#8 城址と未来と
あの城攻めの日から、1年が経った。
妾は今、薄暗い部屋にいる。
「エミール!朝でござるぞ!」
横で寝るエミール殿を起こす。布団の中でうごめくエミール殿。布団から顔を出し、時計を見ると妾に言った。
「……まだ6時だよ?なんだっていつもこんなに早く起きるのさ……」
「何を言われるか。お天道様が登ると共に起き出し、日が沈めば寝る。当たり前のことではござらぬか。」
「いや、出勤は8時なんだから、まだあと2時間はあるよ……」
「やれやれ、だらしない主人でござるな。」
いつもの朝の風景である。エミール殿は相変わらず朝に弱い。
ようやく起き出し、食卓テーブルに向かう我が主人。エミール殿はパンにオムレツ、妾は飯、汁、菜の朝食をいただく。もちろん、妾の汁物はあのナガツの国で作られた赤味噌である。
スマホを見ると、父上からメールが来ていた。今はこの国からみてちょうど地球の裏側にある国にいるとのこと。交渉官と共に、その国の棟梁との同盟参加の交渉を行っているそうだ。
ところで、この国はすでにマチナガ将軍の元に平定された。帝から大将軍の称号を下賜されてからわずか7日で、全ての諸将を従え天下統一を果たす。そしてそのまま大陸へと乗り出し、わずかひと月で隣国の皇帝とも同盟を締結してしまう。
破竹の勢いでこの星に覇権を築きつつあるマチナガ将軍であるが、相変わらず我が主人はそのマチナガ将軍に使われている。
「エミール、今日もいずこかの国に参るのか?」
「そうだねぇ。海は超えないと思うけど。そういえば昨日は、東国のアズマ殿に会うと言っていたよ。」
「アズマ殿でござるか、東国きっての猛将であるな……帰りは遅いのか?」
「いや、海を越えなければ、いつも通りの時間に帰れると思うよ。」
「左様か。では、気をつけて行って参れ。」
「うん、じゃあ、行ってくるね。」
我が主人は出かけた。今日もマチナガ将軍の専属パイロットとして、いずこかの国にお供するようだ。
さて、エミール殿が出かけたら、妾は早速スマホを取り出す。
「タツ殿。今日も街へ参らぬか?」
「望むところ、妾もアツ殿を誘おうと思っておったところじゃ!」
「ところでな、今日は一人、連れて生きたい御仁がござってな。」
「ほほう、新人でござるか。また賑やかになるそうじゃな。」
タツ殿のご主人も朝早々に出かけ、昼間は新しき家にて主人の帰りをただ待つだけとなる。そこで、昼間は妾と共に近所にできたショッピングモールへ一緒に出かけるのが日課となっておる。
昼四ツ、いや、午前10時にタツ殿とショッピングモール前で待ち合わせる。半年ほど前に出来たばかりのこのショッピングモールには、食材売り場あり、茶屋もあり。時間潰しにはもってこいである。
妾とタツ殿だけではござらぬ。他の武将や町人の娘で、地球278から来た者の元に嫁ぎ、この街で暮らしている者がいる。ある者は大名である父上に言われて嫁ぎ、ある者は恋に落ちて自らの意思で妻となった。左様にしてこの街の住人となった妻達は、ショッピングモールの開店と同時にフードコートに集まって来るのが最近の慣わしとなっている。
そして今日、妾はもう一人の妻を、この集まりに加えるべく連れて参ったところだ。
「でね、ジャンマルクったら突然、一緒になろうってお父っつあんの前で言い出したのよ。そりゃあもうお父っつあんはカンカンで、茶屋が潰れるんじゃないかってくらい大騒ぎになってね。」
「そ、それでどうなったのじゃ!?」
「ジャンマルクは諦めずに、茶屋に通い続けたのよ。するとお父っつあんも最後には折れて、あたいとの婚儀を認めてくれたんですよ!もうあたいったら、その時は思わずお父っつあんにしがみついて泣き出しちゃったわ。」
「ほほう、ナツ殿、そこまで惚れられて、今はさぞかし幸せであろうな。」
「それがね、3か月もすると冷めてきちゃってね。」
「なんと。まさか、口もきかぬ仲になってしまったのではあるまいな!?」
