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序章(7)

 それに初めて気づいたのは、つい昨日、エルカに鞭を振るおうとした〝兵士〟だった。彼は愚痴を吐き捨てながら、地下の大部屋から食堂を目指す。

 なぜか、いつまで経っても大部屋に集まらない者たちがいたのだ。それも三人。これは〝塔〟建設以来一度もなかったゆゆしきことだが、彼はあまり重大視していなかった。その三人はいつもつるんでいたようだったため、どうせ誰か一人が体調を崩して、他二人が付き添っているのだろうと思ったからだ。


 ゴクリと唾を飲み込む。そういうやむを得ないこととはいえ、違反は違反。罰は行わなければならない。果たしてあの三人には何をしてやろうか。やはり昨日の女みたいに夜に呼び出して犯すのが一番良いか? 男もケツの穴にぶっこんで……。そう考えるとひどく興奮してくる。そうしよう、と心の中で頷きながら、彼は歩みを進めた。


 ここの仕事で一番良いことは、何をしても怒られない、ということだ。罰と称して鞭を振るっても、犯しても、何をしても許される。なにせ、魔法使いは人間以下の存在なのだから。

 ふんふん、と鼻歌を歌いながら上へと向かう。ひどく楽しくて、愉快な気分だった。


 しかし、それも途中までだった。


 ある地点へ来ると、彼はぴたりと足を止める。そこにあるのは、崩れた壁に、こんもりと山盛りになった土。ありえない、と口を動かしながら、慌てて穴のところまで行く。その穴は三メートルほど奥まで続いていて、そこで終わっていた。一瞬安堵しかけるが、ふと、穴の中に置かれた紙切れに気づく。恐る恐る、それを取り――。


 兵士は駆け出した。今来た道を戻っていく。知らせなければ。早く、早く。それにしても、何があったんだ。どうして逃げ出した? 逃げ出すことができた? 〝塔〟の壁は魔法を無効化するようになっているはずだ。それなのに、道具も何もないのに、どうして穴を掘って脱出できる?

 それに、食堂には最後まで仲間の兵士が誰かしら残って、最後に出る者たちがおかしな行動をしないよう、きちんと見張っていたはずだ。たしか、今日の当番は……あの小癪な〝新入り〟だ。昨日自分に逆らい、生意気にも魔法使いを助けた、あのバカ野郎。なんてことをしてくれたんだ!


 そのときになってやっと大部屋が見えてきた。勢いよく扉を開け、叫ぶ。


「おい、〝新入り〟はどこだ!?」


 仲間たちの元へ向かって、ズンズンと乱暴に歩く。苛立ちが収まらない。こんな失態があったと知られたら、全体の責任になってしまう! せっかくの天職なのに!

 クソッ、と毒づきながら近づくと、仲間たちが顔を見合わせた。みなそろって首をかしげ、一人が言う。


「何を言ってるんだ? ここ数年、新入りなど入っていないだろう?」

「…………は?」


 どういうことだ? 何が起こっている? 新入りはつい先日来たばかりだろう? 蜂蜜のようなとろっとした金髪に、青い瞳を持った……。

 そのとき、ふっ、と意識が遠ざかった。目の前が闇に包まれる。なにかが耳に囁いた。ふぅ、と息を吹きかけられ――。


「おい、どうした?」と、仲間たちに声をかけられる。彼らはみな一様に心配そうな、拒絶するような表情を見せていた。「すまない」と答える。


「確かに、新入りなんて(・・・・・・)いなかったな(・・・・・・)。夢とごっちゃになっていた。すまん」

「おいおい、大丈夫か?」


 ゲラゲラと笑われる。彼はそれを甘んじて受けた。自分でもどうして新入りがいるなんて思ってしまったのか、心底不思議で、笑われても仕方ないと理解したからだ。本当にどうしてそんなことを思ってしまったのだろう、と考えて、そういえば、と思い出す。先ほど何があった? 壁に穴があいていて、そこからあの三人(・・・・)が逃げ出したのではなかったか? さっと血の気が下がり、彼は慌てて仲間たちにそのことを告げた。すると彼らも青白い顔を浮かべ、全員で慌てて大部屋から去る。もちろん新たな脱走者が出ないよう、大部屋にはしっかりと鍵を施して、だ。


