#2 首の皮一枚の説得と包囲の中の婚儀
夜になっても、外の兵はまだそこにいた。が、その夜には鬨の声は上がらない。大きな駆逐艦が見張ってくれるがゆえに、我らは久々にぐっすりと休むことがかなう。
だが、やはり敵の大軍に囲まれたままというのはやはり落ち着かない。なんとかしてこの包囲を解けねば、真の安息は得られない。
とはいえ、昨日に比べたらこの城内は明るくなった。というのも昨日の晩に、上の駆逐艦よりたくさんの食料が届いたからだ。
カップラーメンという、お湯を注ぐだけで食べられるそばのようなものを兵達や家臣、そして妾と父上も頂いた。暖かくて美味しい食べ物は、生への希望を無くしかけていた城内の全ての者を再び活気付かせることになった。
空を見上げると、約束通り、エミール殿の複座機が降りてきた。兵達は本丸の前を開ける。
マチナガ公への説得がどうなったのかを、エミール殿から聞かせてもらえることになっている。我らにとって、今後を占う重要な知らせだ。妾はエミール殿の複座機に駆け寄る。
「エミール殿!」
「あ、アツ姫様、おはようございます!」
透明な殻を開けて、兜を脱いだエミール殿は妾に挨拶する。出てきたはしごを伝って降りるエミール殿。妾はエミール殿に尋ねた。
「エミール殿、どうであったか、マチナガ公との交渉は。」
「はい、詳しくは皆さんの前でお話いたします。ただ、あまり芳しくなくてですね……」
「そ、そうか。まあよい、皆も待っておる、こちらへ。」
私はエミール殿を父上と家臣達の待つ大広間に連れて行った。父上も、今か今かと待っていたので、エミール殿を見て叫んだ。
「おお!エミール殿よ、よくぞ参られた!さ、こちらへ。」
「はい、ありがとうございます。では、お邪魔いたします。」
早速、エミール殿からマチナガ軍との交渉の状況が伝えられる。結論から言えば、マチナガ公の元に向かったエミール殿の仲間は、ほとんど相手にされなかったらしい。
「我々が下っ端集団だと見抜いてしまったようです。向かったのは大尉と中尉クラスの人間のみ。身分の低いものとは話をしない、大将を連れてまいれと一喝されて、追い返されたそうです。」
「うむむ……そうであったか。マチナガ公は西の都の皇族をも凌ぐほどの権勢を誇るお方じゃ。身分の低い者と思われては、釣り合わぬと見て追い返したのであろう。」
「そうらしいのです。この件は現在、司令部にて検討中です。もうしばらくかかるものと思われ……」
エミール殿の話が終わらぬうちに、外の見張りの兵が大急ぎで駆けつけてきた。
「も、申し上げます!マチナガ軍前衛隊、この城に向かって行軍中!」
「何じゃと!?攻めてきたというか!」
「北と西、2方向より進軍してきます。東と南もいずれ動く気配有とのこと!」
「なんてこった!このままじゃ、この城をおとされてしまうじゃないか!くそっ!」
エミール殿が悪態をつき、立ち上がる。
「私が出ます!あの軍隊をすぐにでも止めなきゃ!」
「エミール殿!どうやってマチナガ軍を止めるというのです!?」
「あれを使います。」
エミール殿は、外にある複座機を指差す。
「あれとは……複座機であるか!?しかし、どうやって!昨日のようにまた舞いを見せて脅すのか!?」
「いや、武器を使用します。威嚇射撃を行い、彼らの前進の意思をくじくのです。その後、彼らの陣地に行って抗議してくるつもりです!」
「エミール殿!」
複座機に向かうエミール殿に向かって、妾は叫ぶ。
「妾も、連れて行ってくれ!」
「な……アツよ!何を申すか!?」
「そうですよ、アツ姫様、ここで待っていてください。」
父上とエミール殿が妾を止める。
「それはならぬ!元はといえば我らが戦、そなたらだけには任せられぬ!」
「しかし、アツよ、そなたが戦さ場に出向くとは……」
「父上、すでにここも戦さ場でございます。ここにいるのも、エミール殿についていくのも、変わらぬではございませんか?」
「その通りじゃが……」
「ならば、妾を最前線へ行かせて欲しいのでございます。これ以上、ただ城の奥でじっと待つのは耐えられませぬ!」
この場にとどまるよう説得する父上とエミール殿。だが、妾はその言を退ける。女子だからと戦えぬというのはあまりに不条理、武家の娘なれば、戦って後に果てるのが本望。
「……分かりました。じゃあ、ついてきてください。」
「エミール殿!」
「大丈夫です。必ず姫様はお守りします。それに、私のような下っ端が行くよりは幾分かそのマチナガ公は態度を変えてくるかもしれませんし。」
「そうか……ここに座しても同じこと。ならば、アツよ!マチナガ公のところに行き、アザミ家の意地を見せて参れ!」
「こ、心得ました、父上!」
ついに父上も了承した。妾はエミール殿のもとに駆け寄る。
「この先は戦場です。私は全力であなたのことをお守りしますが、絶対の保証はできません。それでもよろしいですか?」
「構わぬ。ここにいてもそれは同じこと。」
「分かりました。では、一緒に来てください。」
妾は複座機のそばに来た。真っ黒なこの不思議な空飛ぶ乗り物に、妾は乗り込むことになった。
「このハシゴを伝って上ってください。」
エミール殿の言う通り、赤いハシゴがついているので、それを伝って上に登る。透明な殻が開いており、中には人が一人入るのが精一杯な広さしかない場所であった。
「黒い座席に座って、このベルトを回し、お腹の辺りではめ込みます。その後、この白いヘルメットをかぶってくださいね。」