「いや、せいぜいご飯を食べさせあったり、休日には手をつないで買い物したりするくらいで……」
「なんじゃ、今も充分お熱いではないか。」
「何言ってんのよ!婚儀を終えたばかりの頃はね、夜になるとそれはもう……」
このあとのナツ殿の口から語られたのは、妾達武将の娘が経験もしたことのない夜の営みの話であった。その場にいた猛将の娘達は、ナツ殿の話を頬を紅潮させながら聞き入っていた。
「な、なんという交わり方なのじゃ……町娘とは、かように巧みな寝技を知っておるものなのか!?」
「いやあねぇ、ナガヤ城下の娘でもこんなこと普通は知らないわよ。スマホでこのサイトにアクセスすると、ほら、こんな風にいろいろな『ぷれい』が見られてね。それを試してみたのよ。」
「な、なんとはしたない姿を……じゃ、じゃが、妾の主人も最近、少し冷めてきてのう。」
「それじゃあ、この辺からやってみるといいわよ!ご主人も喜ぶわよ、きっと!」
「う、うむ。分かった。そのサイトのアドレスを頂けぬか?」
などという調子で、元武将も町娘も構いなくフードコートで話を弾ませている。
「話で盛り上がっているところ悪いが、皆のもの、今日は新たに仲間が増えたぞ!」
妾が声をかけると、皆一斉に振り向く。
「ほう、新たにこの街に参られたか。何処よりいらしたお方じゃ?」
「妾は都より参った、タカコと申す。」
「都とな?もしや、公家のお方ではあるまいか?」
「はい、従三位のヒジワラ家よりまかり越してございます。此度は父上より、幕僚のフュルベール様の元に嫁ぐよう言い渡され、かように下向した次第。」
「なんと!従三位とは、我らの中ではタツ殿の次に高い位ではないか!?」
「いや、妾もベルナールの元に嫁いだ時は、ただの守護大名の娘であった。タカコ殿の方が高貴じゃよ。」
「まあよい、ここは身分も出身も関係ないところゆえ、いつも通りで良かろう。遠慮はいらぬ。」
「へえ~っ!あたし、公家の姫さまに会うのは初めて!あたしはナツって言います。ナガヤ城下の茶屋の娘。よろしくね。」
「妾は東国のイダテ家が娘、ムツと言います。お近づきの印に、どうじゃ、このカスタードたい焼きなど。」
今日は公家の娘が、我が「姫会」に新たに1人加わった。実は、公家の娘をもらったものの、毎日1人で寂しそうに過ごしているのを不憫に思ったフュルベール殿が、エミール殿に相談を持ちかけてきた。それを妾が聞いて、そのタカコ殿を誘いここに連れてきた次第だ。
「ところでアツ殿。お主の話を最近とんと聞いておらぬ。上手くやっておるのか?」
「そうじゃそうじゃ!つい先日までお主、すぐにエミールがエミールがとのたまっておったではないか!」
妾がエミール殿との話をしなくなったのは、実に単純な理由だ。この会のメンバーが増えすぎたため、単に妾以外の者の話で盛り上がっておるだけだ。
「そうじゃな、落城寸前の城に颯爽と現れたエミールは実に男前であったが、最近は朝も遅いし、夜もすぐに寝てしまう。だらしない限りじゃ。そろそろ妾も、別の武人でも探すかのう。」
フードコートの一角で、元姫達の笑い声がこだまする。ただ、それを聞いたタカコ殿が妾に尋ねる。
「よ、よいのか!?左様なことを申されても!女子が主人の元を離れればいかようなことになるか、お分かりないわけでもあるまい!」
「ああ、タカコ殿。大丈夫じゃ、これは『冗談』と申すものでござる。」
「じょ、冗談!?」
「戯れ言を言って、その場を和ませる言葉技じゃよ。妾もこの技の習得に、随分とかかったものじゃ。」
「かような技が、一体なんの役に立つと言われるのじゃ?」
「まあ、タカコ殿にも自ずとわかるじゃろうて。ほれ、そうこう言っているうちに、その『冗談』の名手が現れたぞ。」
向こうから現れたのは、アルテミシア殿だ。
「あら、今日もか弱き姫様がお揃いで、またご主人の悪口を言い合ってるの!?」
「何を申す、アルテミシア殿ではあるまいに。皆、慎ましく主人に使える身なれば、今日も各々の主人を讃えておるところじゃ。」
