39. 迷える羊達の、終話
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「終わった……のか?」
両手剣を地面に突き立て、軽く肩で息する和希が呟いている。
僅かに振り乱れた髪をゆっくりと掻きあげると、大きく息を吸い込んで、静かに吐き出した。
目立った外傷も、特にはなさそうだな。
「無事に完勝だよ」
和希の元へと歩を進めながら、周囲を見渡す。
トレイン君もアーサーとその仲間達も──、どうやら全員無事らしい。
「レイッ! アイツに、勝ったんだなッ!」
「レイさーんッ! 私、頑張りましたよー!」
「よくやったな、クジカ、トレイン君。アーサー達も、助かったよ」
「いやいや、さすがにこればっかりは……レイがいたからの初見クリアだね。俺でも、全力を出し切って……三割あればいい方だよ。あんなバケモノに一人で勝てそうなプレイヤーなんて……【歩く決戦兵器】と【理不尽の申し子】しかいないよ」
俺は……その中に分類されてしまうのか。
暗にバケモノだと言われている気がするな。
というか、このゲームも中々強いプレイヤーがいるようだ。
「そうだ、あの二人は……どうなった?」
最終的に、琥珀とスノウに託した二人の少女。
あの時点では意識を失っていたハズだが……
果たして、無事なのだろうか。
見れば、琥珀とスノウの隣に横たわったまま、いまだ安らかに瞳を閉じていた。
「二人共、無事よ。まだ……どちらも目を覚ましてはいないけど」
「そうか……あー、そうそう。スノウ、さっきはありがとうな。助かったよ」
「ふぇ、ぜ、全然大丈夫ですよー! 気にせんといて下さい!」
小さな身体で両手を最大限に振り、スノウは猛アピールをしている。
動く人形のようなその姿は、中々可愛らしい。
「ぅ……ん……」
「カミラッ!」
和希が張り上げた声に釣られて再度カミラに目を向けると、モゾモゾとすわりが悪そうに身体を動かしていた。
どうやら目が覚めたらしい。
和希はすぐさまそばに駆け寄ると、心配そうに見つめている。
やがて、カミラはゆっくり薄目を開くと上体を起こし、まだ眠たそうに目をこする。
果たして──
「………ん……ぁ、あれ、クジカお姉さん、どうしたの?」
「カミラ……カミラなんだよねッ!?」
「そうなの、カミラはカミラなの! でも、なーんか不思議な夢を見ていたの。レイお兄さんが、弓でびゅーんってカミラを狙ってたの」
……意識があったらしい。
「本当にゴメンな、カミラ。スマンッ! でも……助かってよかったよ」
「ぅ……ん……」
深々と、カミラに向かって頭を下げる。
致し方ないとは言え、嫁入り前の大事な身体に傷を付けてしまった。
身体の傷が治ったところで、心にまで傷を負わせる訳にはいけない。
「ハッ! ……あれ? 皆さん……ご無事だったんですね!」
「ロザリーちゃんッ! 君も……大丈夫なのか?」
カミラの隣では同じくロザリーも目を覚まし、アーサーが駆け寄ってくる。
「アーサーさん……ええ、もう私達は大丈夫です。本当にありがとうございました。詳しいお話は……ここじゃなんですから、大聖堂の方に場所を移しましょうか?」
言いながらロザリーが指し示すのは、開け放たれた扉の奥にそびえる大聖堂。
青白く幻想的な輝きは変わらない物の、さっきまでの不穏な空気感は和らいでいるようにも見える。
ヤギを狩ったお陰で、バージェが解放されたって事だろうか。
「ああ。──皆も疲れただろうから、ひとまずそこで休憩にしようか」
おっきいアーサーが先導するようにロザリーを抱きかかえ、和希はカミラをおんぶしつつ、一路大聖堂へと向かう。
「すごいな──、まるで本物みたいだ」
がらんと広大な、穏やかで幻想的な雰囲気の聖堂内部。
豪華な造りというよりは、厳粛な赴きの装飾で飾り立てられている。
外国に旅行に行った事もない俺からすれば、カルチャーショックでしかないんだけど。
「そりゃそうだよ、レイ。このゲームのグラフィックのクオリティーは、これまでのVRMMOの歴史を塗り替えたと言われるほど、世界最高峰のレベルだからね」
「へー」
アーサーが拳を握りしめて語ってくるが、生憎とほとんどゲームをやらないから俺には分からない。
「それで、ロザリーちゃん。話って何なんだい?」
「今回の一連の騒動について、説明させて下さい。私達の今後の為にも──」
「なあ、カミラ。ちょっと俺にこの中を案内してくれないかな?」
ふっ、とロザリーの視線が向いた事に気付いた和希は、背負うカミラに声を掛ける。
なにかカミラに聞かせちゃマズい話でもあるのだろうか。
「カミラにおまかせなのー!」
そしらぬカミラは大きく右手を突き上げ、はしゃぎながら和希に連れられていった。
「──で、そろそろいいかな?」
アーサーは、壁際にゆっくりとロザリーを下ろすと問い掛ける。
答えるように、ロザリーは居然として口を開き始めた。
「……この場所は、昔一つの街でした。外界との繋がりを断って、人々と知恵ある魔物達が暮らす街。聖堂内に隠された歴史書には、そう記されていました。それが……何年前までの話なのかは分かりません」
人間と魔物が暮らす街、まるでファンタジーみたいだな。
それが……残念ながら、今は違うと。
あんなヤギがいたんだ、どう見たってこの街に暮らす人はいないだろう。
「私がここに来たのは……もう、三年も……たったんですね。元々、私はアンダルテの教会で暮らすただの孤児でした。悪魔にさらわれて、心に入り込まれて、心を犯されて。それでカミラは……ここに来る前の記憶が一切無いんです。それどころか、悪魔を本当の親だと思い込んでいる節もあって。私が来た時にはもう、この街に住んでいる人達はいませんでした」
「そうか……」
アーサーが、浅くため息を漏らした。
あまりにも非日常的なロザリーの話に、俺はいまいち感情が付いていかないんだけど。
それにしても、カミラか……
確かに両親が待ってるって本人も口にしていたし。
果たして、俺達がどうこう出来る問題なのか……
「司教を名乗る悪魔に命令されて、彼らが『弾圧者』と呼んでいる皆さんをここまで連れてきたんです。魔神『アスモデウス』の降臨の生贄にするんだ、と」
「魔神……ね」
そういえばそんな事を、あのヤギが言ってたな。
「もう、お分かりだったかも知れませんが……私とカミラ、二人の間に血の繋がりはありません。それどころか……私達には、まだ多くの姉、妹達がいます」
「あら、やっぱりねぇ。確か、ディセットとトラントロワ……って言ってたわよね? ロザリーちゃんの中にいた悪魔が。アレって、フランス語で言う所の……数字の事じゃないのかしら?」
「そうみたいですね。司教は、私達に年の順番に名前を付けました。全部で……六十六人。お願いします──」
《指名クエスト【迷える羊達の終話】が、発生しました》
《受領しますか? ⇒ YES or NO》
「私達を……助けて頂けませんか?」
そういう事か……
「れ、レイーッ!! 大変だーーッ!!」
突如、風雲急を告げる和希の叫び声が、聖堂内に響いた──
( ;ヾ>Д)ノ" タイヘンダー!!




