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俺と幼馴染といつも通りの一日

作者: 神父二号

~~いつも通りの朝~~



「おーい、朝だよ~?起きろ起きろー?」


金曜日がやってきた。

耳をくすぐるいつものモーニングコール。

ゆさゆさと毛布ごと優しく揺らされる身体。

心地よい朝の日差しが、ただただまぶしい。

目覚める気にもなれず、俺は再び布団をかぶり直した。


「朝だってば!ご飯食べないと遅刻するから!」


モーニングコールが慌てた調子に変わった。

うるさいな、と小さく呻いてさらに布団を深くかぶる。

ゆさゆさがばしばしになり、肩がじんわりと痛んだ。


「ちょっと!早く起きてよ!あ・さ!」

「キスしてくれたら起きる」

「アホ言うな!アホ!」


布団と枕を奪われ、俺は今日も目を覚ました。

何から何まで、いつも通りの良い朝だ。


「…おはようございます。遥香サン」

「おはようございます。悠クン?」


見下ろしてくる整った笑顔が、少しだけ斜めに傾いて得意げにした。

制服のブレザーを着崩すことなく身に着け、三つ編みにくくられた黒髪が窓からの日差しに輝く。

いい加減コンタクトにすればモテるだろうに、ダサくて分厚いレンズの丸縁メガネ。


楠木遥香。

俺の同級生で、すぐ隣に住んでいて、保育小学中学高校とずっと一緒で。


つまりは幼馴染だった。





~~いつも通りの登校~~



「なんだよ、結局いつも通りの時間じゃん。早起きして損した」

「全然早起きしてないでしょ?何言ってんの」

「いつもの時間は俺にとって早起きなの」

「もっと寝てればよかったって?」

「まあな」

「悠は私に怒られるのとおばさんに怒られるのどっちがいい?」

「どっちかというとお前」


見飽きた通学路を歩いて、すぐそこの高校に向かう。

スマホを見ればまだ8時前で、つまりは普段登校するお決まりの時間である。

半年前まで山一つチャリで越えて通っていた中学より、高校の方が家から近い。

8時10分に出ても余裕で間に合うのに、優等生な幼馴染に付き合わされているのだ。


「ギリギリに行くよりはいいでしょ?」

「早く行ってもやることないだろ。文芸部は」

「そっちこそ。バスケ部なのに朝練はいいの?先輩に怒られない訳?」

「いや誰もしてないから。朝練なんてダルいこと」

「やる気なさすぎ。県大会行くぞとか全国制覇するぞとかないわけ?」

「ないね。ないない。しょせんは田舎の学校の部活動だ」


遥香が鞄を持ったまま肘を軽くぶつけてくる。

お返しに肘をぶつけ返すと、遥香は少しだけ距離を詰めてきた。


「ねぇ、教室行く前に図書室寄っていい?」

「おう」

「そういえば悠、この前貸してあげた本読んだ?」


1ページも読んでません――と、本当のことを言うと角が立つ。

遥香は数多い小言の中でも読書のことだけは真剣だ。

文芸部のメガネらしく『本を読まないとバカになる』が持論なのだ。

毎週ノルマのように本を貸してくるのはいいが、趣味が歴史ジャンルに偏っているのがつらい。


「……読んでないんだ?」

「いや、まだ何も言ってないし俺」

「横顔に『1ページも読んでない』って書いてある」

「目次はちらっと見たよ。最後の章のネーミングセンスいいよな」

「ほら。読んでないんじゃん」

「すいません」


仕方ないなぁ、とレンズの向こうで形の良い瞳が輝く。

帰りは図書室居残りコースかなと思いつつ、俺はせめて遥香の機嫌を取ろうと鞄持ちを買って出るのだった。





~~いつも通りの午前~~



「えー…つまり個別のものというのは各々違うわけですが、概念は永遠不変と考えられるもので、これが……」


倫理の佐々木先生の授業は相変わらず死ぬほど退屈だ。

教科書に書いてあることしか板書しないし、定期テストも普通すぎて、まともに授業を聞く意味もない。

半期テストが終わった時点でそれを見切った生徒一同(特に男子)は、既に半数が机の上に突っ伏している。

俺はといえば、さすがに居眠りするのは気が引けるので、内職に精を出していた。

英語の赤松女史の出した意地悪な課題をこの時間中に済ませるのだ。


(高校教師ってレベル差激しいよなぁ)


立てた教科書の陰でいかにも神妙そうに先生の講義に相槌を打ち、俺は内職を頑張る。

佐々木先生は授業を聞いている生徒には、特に問題を当ててきたりしない。

性格も見た目通りに穏やかで萎びており、一部の生徒からは妙な人気があった。

授業は聞かれもしないのに人気があるというのもおかしな話だと思いつつ、俺は英作文に励んだ。


(……け)

(ん?)