「まあ、口の達者な姫君ばかりで。宇宙一幸せね、あなた方のご主人は。」
また笑いの渦に包まれるフードコート。さすがはアルテミシア殿だ。
「ところでアルテミシア殿、そろそろお腹の子の性別が分かると申しておらなんだか?」
「分かったわよ。それがね、男よ、男!もう最悪!」
「なんと、男子とは!なんとめでたき事、いきなり嫡男ではござらぬか!」
「いやあ、考えてもみなさい?あのセレスタンの息子よ!?まともであろうはずがないじゃないの。数年後にはあのいい加減男がもう一人増えるのよ。私、耐えられるかしら?」
「なるほどな。ならばその後にもう一人、姫君を産めばよろしいではありませぬか。」
「そうね、この子産んだら、さっさと次も作りましょう。2対2に持ち込んで、男どもの好きにはさせないわよ!」
アルテミシア殿は今、懐妊のため軍務を休んでおられる。おかげで、最近はこうして姫会にも顔を出すようになった。
「そうじゃ、アルテミシア殿にも紹介せねばなるまいな。こちらはタカコと申す。本日より、この姫会に参った。」
「タカコと申す。よろしくお願い申し上げる。」
「あら、初めまして。私はアルテミシア、地球278出身の武官で、こちらの姫様からみれば卑しい身分の者ですわ。」
「そうじゃな、一方のタカコ殿は公家の娘。アルテミシア殿など、タカコ殿の足元にも及ばぬでござるな。」
「えっ!?公家の娘さん!?なんだってそんな身分のお方がここにいるのよ!じょ、冗談でしょ?アツちゃん!」
今やこの姫会も20人を越えた。とうとう公家の娘まで加えて、ますます賑やかさを増しつつある。
マチナガ公が将軍となられて以来、マチナガ将軍に取り入ろうと諸将らがわれ先にと、次々に自身の娘を地球278の有力な者らに娘を嫁がせてきた。戦国の世の倣いとはいえ、異国どころかいきなり遠くの星から参った者の妻になれと言われ、このナガヤの宇宙港の街に送り込まれた娘達。恐怖と不安を抱えたまま、ここに来た者も多い。
そこで妾とタツ殿がここに来た娘らを誘い、フードコートで話すようになったのがこの「姫会」と呼ばれる会合の始まりであった。なお、姫会という名はアルテミシア殿が名付けた。
この姫会は、主人の悪口ばかりをいうところではない。最近の服の流行や、スマホの使い方、そして夜の営みの話題も少々。皆が知りたい、そして知った情報をここで交換している。
ここはフードコートゆえ、皆何かを食べながら話している。このフードコートには、スイーツと呼ばれる甘いものを出すお店が多い。我ら女子は甘いものには弱いゆえ、自然とスイーツを食べる。
その中にあって、ナツ殿の父上が営むスイーツ屋は、自然な材料を使っているため健康的だと評判だ。甘さは控えめ、都より取り寄せし「本茶」とナガヤ城下で作られる団子の組み合わせは、地球278の人々の間では特に人気が高い。
「そういえば、ナツ殿の父上がここに進出して、三月ほどであろうか?」
「そうねぇ、お父っつあんも最初は嫌がってたけど、お客がどんどんくるから、今じゃここに店を開いてよかったぁなんていってるのよ。心配していたナガヤ城下の本店もうまくいってるようだし。ほんと、調子がいいんだから。」
「おかげで、我らも馴染みのスイーツが楽しめる。地球278のスイーツも好きじゃが、いささか甘すぎての。」
「アツちゃんは赤味噌派だもんね。甘さより塩辛さに慣れてるからじゃない?うちの団子くらいがちょうどいいのよ、きっと。」
「よくあの様な塩辛いもの、毎日飲めるものじゃな。妾には辛すぎて……」
「何をいうか!赤味噌は良いぞ!ナガツの兵は10人で、他国の50人分の働きをすると言われておるが、まさにこの赤味噌のおかげなのじゃぞ!」
「あはは、まあ赤味噌はともかく、このお団子は美味しいわよねぇ。今の私にはちょうどいいかな。」
「アルテミシア殿、懐妊中の女子にはこの赤味噌は良いと申すぞ。毎朝飲んでみてはいかがか?」
「えっ!?毎朝、あの赤味噌を!?え、遠慮しとくわ……」
