16. シュノブム、爺ちゃん
ふっくらとした大地の上には草木が生い茂り、右手には川、左手には崖。
曲がりくねった一本道が、視界の限り続いている。
さっきまでと比べればエリアが変わったと言うか、いっそ国が変わったくらいの雰囲気の違いがこの場所にはあった。
「あの荒れ果てた大地はどこ行った?」
「この先は、自然が一杯なのー!」
「公式の設定だと、ピエドラの巨岩石がこの川をせき止めたせいで、アンダルシア荒野は水源が無くなったらしいぞ。ここからは、シュノブム段丘──別名、奇襲の丘。目的地のクゥアールン山岳はこの上だ」
そう言って、和希は崖の奥を指差した。
段丘……って事は、この崖が山の麓まで連続して続いてる訳か。
そりゃあこんだけの死角があったら、上からの奇襲も受けるだろう。
逆に上からなら狙い放題だな。
「つまりは──」
言い掛けて、崖の上に不自然にこちらを覗く複数の頭が見えた。
「ちぃッ、言ってるそばから来たぞッ!」
俺の声に反応した敵は素早く立ち上がり、崖を物ともせずに駆け下りてくる。
それは、わりかし見慣れてきた熊の獣人。
ひい、ふう、みい、よ……
片手剣の剣術士タイプが二匹と、片手斧の斧術士タイプが二匹、更には崖上に残った弓術士タイプが一匹。
崖上から弓を引き絞ろうとした弓術士タイプ目掛けて、まずは速攻で弓を引く。
相手に弓を放つ暇も与えずに一瞬で射落とした──が、他の相手との距離は、もう五十メートルも無い。
「『ピアッシングショット』」
射線上に剣術士と斧術士を一匹づつ捉えたまま武技を放ち、まとめて貫く。
すぐさま矢を番えるが──
「和希ッ、トレイン君ッ! ダメだ、一匹間に合わないッ!」
もうすでに相手の間合いは目前。
手前の剣術士タイプ2を射抜く間に、後ろの斧術士タイプ2が斧を振りかぶり詰め寄っている。
「零、任せとけって! 《パラライズ》」
『グ……ゴォゴ!』
和希が麻痺の魔法を放ち、ほんの一瞬硬直した斧術士タイプ2だったが、それでも無理矢理手に持つ斧を振り下ろした。
響く、金属同士の甲高い接触音。
いつの間にか和希の手にはシンプルな両手剣が握られており、相手の斬撃をその剣身で受けて一気に押し返し、かち上げる。
「零ばっかりにいい格好させてるのも、癪だからねッ!」
和希は押し出す勢いそのままに、右足を力強く一歩踏み込んだ。
「ふッ!」
八双から、勢い付けて袈裟斬りに振り下ろす。
腕が伸びたところで刃を止め、返す刃で切り上げを放つ。
続けざまに、唐竹への振り下ろし。
股下の辺りで切先を跳ね上げて、握りを直し、半身をずらしながらの刺突──の最中に、敵はさらさらと消えていった。
いや和希、やりすぎだろう。
そもそも両手剣を使って敵を葬る【僧侶】って、俺は一体何のゲームをプレイしているんだ?
傷付いた仲間を回復するポジションだとばかり思っていたんだけど──
「ま、こんなモンかな?」
「カズキお姉さん、つっよいのー!」
「えー……っと。あの……クジカさんも、化け物系のお方ですか?」
「はいィ!?」
「いやいや。こいつは、ちょっと剣術をかじったくらいの一般人だよ。まだまだ握りが強すぎるせいで、太刀筋が一拍以上遅れてるしな」
まあ、女の子の筋力からしたら十二分なんだけど。
あの連撃は、正直予想以上だし。
調子に乗せるのもあまりよろしくないから、とりあえずは落としておこう。
「一般人は、剣術かじらないと思うんですけど……」
「全部……全部零のせいじゃないかー! 幼稚園の時にお家に遊びに行ったら、そのまま体験から半強制的に入会させられて……俺だって今年十七だぞ!? いい歳した女子高生が、剣道部でもないのに手にタコ作ってるんだぞ!? こいつの実家、弓道場は名ばかりで、実際にはうん百年続く古武術の宗家の道場なんだよー!」
今までの鬱憤を晴らすかのような勢いで、和希がまくし立ててくる。
「いや、和希だってノリノリでやってたんじゃないのか?」
俺はそう思っていたんだけどな。
なんだかとっても懐かしい。
「だって……それは……」
「はい! 分かりました! お二人とも規格外って事です!」
「いやいや、規格外ってのは、うちの爺ちゃんみたいなのを言うんだぞ? アレからしたら、俺なんてまだまだひよっ子だ」
「まあ……そうだな。師範はリアル武芸百般だもんな……」
和希と揃って遠い目をしながら、思い馳せる──
(つД≦)。oO ナツカシイネ




