21. ネームレス、ウロボロス 2
「な、ぁ……」
武技が発動を失敗したのか、トレイン君の身を包むエフェクトは霧散した。
何て事はない。
短剣を構えるトレイン君の右手を掴み、外側に捻り上げて武器を落とさせた。
多分、発動準備のモーションだったのだろう。
あまりにも緩慢な動きが発生したせいで、今のうちに狙って下さいと言ってるような物だった。
そのまま俺とトレイン君は取っ組み合う形で対峙している。
「流石ですね……私も、自信はあったんですけど」
「筋は悪くないぞ。和希となら、いい勝負が出来るかもな」
そうだな。
両手剣の和希となら……だけどな。
「クジカさんと、いい勝負……ですか。コレでも、今まで狙った獲物を逃した事なかったんですけどね」
「それは、相手が素人だったからじゃないか? ここに来るまで、何回か殺気も漏れてたし」
「……え?」
最初から、大量のモンスターを引き連れてきた時点でダダ漏れだった。
なんなら、同じ濃度の殺気を街を出る際にも感じていたし。
トレイン君が付いてくると言い出して、俺にくっついて来た時にも。
羽ライオンを釣った矢を射った時もそうだ。
ズー・ルーを倒した直後も、カニと戦っている最中だって。
当のトレイン君は、全く気付かれていないと思っていたらしい。
「あの……一応、私、気配遮断のレベル七なんですけど……」
「そういう数値なんかに頼ってるから、素人なんだよ。俺は、目に見える物が全てじゃないと思うよ」
「れ、レイさん……」
今のトレイン君には……難しいかな?
和希にもまだ早いレベルだしな。
まあ、俺だって理解出来るようになったのはここ三年くらいの話だ。
四六時中うちの爺ちゃんに狙われ続ければ、自然と身に付くんだけどな。
あまりに人にはオススメしない、いわゆるヘルモードってヤツだ。
そのまま何かを考え込むようにして、トレイン君は深くうつむいてしまった。
「なあ、何で俺を狙ったんだ?」
「ワールドアナウンスの通知でレイさんの名前を知って……街中で一騒ぎ起こして、クジカさんと一緒に逃げたって噂を掴んで……クジカさんが男と街を出るって情報を聞き付けて、大急ぎで先回りしたんです」
うわー……俺の行動がバレてるじゃないか。
ゴシップ紙かって。
情報網ってのは、恐ろしいな。
「零……マズいぞ、天涯が来るかも知れない──」
「ああ、それは安心して下さい。街を出たって情報はうちのクランのルートからなので、他所には漏れないと思います。なにせ……うちにもクジカさんの熱狂的なファンがいますから」
和希が、ぶるりと身を震わせた。
ゲームの世界にファンがいるなんて、和希も中々やるな。
まあ、普通に見た目は美少女の部類だし。
「──それでレイさん、私のクランに……入りませんか? レイさんならどんなヤツでもキル出来ますよ!」
「おいッ! ちょっと待て、ふざけるなッ!」
突然、トレイン君からクラン加入の勧誘を受けた。
それに対して、和希からは異を唱えられる。
「【ツンデレ巫女】さんは、黙ってて貰えますか?」
「な──、お、おい、止めろッ!」
ツンデレみこ、って……なんだ?
それが何なのかを知っているのか、和希がやけに慌てて両手を突き出し、トレイン君を制止しようと試みる。
「他のも出しましょうか? 【素──」
「わー、わー、わーッ!」
トレイン君の声を上書きせんばかりに、和希は大声を張り上げた。
まるで子供のようなやり取り。
しかし、和希の慌てふためく姿を見るとちょっと気になるな……
後でこっそり、トレイン君に聞いて見ようか。
「じゃあ、静かにしていて下さい。それでレイさん、どうですか? 私は、あなたが欲しいッ!」
「うーん……俺は遠慮しとくよ」
「何故ですかッ!?」
「分からないから……かな? そもそもPKクランって、なんだ?」
「……は?」
今の今まで高揚していたトレイン君の顔から、表情がすっと抜け落ちた。
第一、俺は別にクランとやらに加入する必要性を感じていない。
このゲームを始めた理由も、一度自由気ままな狩猟生活を送ってみたかっただけだからな。
それなのに、余計なしがらみなんかはゴメンだ。
「やっぱり知らなかったか……残念だけど、コイツは完璧 なオンゲー初心者だ。零、PKってのはプレイヤーキラーの略で、そこのクランは、意図的に他のプレイヤーに害を与えるイカレ野郎の集まりだよ。さっき一度MPKの説明したじゃないか……」
「ああ、あったなそんなの。残念だけど、それならより一層興味ないな」
そうそう、それで彼の名前はトレイン君になったんだった。
別に忘れてた訳じゃないぞ。
ただ、二つが結び付かなかっただけだ。
──ん?
つまり和希のファンの一人は、害虫イカレ野郎って事か?
おいおい、それは聞き捨てならないな。
「ハハハ……そうですか。……なら──ッ!」
ほんのちょっと意識を傾けた。
その不意を突くように、トレイン君の顔が急速に近づいて──
(OДO;) ノォォォー