アルテミシア殿の嫡男で盛り上がっていると、タツ殿が急にこんなことを言い出す。
「そうじゃ!せっかく新たな姫会のメンバーが増えたのじゃし、またいつものアツ殿とエミール殿の馴れ初めを聞かせてもらおうかの!」
「な、何を言われるか!?皆すでに聞いておろうが!」
「タカコ殿は知らぬぞ!?それに、あれは何度聞いても面白い。さあ、久々に語られよ!」
「じゃが、お主の父上が敵方に登場する話であるぞ。良いのか、本当に。」
「構わぬ、父上もお気に入りの話ゆえ、堂々と話されよ!」
タツ殿につられ皆も聞きたいと申すので、妾はあの日のことを語る。
「あの日、妾は、落城寸前のタカサカ城の本丸におった。周りにはぐるりとマチナガ軍5千。いよいよ彼らが総攻めを行い、妾は今日限りの命であろうと覚悟した朝のこと。空より、あの灰色の駆逐艦がやって来たのじゃ。全部で10隻のその灰色の砦のようなその駆逐艦は、マチナガ軍を圧倒して引き寄せなんだ。そこに、真っ黒な複座機が大空を悠々と飛びまわったのちに、城内に舞い降りたのじゃ。」
「それが、こやつの主人であるエミール殿だったんじゃよ。」
「……これ、タツ殿。これからいうところであったというに。そう、福崎に乗って現れたのは、今の妾の主人であるエミールじゃ。大勢の城兵に槍を向けられ囲まれても、眉ひとつ動かさず堂々と振舞われ、そして我が城の皆を救うと約束をしてきたのじゃ。」
「そうじゃったな。そういえばエミール殿、我が父上に刀を喉元に向けられた時も、動じることなく堂々とやりあったというではないか。まこと、こやつの主人は豪胆な男じゃて。」
「ああ、もう!それはもう少し先の話じゃ!タツ殿、順を追って話すゆえ、しばし黙っておれ!」
「いやいや、アツ殿は話が長いゆえ、気を利かしたまでじゃ。」
このやりとりがよほど面白かったのであろうか、タカコ殿は周りの女子らと同様、笑っておった。この調子ならばタカコ殿も、この姫会に染まるのはすぐであろうな。
かつてならば、公家や将軍の娘にかような会話をするなど、あり得ぬことであった。というより、会うことすらままならぬ。それがここでは皆遠慮なく語り、主人の悪口も平気で言う。
こうして皆で2時間ほどしゃべると、姫会は自然解散となる。ただ、まだ話し足りないものは下の階にあるカフェなどに集まって続きをする。妾はタカコ殿と共に、買い物に出かけることにした。
「アツ殿。ここには一体、どのようなものがあるのじゃ?」
「ああ、タカコ殿。そういえばこの街に来てまだ3日であったな。まあ、見ればわかるじゃろうが、大概のものはなんでもござるよ。例えばタカコ殿は、今何が欲しいのでござろうか?」
「そうじゃな、妾は干しアワビやコイの煮付けが大好きでのう。北の海で取れたアワビに、都のそばを流れる河より取れるコイは、格別におじゃるよ。都を離れて5日、すでにこれらが恋しくてのう……」
「さすがは公家の姫さまにございますな。コイは分かりませぬが、アワビならばありますぞ。しかも、生で。」
「ええっ!?な、生のアワビじゃと!?かように海より遠きこのナガヤの地で、そのようなもの手に入るのでおじゃるか!?」
「タカコ殿の家にも、冷蔵庫と申すものがござろう。あれに入れておけば、生のアワビや魚でも長持ちするのじゃ。ゆえに、この海より遠きこのナガヤの地でも、刺身が食えるのじゃ。」
「さ、刺身とは……生の魚ではないか!?大きな河も海もないこの地で、そのようなものが本当にあるのでおじゃるか!?」
「百聞は一見に如かず、まずはご覧あれ。」
そう言いながら、妾はタカコ殿を食料品売り場に連れて行く。
「な、なんじゃここは……まるで都の市場ではないか?いや、それ以上の品揃えとお見受けする。なんという賑やかなところなのじゃ。」
「言うたであろう、ここならば大概のものは揃うと。」
「ほ、本当にいろいろあるのでおじゃるな。はあ……これはなんという魚か……見たことのない、珍しいものも多いのう。」
