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『ステップ・オン・ザ・ガス』第二話

 相変わらず騒がしい街だなぁ、とハンスは欠伸をかみ殺しながら思った。

 最寄の駅から100メートル程しか離れていないというのに、ただ真っ直ぐ歩いているだけで誰かしらに正面衝突してしまいそうな程、人手ごった返している。

 一体何処から湧いて来るんだ、とあまり人混みが好きではないハンスは思わずにはいられなかった。 

 しかも苦手な列車に長時間乗った挙句、帰りは寝て過ごそうと思っていたのに、トレインジャックの所為で碌に眠れなかった。まさに踏んだり蹴ったり。

 今日はついてないな、とハンスは小さく溜息をついた。


 ハンスは今、『ミークネス』という町をのろのろと歩いていた。

 人口はゆうに100万を超える大都市であり、産業その他の規模も周りの都市と比べて最大。

 特に、鉱物加工業の隆盛が凄まじいようだ。ここ数十年で一気に発展の兆しを見せ始め、気がつけば周りから頭一個抜け出ている。

 文字通り、この街は『ミスティル大陸』の首都なのだ。

 こう何気なく周りを見渡しただけでも、忙しく道を歩くビジネスマン風の男やきっちりとした貴族風の女性、はたまた左手の買い物袋を重そうに持ちながら歩いていくおばさんなど、様々な人の活気で賑わっているのが手に取るように分かる。

 栄える街には人が集まっていくものだ。

 さらに頭上に目を向けてみれば、大金持ちに上り詰めた者達が作り上げた、財力の象徴たる背の高いビルが立ち並んでいるのが目に入る。

 最近立てたばかりだろうか、白い塗装が太陽の光を反射して眩しかった。

 自身のギルド『ティルヴィング』に帰還するために、ハンスは商店街を突っ切るように歩いていた。

 『ミークネス』の中心からは大分外れるものの、そこに住む人間の活気は変わらず、ハンスの周りを行ったりきたりしている。

 駅から帰るには一応最短ルートを行っているはずなのだが、この商店街を突っ切らなければいけない所為で、回り道した方が早いんじゃなかろうか、という気さえ起きてくる。

 しかし実測してみれば、多分こっちの方が早いだろう。

 石でしっかりと舗装され、綺麗に整っている道を眠いだとか、疲れたな、だとかさっさと帰りてぇなぁとか脳内でうだうだと考えながら歩く。

 これも遠出した時の、ある種の日課になってしまっている。

 そのまま数分歩くと、やっと人の壁によって遮られていた視界が開け、商店街の出口にたどり着いた。

 やっと出たか、とハンスは安堵の溜息をつき、再び帰路に向けて歩を進めた。

 商店街を出てしまえば、目的地は目と鼻の先だと言ってもいい。円状になっている道を少し道なりに進んで、路地裏の方に折れるだけ。時間にして数分だ。 商店街に向かうのであろう通行人とは逆方向に歩いていると、ハンスの左手に細い路地裏への道が見えてくる。

 太陽の光が当たらず暗い路地裏を抜けていくと、そこにやや大きく古びた屋敷が佇んでいる。

 木造の二階建てで、 昔は宿泊施設として使われていたという過去を持つこの屋敷はなかなかの広さを持っている。当初は木目の美しさが評判の佇まいだったそうだが、ハンスたちが手入れらしい手入れをしていないため、今ではみすぼらしくなってしまった。

 ドアの近くに立ててある『ティルヴィング』と記された看板が無ければ幽霊屋敷のように、不気味に見える。

 ハンスはこの不気味でやや小汚い屋敷を目の前にする度に、いつも安堵の気持ちが浮かび上がってくる。

 ここは最早、彼にとって我が家に等しい場所なのだ。

 仕事帰りに我が家を目の前にした瞬間というのは、恐らく人生ベスト10に入る安堵の瞬間なんではなかろうか。肉体や頭脳を酷使した後に、視界に飛び込んでくる懐かしき我がオアシス。恐らく世の働く親父さんたちなら、共感してくれると思う。