真後ろの席の遥香がこちらに向かって呪詛のように何か言っているようだ。

肩越しに振り返ると、(眼鏡さえなければ)クラスの中でも上位の顔が怒っていた。

何を言っているのかは分からなかったが、何を言いたいかは分かってしまう。

だが、課題の内職はやめられない。

次の時間は英語なのだ。このままでは赤松のババァに殺されてしまう。


(授業聞きなよ)

(見逃してくれ)

(ダメでしょ)

(次英語だぞ。俺死ぬ)

(大人しく死ねば)


首だけで後ろをちらっと見やり、アイコンタクトのみで会話を応酬する。

物心つく前から家族同然の付き合いをしてきたから、このくらいはできる。

課題を家でやってこなかったのが悪いといえばその通りだが、それはそれ、これはこれだ。

背に腹は代えられず、俺は遥香の突き刺すような視線から逃げた。


(すまんな)


英語の参考書をバレないように机から取り出し、課題に向き合おうとして。


「ん?」


消しゴムが足元に転がってきた。

遥香が席を立ち、俺の席の傍に跪く。

消しゴムを取って立ち上がり、耳元で一言。


「授業聞けよ」


恐ろしくどすの聞いた声だった。

俺は課題と参考書を机にしまった。





~~いつも通りの昼休み~~



「まったく、お前のせいで酷い目にあった」

「悠が悪いんでしょ?だから私が昨日夜に課題やろうって誘ったじゃん」

「ソシャゲのイベントが最終日だったんだよ」

「アホくさ」


すっぱりと斬り捨てるような一言に、俺は気まずく食堂のラーメンを啜る。

赤松先生は今時珍しい、軽い体罰を何とも思わない暴力教師だ。

分厚い結婚指輪が平手と共に食い込まされた俺の脳天が、まだ少し痛い。

でも間違ったことは言わないし、授業はなかなか面白いので、俺が仕方ないと言う側面もある。


「側面どころか全面的に悠が悪いね」

「まあ…そうかもッスね…」


遥香はふんと鼻を鳴らし、まだ食べている俺の隣で小さな単行本を読み始めた。

俺と同時に食べ始めたのに、しかも親子丼食べて何で俺の味噌ラーメンより早いんだコイツは。


「…何?早く食べないとノビるよ」

「お前はもっと味わった方が良いと思う」

「味わって食べてるけどね。悠が食べるの遅いだけでしょ」


中学までは弁当持参で、高校になって初めて学食を使い始めた。

最初はド田舎の高校だしなと軽く見ていたが、なかなかどうして。

利用する人数が少ないせいか、ラーメン一つでもそこそこ凝ったものが出てくるのだ。

メンマもやしワカメキャベツ卵に分厚いチャーシュー。ダシも街の方の店よりうまい、気がする。


「うーん、うまい」

「アホくさ」


遥香は二人きりの時、本当に口が悪い。内気な委員長みたいなビジュアルの癖に。


「早く食べてよ。私ヒカリたちと体育館でバスケするんだから」

「先行けばいいじゃん」

「イヤ。なんとなく」

「そうですか…」


空っぽな丼にチャーシューを一枚入れてやると、遥香はポツりと礼をこぼして箸をつけた。





~~いつも通りの午後~~



「ああーーーいいよなぁ、新田クンは」

「は?なにが」

「お前楠木さんと幼馴染なんだろ?はぁ~」

「またその話か」

「ああ、またその話だ」

「菊池、体育の度に言ってないかソレ」

「そりゃあの胸を見たらな。毎日これ見よがしに一緒に登校しやがってダボが」

「眼鏡邪魔…とか言ってた癖に」

「ぶっちゃけ髪おろしてコンタクトに変えたら学1だろ楠木さんって」

「そうかな」

「絶対そうだって」

「そうかな…」

「あーマジで死なないかな新田お前。新田らしく足利なんちゃらに消されろ」

「お前が消されろ…っておいボールくる」

「おおっ!見ろ体操服の中で確かに揺れぐげっっ!?」