 その場で役割分担をし、彼は何人かを連れ、上へと駆け出す。本部に連絡をして、魔法兵(・・・)らの出動を頼まなければ。ひどく不本意だが、自由の身となった魔法使いは危険だ。彼らに出動を頼むのも、致し方ないことだった。




〝塔〟の上層階へと向かう複数の人影を見送りながら、彼は「さて、」とつぶやく。


あの子(・・・)はちゃんと導けるかな?」


 その言葉だけを残すと、ふっ、と、まるで陽炎(かげろう)のようにその姿は掻き消えた。蜂蜜のようだ、と表現された髪は、その場にも、この〝塔〟のどこにも、一本たりとも残っていなかった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 アルファードは王城の屋根の上でごろりと寝転がっていた。風が吹き、自らの、燃えるような赤い髪が視界に入りこむ。空の青と、髪の赤。対照的な二つを、ぼうっと眺める。

 そのとき、名前を呼ばれた。アル。この世界で二人しか呼ばない愛称。だけど片方は敵だから、実質一人だ。はぁ、とため息をついた。またあいつか、と呆れながら、しかし返事をせずにいると、視界に勢いよく逆さまの顔が現れた。思わず顔を顰める。


 一般的に見れば、可愛らしい印象の女性だった。肩上で切りそろえられた薄い金髪に、エメラルドの瞳。低身長童顔で、色白。けれど胸は平均以上あり、成熟した大人の匂いをまとっていた。それが彼女、ミルヴィナだ。

 視界に映る彼女は、にぱっ、という効果音がつきそうな笑顔で笑うと、「アル」と再度呼んできた。それも無視すれば、徐々に笑顔が消えていく。そのまま去ってしまえばいい、と願いながらも、そうならないことは確信していた。事実、アルファードが目を閉じようとすると、「アル!」という声と共にコツンと頭を叩かれた。痛くない。が、煩わしい。億劫げにまぶたを上げ、アルファードはため息をついた。するとまた叩かれる。


「もー、アルったら。早く起きて。緊急事態だって」

「どーせまた、しょーもないことだろ」


 いつもいつもそうだった。緊急事態と言って無理矢理呼び出されながらも、その内容は、宰相が転んで怪我をしただとか、お偉いさんの娘のドレスが汚れてしまったから直せだとか、その程度のものだ。どこが緊急事態なんだよ、と心の中で毒づく。転んでしまったのなら手当てをすればいい。ドレスが汚れてしまったのなら別のドレスを着ればいい。その程度のことで魔法を使わせるなばーか。


 ふんっ、と鼻を鳴らすと、「今日は違うのよ!」とミルヴィナが言った。その態度に、少しだけ胸のうちに期待が生まれる。もしや、宰相が殺されたとか? いっつも俺らを見下していた貴族が殺されたとか? もしくは、あいつ(・・・)が捕まったとか――?

 しかし、アルファードの予想はすべて外れていて、ミルヴィナの口からこぼれたのは予想外の言葉だった。


「〝塔〟から脱出者が出たのよ! それも三人!」


 アルファードは目を見開き、――そして笑った。高揚感が体を支配し、勢いよく体を起こす。眼下に広がるのは、朝焼けに染まるマラミヤ王国の王都。魔法使い以外の人々がのどかに暮らす街。今では世界中がそうだ。どこの国でも魔法使いは差別され、利用されている。それを知らず、ノコノコと〝塔〟から出てきた馬鹿がいるらしい。

 にっと口端をつり上げる。久しぶりに楽しめそうだ。

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