 ハンスはそんなくだらないことを考えながら、疲れからか安堵からか、どちらともつかない溜息をつきながらドアノブに手をかけた。

「うぃーっす、ただいま帰ったぞーっと」

 中に足を踏み入れると、だだっ広い空間がハンスの目の前に広がってきた。

 まず受付としての名残である小さめのカウンターがドアのすぐ左に位置している。現在ではコーヒーカップやら紅茶のビンやら新聞、雑誌などがその上に散乱し、完全なる物置と化している。

 広さに対して、置いてある物の少なさがやはり目立つ。

 家具らしい家具と言えば、『組合長(マスター)』とその秘書用の事務デスクと、来客用のソファとテーブルぐらいだ。しかもソファとテーブルの置いてある場所はどう考えても適当に置いたとしか考えられない、中途半端な場所だ。

 なんとも情けないがスカスカのこの部屋を見れば、家具を揃える余裕など無い、という『ティルヴィング』の経済状態の現状が垣間見れる。

「おう、ご苦労さん」

 すると、これまた見慣れた金髪の男が見慣れた顔がデスク(組合長専用なのだが、勝手に座っている)に座りながら軽く声だけかけてきた。視線はハンスを捉えておらず、傍らに湯気の立つコーヒーカップを置いて、木造のデスクに置いてあるものに一心に向けられている。

 そこには鈍い鉛色をした様々な形の部品らしき物が、散乱と言っていい状態で置かれていた。

 金髪の男はそれを磨いたり、目の高さまであげて光を当ててみたり、埃を飛ばそうと息を吹きかけてみたりと小さな部品相手に格闘しているようだった。

「また銃の整備かよ、ラトフ。飽きねぇのか?」

「飽きるかよ。一応俺の相棒だからな」

 ハンスは腰の剣を降ろして、適当に置いたとしか思えない中途半端な位置に置かれているソファに腰掛けた。デスクに座っている金髪―――『ラトフ・ハーリー』はそんなハンスにやはり見向きもせずに、目の前の自分の相棒と格闘している。

「『組合長(マスター)』なら出かけてる。また会合だとよ」

「ふーん」

 やっぱり『組合長(マスター)』ってのは忙しいんだな、と漠然と思いながらハンスはソファに埋まるように身を預けた。

 『ラトフ・ハーリー』は、彼の先輩だった。

 目にかからない程度の長さの金髪、薄い碧色の目は絶えず鉛色を映している。彼の生活感を彷彿とさせるくたびれた黒いシャツ、青いジーンズを履いた足を組んでデスクに座っていた。

 ハンスが『ティルヴィング』に入ったのは、ほんの二ヶ月ほど前だが、ラトフは数年単位だ。年数から見てもハンスの方が大分後輩である。

 しかし、ラトフは初対面にハンスと面倒くさい付き合いは御免だ、とまず初めに言って来たのだ。先輩後輩なんて、堅苦しいのは抜きにしろ、と。

 そんな初対面だったおかけでハンスはラトフを遠慮ゼロで呼び捨てにするし、常時タメ口が主流になった。ラトフもハンスを後輩として扱わずに、まるで友人――それも悪友のように気兼ねなく接する。 

 ハンスはこの男のそういう気さくな所が気に入っていた。

「で、どーよ?」

 ハンスがソファに埋もれている間に結構なスピードで銃の完成形を組み上げたラトフは、もう一挺を取り出しながら言った。

 その若干期待に上ずったような声から、あぁとハンスは彼の言わんとした事を理解した。 

 どっこらせ、と言わんばかりにめんどくさそうな動作でソファから立ち上がる。気だるげに上着の懐ポケットに手を突っ込みながら、ラトフに近づいた。当然、仕事から帰ってきたのだから報酬のことを聞いているのだろう。

