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『ステップ・オン・ザ・ガス』第三話

1.


 『ミークネス』中心街はもうじき夕方となる時刻のおかげか、昼間よりも人が減っていた。昼間はあんなに狭く見える道幅も、この時間はやや広く見えるのが不思議だ。

 傾きつつある陽が、街の顔を少しずつ変えていくのが目に見えるようだ。

 日中の活気と熱気に溢れた、元気一杯の子どものような顔から、少しずつ落ち着いたオレンジ色へと。

 そんな中ハンスとラトフは、『ティルヴィング』本部から約30分程かけて中心街に到着していた。

 この大陸の大きな都市内には、『市内列車』という物が配備されている所がある。

 その名の通り、都市の中を移動する為の小型の列車のことだ。

 近年、馬車に変わる移動手段として考案されたのがそれだ。

 馬車専用の道がある訳でもなく、通常の人が通る道を馬車が走らざるを得ない状況に人々が不満を訴え、そして何より馬の暴走による事故が多発し減少の兆しも見えないため、それに応える形で開発されたらしい。

 人の創造性というのは全く逞しい物で、身近なところで本当に必要な物は驚く程の手早さで作り上げてしまう物だ。

 数年という時間をかけ都市内に専用の線路を設け通常の列車よりかなりの低速で走らせた所、その手軽さと便利さにより、次世代の足となったわけだ。

 今回も、歩けばゆうに1時間はかかると思われる道のりを、この『市内列車』のおかげで大分短縮できた。

 この恩恵は大きく、今という時代に感謝しなければならないかもしれない。

 しかし、ハンスは今はそんな気にはなれなかった。

 今まさにベッドに飛び込まんとしていたところに、もうひと仕事だと聞かされて半ば無理やり連れ出された挙句また苦手な列車に乗って移動しなければならない始末。

 感謝なんてしてる暇があったら、自室のベッドで惰眠を貪りたい。

 ハンスは切にそう願っていた。

「眠そうだな。さっきから」

「当ったり前だっての……」

 ハンスがしょぼしょぼする目を擦っていると、ラトフが少し眉根を寄せてこっちまで眠くなる、とでも言いたげな顔で声をかけて来た。

 外出用の服装なのか、本部で着ていたシャツの上に焦げ茶色のコートを羽織っている。

 右手に一枚の新聞記事を持ち、ハンスの顔と記事を交互に見るような形になっていた。

「いや悪かったって。あちらさんが出来るだけ人手をつれて来いっつってたからな」

「……で、俺もってわけか」

 無愛想に返したハンスの声に、ラトフは軽く笑って返して来る。

 この顔では悪かったなどとは欠片も思っていないだろう。ハンスは内心溜息をついた。

 だが、彼『ハンス・ターキンス』という男は切り替えの速い男だとよく他人に言われる。一応、自分でも自覚はしている。

 仕事で色々と胸くその悪い思いを味わっても、一時間かそこら昼寝すればけろりと元通りになるという単純さを備えていた。

 自分は便利屋ギルド『ティルヴィング』の一員だ。

 仕事が入ったのなら疲れただの眠いだのと色々と四の五の言わずに出向かなければならないのは当然で、それこそが便利屋として正しい行動なのだろう。

 ――やるしかないか。

 ハンスは眠気を覚ますように自分の両頬を両手でぺちぺちと叩き、ふーっと長く息を吐いた。

 その様を横目で見届けてから、ラトフは右手持っていた新聞をハンスの目の前に差し出す。

 どうやら一面記事を飾る記事のようだ。見出しが大きな文字で、新聞特有の材質の紙上部に記してあって、その下にはなにやら古ぼけた――丁度、『ティルヴィング』本部くらいの――大きな屋敷を写した写真が載せられている。


