくては。
もう暇つぶしのために残ってほしいとか、そういう事を言っている場合ではない!
「根拠だと? なにを言っている。いつも貴様の配下が叫んでいるではないか。魔王様のために! とか、魔王様にひれ伏せ! とか」
えー……なんで俺の知らないところで、俺の名前を勝手に使っちゃってるの?
というか、俺の配下を名乗るそいつらは、一体何をしているんだ?
人間にこんなに恨まれているのだから、良いことではないのだろうが……
「……そうか。だがそれは、そやつらがそう言っているだけであろう? 我は貴様らに、何かしたことがあったか?」
そう、これだ! 俺は何もしてないんだから、別に悪くないだろう! よし、これで――――
「はぁ!? どの口が言っているこの外道が!! ならば貴様の後ろにあるその魔法陣はなんだ!!」
「む? 魔法陣? ……ああこれか。これは確か、闇の中でしか生きられない種のための楽園を作るために、城の周りにだけ闇を生み出す魔法……だったと思うのだが。確か」
うん。子供の頃だからあんま覚えてないけど、確か配下がそんなこと言ってた気がする。
「は? それは本気で言っているのか魔王!! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!! それのせいで、我らが一体、どれだけ……くっ!!」
え、何? これそんなダメな奴なの? え、消した方が良い? これ、俺の魔力勝手に吸って動いてるんだけど、別に解除はできるし……
「……あー、よくわからんが、解除したほうが良いなら、解除するが?」
良かれと思って放っておいたが、これのせいで困っている者達がいるのであれば、別に維持する必要もない。
「はっ! できるものならやってみるがいい!! 我ら人間をバカにするのもいい加減に――――」
――――ガシャン!!
俺は躊躇うことなく右手を振るい、魔法陣を崩壊させる。
誰かを苦しめているのなら、これはもう必要ない。
500年前はどうであったか知らないが、今はもう必要ないのだろう。
それにあの程度、もし必要ならすぐに再構築できるしな。
「これで……良いか?」
「…………は? え、貴様、本当に? え? ま、魔王。お前は一体、何を……」
――――バンッ!!
魔法使いが、戸惑いながらも何かを問おうとしたその時、魔王の間の扉が勢いよく開かれる。
そこに居たのは、沢山の魔人。
気配からして、元々この城に仕えていた者達だろう。
下がらせておいたというのに、勝手に出て来るとは……いったい何を考えて――――
「魔王様!! なぜ魔法陣を解除成されたのですか!? アレが無ければ我々は!!」
「いや、彼女があれのせいで人間が困っていると言うのでな……」
配下の代表、声からしていつも俺と魔導具越しに話している者が声を荒げるが、俺はそれに対し、冷静に返す。
困っている人がいるのなら、それを助けるのは間違いでは無いはず。
俺は間違っていない……はず……だよね?
「人間が困っている!? それが何だと言うのですか!! この世界は我々魔人が支配しているのです!! とるに足らぬ下等生物である人間如きが何を喚こうが、そんなもの無視すれば――――ひっ!?」
どうやら間違っていたのは、俺とこいつらの方だったらしい。
人間が下等生物? 困っていてもいい? ――――そんな訳があるか!!
「我は、生まれてから500年。一度もこの部屋から出たことが無い。何故だかわかるか? 貴様らが、この部屋でこのいくつもある魔法陣を維持していれば、世界が笑顔で満たされると言ったからだ」
そんな言葉を信じて、俺はずっと我慢してきた――――
「我にとって、貴様らの言葉だけが真実で、ずっと皆が平和に暮らせているのならと、退屈を誤魔化し、それに耐えてきた」
物語の中に出て来るような、笑顔に満ちた穏やかな暮らしが、外には溢れていると信じて――――
「だというのに、いざ蓋を開けてみたら、真実はどうだ? 我はずっと、貴様らの悪事のために、利用されていただけだったというのか?」
でも現実では、自覚も無いまま、多くの罪無き者達を苦しめ、涙を流させていた。
「ふざけるなよ貴様ら!! 人間も魔人も、同じ人だ!! 少し見た目と能力に差があるだけの、同じ人、同じ命ではないか!! それがなぜ殺し合う!! それがなぜ虐げる!! なぜっ――――手を取り合おうとできなかったのだ!!!!」
俺は望んでいたはずだ。世界の平和を! 皆の笑顔を!!
「貴様ら外道には、死すら生温いわ!! 魂ごと消え失せろ!!!!」
俺の怒りに任せた魔力の波動は、外道どもを城ごと粉々に消滅させる。
肉体も、魂も、全て等しく――――
全てが消えた荒野で、俺は宙に投げ出されたシスティアさんを受け止める。
一応バリアで守りはしたが、落下の衝撃までは防げないからな。
そうして俺は、先ほどまで城のあったはずの地面に降り立ち、彼女を降ろした。
「あ、あの……魔王。貴方は――――」
「ここが、外の世界か。こうして目にするのは初めてだが……こんなにも明るく、美しいものであったのだな……」
ここから始めよう。
これまでの償いと、これからの人生を。
俺がこれまで取り零してきた、全てを――――
つづく?