しばらく魚売り場を見ていた。よく見ればそこには、タカコ殿の好きだというコイも売られていた。
「なあ、これは確かに妾の好きなコイなのだが……どこで獲れたものであろうか?」
「うむ、ここには『カリモク河産』と書かれておるぞ。」
「か、カリモク河とは、都のそばを流れる清流ではないか!これはまさしく、妾の所望するコイでおじゃる!」
「よかったではないか。この街にも、この魚を所望する者がおったのであろう。」
「じゃが、何ゆえそなたは、このコイの産地が分かったのじゃ?」
「ああ、ここにある文字を読んだのじゃよ。」
「よ、読めるのか?この文字が!妾にはさっぱり分からぬぞ。」
「妾とて、いきなり読めたわけではござらぬ。こうしてスマホのアプリを立ち上げて、こうして当ててやると代わりに読んでくれての。それを繰り返すうちに、妾にも読めるようになったのじゃ。」
「なんじゃと!?スマホとは、かようなこともできるのでおじゃるか!それは知らなんだ……」
しばらく食材売り場を巡っていた。タカコ殿はここの品数の多さに、圧倒されているようであった。妾はタカコ殿に言う。
「食材だけではござらぬ。ほれ、他にもこのようなものがあるのですぞ。」
「なんじゃ、こここは?」
連れて行った先は調味料のコーナー、ビニール袋やガラス瓶などに収められたたくさんの塩や酢、醤油などが並んでいる。
「アツ殿よ、調味料とはなんじゃ?」
「タカコ殿も塩や醤油、酢は使うであろう。」
「ああ、妾は酢が大好きじゃ。都で作る酢は、どのようなものも美味くしてくれる。ああ、ここにも都の酢が手に入れば……」
「あったぞ、ほれ、ここじゃ。」
「ええっ!?あ、あるのか!?都の酢が!」
「『都酢』と書かれておる。間違いなかろう。」
「何という店じゃ……もはやここは都以上ではないか。」
「いやいや、都にもないものもござるぞ。例えば、この赤い調味料じゃ。」
「な、なんじゃこの赤い色のものは!?」
「なんでも、唐辛子と申すものを使っておるそうじゃ。とても辛いが、なぜかクセになるからさじゃ。」
「はあ、左様か……じゃが、辛いのはちょっと……」
「このソースと申すものも良いぞ。醤油のようじゃが、こっちは脂っこい料理に合う。他にも、この甘辛い味付けのタレもおすすめじゃな。」
「なんじゃ、その甘辛い味とは!?甘くて辛いなど、妾はそのようなもの聞いたことがないぞ。」
「このショッピングモールは奥深い。妾もまだその全貌を把握しておらぬ。この奥には妾すら知らぬ品の数々が、まだ息を潜めておるのじゃ。」
「お、恐ろしいところじゃな、このショッピングモールとは。分かった。妾も心してかかるとしようぞ。」
そう言ってタカコ殿は、都のコイと酢、それに甘辛いタレを買って帰っていった。今夜はコイの煮付けを頂くそうだ。
さて、妾も家に着き、いつも通り調理ロボットに献立をセットし、主人の帰りを待つ。
「ただいま。」
夕方になると、エミール殿が帰って来た。
「おかえりなさいませ、エミール。どうであったか、今日のお勤めは。」
「いやあ、いつも通りだよ。あちらの武将も随分とご機嫌でね。先月できた宇宙港から、交易の品々が入り始めたようで、街が一気に盛り上がったと喜んでいたよ。」
「この国にも、宇宙港が増えましたな。」
「そういえば、いよいよタカサカ城跡地にも宇宙港が作られるらしい。来週には工事に入るから、今度の週末があの城に立入れる最後の日になりそうだ。」
「そうであるか……覚悟はしておったが、いよいよ城がなくなるか……」
「どうする?明日にでも行ってみようか?」
「そうであるな。最後に一目、見ておこうかの。」
そして翌日、エミール殿と妾は、あのタカサカ城に来た。
城門は閉じられており中に入ることはできぬが、あらかじめエミール殿がその城門の鍵を借りていた。鍵を開け城門をくぐり、本丸廓に続く石段を登る。
エレベーターもエスカレーターもないただの石段。ショッピングモールに慣れた身体には、この急な石段はなかなか堪える。なんとか石段を登り切ると、そこには天守と本丸があった。