 ――『これで四件目! 窃盗団現る!?』


目立つ大きな見出しは、そう謳っていた。

「窃盗団?」

 それを見せられただけではよく事情が飲み込めず、ハンスは首を傾げた。

 ラトフはあぁ、と頷く。ついでに、新聞ぐらい読めと苦言を呈した。

「事前に予告状を送りつけて、わざわざ警備を厳重にさせた上でそれを破って獲物を盗むのを楽しんでる変態どもだ。俺にはわからねぇ趣向だな」

 毒づくというよりは、呆れが前面に出ている口調で言う。

「今回の依頼は、そいつらからあるブツを守ってほしいっていう依頼だ。目的地は、あれ」

 ラトフはそう言い終えると、ある一点を指差した。

 ハンスがそれにつられる様にその方向を見ると、一際大きく壁面は白い塗装で屋根は赤系統の色になっている、いかにも格式高そうな建造物が目に入った。

 外からティルヴィング見ただけでもかなりの広さがあることが伺える。見慣れた屋敷と比べても、二倍以上はあろう。

 ハンス達が歩いているところ、ギリギリで目視できる程の距離に位置するその建造物の周りには既に夕刻だと言うのに、中に入場せんとする客で賑わっていた。

 建てられた看板にポスターのような紙が張ってあり、それをひとしきり眺めた紳士風な男は、優雅な足取りで金の装飾が施された門をくぐって中へ入っていく。

 あれは確か―――。

「美術館、だな?」

 確か、名前は『ガーベラ美術館』と言った。ハンスがそういうと、ラトフはその通りと言うが如くニヤリと笑って指を下ろした。

「やっこさんがいる所さ。俺らはあそこの中の何かしらを守ることになる」

 何かしら、とはまた曖昧だ。

 ハンスが言うとラトフも苦笑いを浮かべる。

 ラトフ自身もそう思っているのだろう。

「予告状が来たのか?」

「らしいぜ」

 ラトフが言うには、依頼を受けたのはハンスが出掛けていた間のことだったらしい。

 その時はまだギルド内にいた秘書が応対すると、『ガーベラ』からの使いであると名乗り、仕事の依頼をしたいと言い出してきたのだ。

 そこで受けた依頼が『美術品の防衛』だ。

 恐らく、最近の新聞で騒がれている窃盗団だと確信したのだろう。

 彼は予告状を見せ、明日公開初日を迎える品物を守ってくれと言ったらしい。

「何を守るのかって話は到着してからって言われてるからな。何度聞いても勿体つけて教えてくれないんだよ」

「へぇ」

「何でも、明日が一般公開初日らしくてな。部外者には教えないようにしてるんじゃないのか」

「俺らくらいには教えてくれても良いと思うけどなぁ」

「同感だ」

 そこで、ラトフはそうだっと何か閃いたかのように右の拳で左手の平を叩いた。

「言い忘れてた。今回の依頼は、俺らにだけ来た訳じゃないらしい」

「ん?」

 その『ガーベラ』の使いを名乗る男の話では、既に警察や警備関係の者には話もつけてあり、いくつかのギルド或いは便利屋に声をかけておいてあると言う話だった。

 その一つが偶然にも彼ら『ティルヴィング』というわけだ。

「随分必死なんだな」

 公だけでなく、完全に民間のギルドも動員するとは。よっぽど件の『窃盗団』を怖がっているようだ。

「そりゃそうだろ。なんでも明日の目玉らしいしな。一般にもちゃんとした発表はしないで『前代未聞の作品』とか何とか言って、当日のお楽しみにする予定らしいな」

 ふーん、とハンスは頷く。

「まぁその筋の人間にってはかなりの値打ちもんなんだろう。俺らにはわからねぇけどな」

 勝手に『俺ら』と一括りにされてしまった。

 だが実際その通りだったのでハンスは別に何も言わなかった。

「ま、他の連中に報酬を掠め取られないようにしないとな」

 ハンスは黙って頷いた。というか、頷かざるを得なかった。

 最近の『ティルヴィング』は苦しい。

 組合長秘書が思いつめた顔で帳簿に向かっている姿を見てしまって以来、金にはあまり執着が無いハンスもそれを自覚せざるを得なかった。

 そろそろ、目的地に到着しそうだ。もう美術館の入り口はすぐそこに見えている。

 ハンスの眠気は一向に治まる兆しを見せていなかった。




2.