 そしておもむろに幾分膨張した茶色い封筒らしき物を二つ、デスクの上に放り出すように置いた。

 ラトフは初めて銃から目を離しその封筒を見た。すると驚いたように目を丸くして、一つを手に取る。しばらく触ったり、中身を除き見たりとした後、にっと口元を上げる。

「おいおい、なかなかじゃねーか。気前いい客だったのか?」

「いーや、一つは報酬でもう一つは謝礼だ」

「……謝礼?」

「おう」

 眉をひそめて怪訝そうな表情で聞き返してきたラトフに、駅長からなとハンスは答えた。またなんで駅のお偉いさんからなんだ、とさらにラトフはさらに怪訝そうな顔になっていく。

 ハンスはめんどくさそうに、今朝のトレインジャックの事をラトフに説明した。


 ハンスはあの車両に乗り込んできた無粋な男達をのした後、到着駅で駅長に呼ばれたのだ。何でも感謝の意を表したい、とか。

 随分熱心というか、強引でだった。

 ハンスはベッドが恋しく、一刻も早く帰りたかったために別にいい、と断った。しかし、彼はなかなか折れなかったのだ。

 そしてその熱意に押し負けるようにして渡されてしまったのが、今ラトフの目の前に置かれている封筒の中身。

 不利益なわけでは無いので、別にいいのだが。重さ、見た目から判断して中身はなかなからしい。

 ついでに、帰りがけにオレンジジュースも頂いていた。

「あー、なるほど。そりゃ災難だったな」

 合点行った、と言葉とは裏腹に特に驚くでもなくすんなりとラトフは呟いた。

 そして再び二挺目の整備を再開し始める。

 がちゃがちゃと手馴れた様子で細かく分解していく。ハンスも全く大したことでもない、というかのごとく大あくびを一つし、ラトフのデスクから離れていった。

 この時ハンスは疲れていた。遠路はるばる仕事に出向きその帰りに厄介ごとに巻き込まれた物だから、この上なく疲れていた。

 いつもそれほど多くの仕事が舞い込み、てんてこ舞いという訳ではない。それよりもむしろ、少ないほうだ。

 てんてこ舞いになってくれ、というのが現状である。

 故に今までもそれほど疲労感を感じる機会は無かったのだが、今日は何故だかぐったりというのはこういうことか、と感心するほどに疲弊していた。

 色々と思い出したくない物も思い出してしまったし、もしかすると精神的な物が大きいのかもしれない。

 ハンスはぐぐっと大きな伸びをして、カウンター側にある奥に続く階段へと歩きだした。

 この『ティルヴィング』本部二階には、メンバーの私室が設けられている。

 これも元宿泊施設の恩恵で、ありがたいことに個室のベッドは全部屋に残されていた。あるならば使わせてもらおう、ということで現在はハンスたちの寝床となっている。

 ハンスはとにかく疲れを癒すべく、一刻も早く自室のベッドにダイブを決めたかった。

 だるい手足を無理やり動かして、二階に繋がる階段を目指してのろのろと歩き出す。

「おいハンス、どこ行くんだ?」

 すると、背中の方からラトフに声をかけられた。

 ゆっくりと振り向いてみると、わりと整った顔の口元に若干嫌な感じの微笑が浮かんでいるのが見えた。

 反射的に、嫌な予感がハンスの背中を駆け巡る。

「寝るんだよ。疲れたから」

「ほー、そうか」

 ハンスが若干不機嫌な声で答えると、ラトフはさらに面白そうな顔で笑い始めた。

 その顔はまるで悪戯を仕掛ける子どものようで随分と楽しそうだが、ハンスにとっては不愉快以外の何者でもなかった。

 仕事帰りに我が家で眠る時と言うのは、人生でベスト5に入る安息の時間なんではなかろうか。

 重い四肢を引きずりながら寝室に辿り着き、柔らかな布団に身を預ける瞬間こそ至福。

 そしてそのまま嫌な上司の小言や面倒な客とのやり取りなどは全て忘れ去り、夢の世界へと旅立つ。世の働く親父なら共感してくれると思う。

 だが、ハンスの安息の時間は。

「そりゃ、残念だなぁ。実は、もう一つ仕事が入ってるんだよ」

 まだまだ、訪れそうに無かった。

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