「あの時のままじゃの。」
「そうだね、この一年、ほったらかしだったようだね。」
城の中庭に行く。人がおらず、あの時よりもただっ広く感じるその場所の真ん中に、妾は立つ。
「あの時は、ちょうどここにお主が降りて来たのじゃな。」
「そうだったね。槍を持った兵士に囲まれて、おっかなかったのなんのって。」
「そうか?あの時お主は、平然としておったぞ?」
「そうでもないよ。私はこう見えても小心者だから、びびっちゃったのなんのって。でもアツが出て来てくれてさ、それで話が進んで……」
「それで城兵も皆、救われたのであったな。お主には、感謝しておるよ。」
「そういえばさ、アツ。」
「なんじゃ?」
「城兵の人達って、どうなったの?」
「そうじゃな、ある者はこのふもとの城下町に残って商売を始め、またある者はナガヤ城下に移り住んだと聞いておる。皆、懸命に生きておるようじゃぞ。」
「大丈夫かなぁ……生き残ったはいいけど、もしかしてその後の生活に苦労してるんじゃ。」
「今は景気がいいからのう。どこも人手不足、生活に困ることはないと聞いておるぞ。」
「そ、そうなの?それなら良かった。」
あの頃の話をしつつ、エミール殿と妾は本丸の方に来た。
「ここも、いよいよ週明けには取り壊されるのじゃな。」
「そうだね。でも、ここだけ残すこともできたよ。いいの?」
「父上が決められたことじゃ。都から最寄りの宇宙港として、ここを発展させる。それがナガツの国にとっての最良の道。ここは宇宙港には適した開けた場所であり、都からも近いゆえに、発展するであろうと父上が申しておった。」
「そうか。じゃあ、仕方ないね。それならしっかりと目に焼き付けておこう。」
妾とエミール殿が、敵に囲まれた状況下で婚儀をあげたあの本丸の広間が、今は人気もなく静かだ。時折、風が吹き込む。
「なあ、エミール。」
「なあに、アツ。」
「そろそろ、子作りに励まぬか?」
「ええっ!?こ、子作り!?」
「アルテミシア殿のお子が嫡男であることが分かったぞ。昨日、姫会で申しておった。」
「そ、そうなんだ。それはよかったね。」
「よくはござらぬ!妾もそろそろ妻として、役目を果たさねばならぬ!」
「いや、私の星では別に子供を作ることだけが奥さんの役目じゃないし、そんなことにこだわらなくてもいいって!」
「……いや、妾もな、その、家族というものが欲しいのじゃよ。」
「家族?」
「妾は母を亡くし、戦さ場で兄達も亡くしてしまった。今や家族と言えるのは、父上とエミールだけなのじゃよ。」
「はあ、そういえばそうだね。」
「なればこそ、そろそろ我ら夫婦の将来のため、父上のため、子供のことを考えてはどうかと思ったのじゃよ。父上も、孫ができればさらに仕事に励むであろうしな。」
「うーん、そうだな……あまり考えたことなかったけど、アツがそこまでいうなら……」
「よし!そうと決まれば、今宵より励むぞ!ところでな、エミール。昨日、ナツ殿からかようなサイトを教えてもろうてな。」
「ええっ!?な、なんだってこんな過激なサイトを知ってるの!?」
「なんじゃ、エミールも知っておったのか。妾も昨日見ておったが、ほれ、これなんかなかなかすごくての……」
「ひええ!そ、そんなプレイがしたいの!?いくら何でも、それはちょっと過激すぎじゃありませんか、アツ姫様!?」
取り壊しが決まった本丸の広間の中で、妾とエミール殿は先の未来に向けて動き出そうとしていた。
この本丸にて、度胸のあるのかないのか分からぬ主人と、妾は共に歩むことを決めた。それは、思いもよらぬほど豊かな生活と多くの話し友達を、妾にもたらしてくれた。
数年もすれば、ここにできた宇宙港にエミール殿と幼き我が子と共にくることになるであろう。その時、妾はこの地で起きた運命的な出会いを、我が子に話すつもりだ。
妾に腕を抱かれて頬を紅潮させる我が主人と共に、いつかくるであろうその日まで、共に歩むと妾は固く誓った。
(完)