 館内に入ってすぐのところに待ち構えている受付係に依頼の件を伝えると、すぐさま係員の案内で移動することになった。

 やはり先客が何組かいたのだろう。

 かなり慣れた足取りで案内していく係員についていくと、ある部屋に通された。

 広い部屋に黒い革のソファが二つ、ガラス製のテーブルを挟んで置かれている。

 壁には海、空、森など様々な風景を描いた絵が飾られている。

「こちらにおかけになってお待ちください」

 ハンスとラトフをここまで案内した受付の女性はそう言って二人を座らせると、一度置くに引っ込んだ。

 少しすると、湯気の立つ二つのカップを盆に載せて帰ってくる。コーヒーをいれて来たようだ。香ばしい匂いが二人の鼻を刺激する。

「館長はもうしばらくしたらいらっしゃいますので」

「あぁ、どうも」

 ラトフの返事に係員の女性は頭を下げ、再び部屋を出て行った。

 彼女の役割は案内までのようだ。元の受付の仕事に戻って行ったのだろう。

 ドアが閉まる音がしてから、ハンスはきょろきょろと部屋を見渡してみた。

 随分しっかりした部屋に通された。

 ちゃんとした来賓を迎えるために備えられた部屋だ。

 便利屋というのは、総じてあまりいい扱いを受けないのが普通だ。

 ただの便利屋であるハンスには、世間的にどんな汚い仕事も金で引き受ける禄でもない奴らだという風潮が浸透しているのかそうでないのか、分からないが。

 だが、彼もラトフも周りの評価には微塵も興味が湧いたことは無かった。

 そんな物よりも近くの喫茶店で振舞われる、そろそろ食べ飽きた日替わりメニューの方に食指が動く。

 それが何時一新されるのかということの方が、よっぽど興味をそそった。

 ――勝手気ままに、自分の好きにやればいい。元々、便利屋なんてそんなもんだ。

 ハンスの父が、よく言っていた言葉だった。

 それからしばらく待っていると、扉を開ける音の後に数人の足音が聞こえた。

 未だ覚めぬ眠気により座りながらうつらうつらしていたハンスは、はっと顔を上げて音の主の方を見た。

 黒を基調としたスーツを着た恰幅の良い男を先頭にして、その脇には紳士風の男が二人控えている。

「ようこそいらっしゃいました。私が当美術館『ガーベラ』の館長、ハーティーと申します」

 恰幅の良い男はそう言ってニヤニヤと笑いながら、二人に近づき、片手を差し出してきた。

 ラトフはまだ夢と現の間を行き来しているハンスを小さく小突いてから、立ち上がり差し出された手と握手する。

 ハンスも慌ててそれに続いた。

「『ラトフ・ハーリー』です。こいつは『ハンス・ターキンス』」

「あ、どうも」

「えぇ。お噂はかねがね聞いておりますよ」

 ハーティーと名乗った館長は笑顔を浮かべて言った。

 ラトフはその何処か狡猾そうに見える笑顔を見ると、今のが恒例の社交辞令である、ということが明確に分かった気がした。

 自分たち以外の便利屋にも同じような態度で接したのだろう。

 金持ちという部類に属する者は、割合こういう顔をする人間が多い気がする。

 要は、予習は十分と言うわけだ。全員に同じ顔するのは疲れるだろうな、とちらりと思った。

 ハーティーは挨拶もそこそこに、早速本題に入ろうとしているようだった。

 控えていた男のうち一人から五十センチ四方くらいの大きさの紙を受け取り、ハンスとラトフに見えるようにテーブルの上に広げる。

 黒いインクで、四角形やら何やらが描かれており、紙の上部には『ガーベラ』と記されている。

 どうやら、見取り図らしい。二人は早速覗き込むようにそれを見る。

「当館の間取りを記した物です。一応、間取りは頭に入れていただいたほうが良いかと」

 ハーティーは二人の顔を伺うようにちらりと見ると、図面から顔を上げた。

 つられるようにラトフとハンスも顔を上げる。

 顔を上げふと視線を彷徨わせた瞬間、ハンスは眼が合った。

 背中に棒でも入ってるかのように直立不動で立っている男。

 きっちりとして清涼感溢れる身なり。

 それに何処かふさわしくない眼差し。

 刃のように細められ、まるで睨みつけているような目で、射抜くように見つめられる。

 品定めでもするかのような、獲物を狙う獣のような、静かで激しい何かを隠した瞳で。

 そのわずか数秒が、ハンスにはまるで何十分にも感じられた。

 息苦しいような、居心地の悪さが体中を駆け巡る。

 すると突然、ふっと目が細められた。

 笑っているのだ。

 そう認識するのに、これまた数秒の時間を使ってしまった。

 明らかに、拒絶の意を表しているようにハンスは感じた。

 見られていた。

 ――何だ……?