「一応お前の彼女にチクっとくからな」


友達と馬鹿なことを話してる内に体育が終わり、遥香の後片付けを手伝いに倉庫へ寄った。

毎度のことながら、機嫌取りの一環というやつだ。


「悠、サッカー中にボケっと突っ立ってこっち見てたでしょ」

「まあな。サッカー部いないと体育のサッカーなんて暇なもんだよ」

「すけべ」

「別にやましい気持ちで見てねぇよ。女子も頑張ってるなって」

「ふーん。へー」


まさかお前の胸で盛り上がってたとは言えず、俺は黙々と女子のソフトボール用具を片づけた。

クラスの女子はいつものように俺が手伝いに来ると分かってるのか、片づけは遥香に任せきりだ。

なんてやつらだと思うが、囃したてられない分実はありがたかった。


「そういやこの高校、なんで無いんだろうねサッカー部」

「なんでだろうなぁ、あんまやる奴いないのかね」

「やる気のないバスケ部はあるのにね」


土埃で汚れた眼鏡を拭いつつ、遥香がジト目を向けてくる。

俺は視線から目を逸らして幼馴染の体操服を眺めた。

白いシャツも赤いショートズボンも、少し汚れている。

遥香は高校一発目の半期試験で学年一位の成績を取った癖に、体育も人並み以上にできる。

そして、胸。大きい。

普段意識しないが確かに大きい。人並み以上は確実だ。

じっと見つめると体操服に透けるアンダーシャツの『さらに下』が、なんだか透けて見える気が。


「いてっ」

「すけべ」


片づけたばっかりのソフトボールが、俺の腹に食い込んだ。





~~いつも通りの放課後~~



「やっぱり勉強して帰るのかよ…」

「当然でしょ?舐めたこと言わないでよ」


部活終わりに遥香と渡り廊下で待ち合わせ、そのまま連れ立って北舎の図書室に入る。

校舎内でも一番の離れにある大きめの部屋は、今日も閑散としていた。

ほとんど誰も利用しないのに、一応は完全下校時刻の19時まで開いているのだ。

今は18時ちょっと前。あと一時間は勉強させられそうだった。


「よし、じゃあ課題やろう?」

「頼りにしてます遥香サン」

「ヒントはあげるけど自分で解いてね」


奥まったところにある自習用の席に並んで腰かけ、課題を広げてシャーペンを走らせる。

バスケ部の練習の後だ。あまり真剣にやらなくても、全身に疲れがたまっている。

さらに図書室の心地よい静寂に、淀みなく滑る幼馴染のペン先の音色。


「おやすみ…」

「おはよう」

「いてっ!」


遥香がシャーペンで俺の首をちくっと刺してきた。

絵に描いたような優等生で通っている幼馴染の、俺にしか見せない暴力的本性である。

……なんてふざけ続けるのも馬鹿らしい。

俺も課題に取り組み始めることにした。


「………」

「………」


二人で机に向かい、黙々とペンを走らせる。

英語の赤松女史は毎回大なり小なり課題を出してくる。

今日はとても少なめで、特製のプリント二枚程度だ。とても少なめだ。これでも。

終わったら次は、古文のキタちゃん先生の課題だ。

どこまで終わるだろうか。せめて赤松のババァの課題だけでも。


「ねぇ」

「うん?何だよ遥香」

「今日新聞部の桃井先輩と話してたね」

「あぁ…なんか部活動紹介の記事、次はバスケ部なんだって」

「そっか。でもそういうのって部長が答えるんじゃないの?」

「一年の新入部員にインタビューしたいとかなんとか」

「ふーん」


新聞部三年の桃井先輩は美人だ。

くっきりとした目鼻立ちに、爽やかで好感の持てる受け答え。

背も比較的高いし、スタイルも遥香と同じかそれ以上に良い。

しかも彼氏はいなくてフリーときている。

あくまで噂だが、俺と同じ一年生が半期試験までの間に既に五人は告って玉砕したらしい。


「いいよなぁ…桃井先輩って。女傑って感じで」