 監察されていたのだろうか。

 あの男に。

 ハンスは、隣のラトフを盗み見た。

 ハーティーと依頼の話で盛り上がっていて、恐らく見られていた事には全く気付いていない。

 ハンスが聞く限り話は佳境に入っているようで、報酬の金額まで及んでいるようだった。

 しかし、そんな話は耳に入りそうに無かった。

 相変わらず、その目は笑ってこちらを見つめていた。




3.


 行き止まりにぶち当たり、少女は思わず眉根を寄せた。

 明確な目標地点も決めず、悪く言えば適当にさ迷っていたため当然と言えば当然の結果かも知れない。

 短くため息をついて、眉にかかる薄い色あいの金色の前髪を掻き上げた。

 少女と言うには少々大人びた顔つき。きりっとした目元に、青い宝石のような瞳。口元にはまだ幼さが残っていたが、整った顔立ちの美人だ。

 右耳にだけ付けられた三日月を象ったようなイヤリング。

 それが彼女の雰囲気をさらに大人びたものにしていた。

 女性にしては高い身長で、白い半袖のシャツに膝丈までの黒いパンツを身につけ、女性的なスタイルを覗かせている。そんな格好のせいか、背中に背負われている槍が際立って異質だった。

 見回りついでにと、この無駄に広い美術館の構造を頭に入れようとして丁度五分程歩き回った所だった。

 既に夕方と言っていい時間帯に差し掛かっているのもあって、目に見えて観覧客は減っているようだ。

 それでも壁面に飾られている大きな風景画や、ガラスのような透明なケースに入れられた形容し難い形の陶芸品などを見る客の列は途切れないようだ。

 芸術や美術、という物にはほとんど趣を感じない彼女――『アニー・ディアフィールド』にとっては、正直に言ってあまり良い時間の使い方には思えなかった。

 ふぅと自然とため息が出てしまう。

「疲れたなぁ」

 乗ってきた列車がトレインジャックに遭遇してしまうとはついていなかった。

 アニーは再び溜息をついた。

 彼女の元に『ガーベラ美術館』の使いを名乗る女性が現れたのは、今朝方の事だった。

 仕事柄かそれとも性分か分からないが、決まった場所には留まらずにあちらこちらを飛び回っている自分の前に、彼女はまるで狙いすましたように現れたのだった。

 ――名前は聞き及んでいる。

 そう、恐らく社交辞令であろう前置きの後に『ガーベラ美術館』――つまり今現在いる、ここに仕事があるから来てくれないかと打診された。

 仕事内容は、窃盗団から明日展示される品を守ること。

 ギルドには属していないものの一応女だてらに便利屋をやっている彼女は、魅力的な報酬に、首を縦に振ることにしたのだった。

 理由はそれだけではないのだが。

 アニーはくるりと向きを変え、来た道を引き返そうと歩き出した。

 壁と同じ淡い白で統一された床の上を黙々と歩く。

 熱心な観覧客が、難しそうな顔つきで壁の絵を睨みつけているのが見える。

 それを横目に、アニーは歩きながら昼間のことを思い出していた。

 トレインジャック犯を踏ん縛って突き出した際に、駅長が言っていた。

 もう一人『茶髪で剣を携えた、何処か気合の抜けた少年』もトレインジャック犯を相手に立ち回りを演じ、見事に全員捕獲したらしい。

 便利屋ギルド『ティルヴィング』だと、少年は名乗ったそうだ。

 この美術館の館長は、アニーの他にも多くのフリーの便利屋やギルドに依頼を出しているそうだ。

 時折すれ違う、明らかに美術には無縁の男達が恐らくはそれだろう。

 ――『ティルヴィング』。

 彼ら以外にも多くの便利屋が来ているらしい。万全を期すため、だそうだ。

 ――何か、知っているかな。

 核心でなくても良い。

 砂粒程度でも良かった。

 ただの少しだけでも、情報が欲しい。

 彼女の右手は、無意識に右耳のイヤリングに伸びていた。


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