「………」

「な、なんだよ」

「私も結構モテるんだけどね。もう入学して三人くらい告白断ったし」

「知ってる」

「あっそ。感謝してよ。幼馴染の悠クン」

「ははは…」


俺は乾いた笑いを漏らし、少し膨れ面の幼馴染を見やった。

頬杖を突いてこちらから顔を逸らすように、遠くの窓をじっと眺めている。

俺は何も言わずに遥香の頭を優しく撫でた。


「……ふん」


さらさらで指に引っかかる感触もない黒髪は、撫でる度に俺の指に甘えてくるように感じられた。

――今日は大丈夫な日かな。

俺は意を決して、三つ編みを軽く摘み上げて感触を楽しもうと。


「調子乗んな」


机の下で、蹴りが飛んできた。





~~いつも通りの夜~~



『弟を…弟を…殺してしもうたぁぁぁ…』


リビングのソファにジャージでだらぁと寝そべり、スマホを弄る俺のすぐ横。

台の上に置かれた50インチテレビから、情けない中年の声が部屋いっぱいに響く。

遥香はというといつもの寝間着姿で、俺の寝そべるソファの前に行儀よく正座している。

時折鼻をすすりながら、ソファ食い入るように画面を見つめていた。

数十年前の古いシリーズドラマだ。わざわざDVDをレンタル屋で借りてきたらしい。


「面白いかぁ?それ」

「面白いわよ、ばか…」


ちょっと涙声だ。

この幼馴染は他人様のソシャゲは馬鹿にするくせに、ドラマで簡単に泣くのだ


「ぐすっ、スマホばっか弄ってるなら家帰れば」

「やだよ、母ちゃんもドラマ見てんだ」


母ちゃんはドラマ見始めると遥香以上に鬱陶しい。

俺に頻繁に内容を報告し、時には相槌と共感を求めてくる。

とてもリビングにはいられず、かといって自室にいてもやることがないので、遥香の家に来たのだ。

おばさんもおじさんももう二階に上がったようで、遥香の家のリビングには俺達二人きりだった。


「ぐすっ、ぐすっ」


陰気なEDと次回予告が流れる中、遥香はティッシュで鼻を噛む。

続けて眼鏡を外し、小さく付着している涙粒をクリーナークロスで拭い始めた。

隙だらけの薄いキャミソールには、背中の綺麗なラインがうっすらと浮かんでいた。


「あー、いい話だったわ。続きは明日見よっと」

「さいですか…」

「ところで悠はさ、土日はどうすんの?」


ころりと表情を変えた遥香が、期待するような表情で俺の方を振り返ってくる。

土曜は午前中補習授業だ。

日曜日はどうもこうもない。いつも通りだ。


「どうせ家でゴロゴロするんでしょ」

「悪いかよ。部活と課題で疲れてんの」

「ねぇ、日曜いっしょにどっか行こうよ」

「どっかってどこだよ」


ソファに片腕を預けるようにもたれかかった遥香がうーんと頭をひねる。

緩々のキャミソールから胸がこぼれ落ちそうになっているのは、指摘すべきか。


「あ、そうだ。街の方にバッティングセンターできたんだって」

「バッティングセンター?」

「うん」

「めんどいな」

「うるさい。課題手伝ってやったでしょ。連れてけ」

「帰りに銭湯寄るなら」

「やった!」


遥香は飛び上がるように起き上がり、何を思ったか俺の腹めがけて腰かけてきた。

薄いショートパンツごしの柔らかさが、腹筋に伝わってくる。


「重てぇ」

「嬉しいくせに」

「デカ尻」

「はいはい、悠の照れ屋さん」


ころころと楽しそうに笑う幼馴染につられて自然と笑ってしまう。

日曜日が楽しみだ。

俺はそう思いながら遥香の脇腹をくすぐろうと手を伸ばすのだった。




今日もまた、いつも通りの一日がいつも通りに終わった。


いつも通り続きません。

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