言われた通りに、中に座って帯のようなものを引き、金具にはめる。目の前に白い兜がかかっていたので、それを取り頭にかぶる。
「では、発進します。しばらく周りがぐるぐると動きますが、辛抱してください。」
エミール殿がそういうと、この複座機の透明な殻が閉まる。ヒィーンという甲高い音が鳴り響いた。
「バット1より、駆逐艦0710号艦へ。地上での行軍を確認、直ちに防衛行動に移る。武器の使用、およびあちらの陣地への立ち入り許可を願います。」
何を独り言を話しているのかと思ったら、突然別の人物の声が聞こえてくる。
「こちら駆逐艦0710号艦、艦長から許可をもらう、しばし待機せよ。」
「すでに行軍が始まっている!時間がない!上空にて待機する!」
そういってエミール殿はなにやら前にあるものをいじり始めた。
甲高い音が、さらに甲高くなる。周りを見ると、この複座機が浮き始めた。
飛んでいる、妾は飛んでいる。鳥のように飛ぶことは、人にはかなわぬことだと思っていたが、かくもたやすく妾を乗せたこの複座機は空に浮かんでみせた。
徐々に高いところへ到達する。上から見ると、マチナガ軍の一部が前進しているのが見て取れる。その直後、あの大筒の音が鳴り響いた。
「ちくしょう!撃ってきやがった!姫様、地上のやつらを脅してやります!ちょっと怖い思いをすると思いますが、私を信じて我慢してください!では!」
急に甲高い音から、ゴォーッとという低い音に変わった。その途端、この複座機は恐ろしい速さで飛び出した。
馬でもこれほどまでに速くない。しかもここは空の上。駆ける地面のないというのに、一体どうやって前に進むことができるのか?
突然、複座機は地面に向かって降りていく。ぐんぐんと下がり、地面が近づいてくる。このままいくと激突するのではないか?そう恐怖した次の瞬間、くるっと回って地面の近くを飛び、再び空に登る。
後ろを見ると、前進していた兵達の周りに土煙が立ち上っている。この複座機が通り過ぎた時に起きた風で舞い上がったのであろう。これを3度ほど繰り返したところで再びまたあの別の声がした。
「駆逐艦0710号艦よりバット1へ、武器使用、および陣地への着陸について了承を得られた。なお、威嚇も兼ねて、あの大筒のみを叩けとの艦長命令だ。やれるか?」
「バット1より駆逐艦0710号艦。了解、これより地上部隊の大砲を攻撃、撃破する。」
どうやらあの大筒を壊すようだ。しかし、そんなことができるのか?
再び妾をのせたこのふくざきは、空高く舞い上がる。雲を超えて、見たことのないきれいな青空が広がる高い空まで一気に登ってきた。下には雲がまるで道草のように地面から生えているように見える。ふと遠くを見ると、碁盤目のような都の姿が見える。その向こうに広がる海も見える。高い空から見れば、こうもこの国は狭いところであったのか?
「アツ姫様!」
「な、なんじゃ!?」
突然、エミール殿が叫ぶ。
「これよりビーム砲を使用します。ちょっと大きな音がしますが、撃つ前に合図をしますから、驚かず見守ってください。」
「分かった!妾に構わず、存分に致せ!」
するとまた複座機は地面に向かって飛び始める。エミール殿はなにやらつぶやいている。
「目標視認!ロックオン!ビーム砲、発射準備!」
妾の目の前に、動く絵が映っている。そこには大筒のようなものが映っていた。エミール殿のこの複座機は、まだ目で見えないほど遠くにある大筒を、これほどまで大きく映し出すことができるようだ。
近づいてくる複座機を見て、近くにいた兵士たちは逃げ出している。それを見届けたのか、エミール殿は叫んだ。
「発射!」
耳の横で大筒を撃ち鳴らしたような大きな音がした。右の方から、青白い光の筋がまっすぐ地面に向かって伸びていく。
目の前の大筒の絵が映っていたところを見る。すると、ぱっと光り、煙のようなものが出ている。しかし、複座機が再び空に向かって上り始めると、その絵には雲しか映らなくなってしまった。
「目標撃破!続いて、別の大砲を攻撃する!」
外を見ると、大筒のあったところであろうか、黒い煙が立ち上っている。たった一撃で、あの大筒を壊してしまったようだ。
先ほどと同様に再び下降に転じて、エミール殿の合図とともに青白い光を放つ。また黒い煙が立ち上る。これを5度繰り返した。
見張りが、大筒は全部で5つあると言っておった。つまり、全て壊してしまったようだ。
前進する兵の前にも、あのビームという青白い光の武器を使用する。黒い煙がたち登り、それを見て兵が一目散に下がっていくのが見える。
この複座機、とんでもない力を持っているようだ。あの大筒など相手にならないほどのビームという強力な鉄砲のようなものを持っている。しかしこの鉄砲、弾込めをせずとも次々に撃つことができる。破壊力だけではない、これほど早く撃てる鉄砲とは、なんと恐ろしい武器であるか。
「では姫様、これからが本当の戦いです。いよいよ、マチナガ軍の陣地に向かいます。」
いよいよだ、いよいよマチナガ公の元へ向かう。妾は気を引き締める。ここからはエミール殿だけの戦いではない。いよいよ、妾も戦さ場に立つ。
兵の上をゆっくりと低く飛ぶ複座機。エミール殿の話によれば、城の西の外れの森の手前に、マチナガ公の陣があるそうだ。その陣に向かって飛んでいく。
いかにも大将がいそうな立派な陣幕、のぼり旗が見えてきた。のぼり旗には、カタバミの葉に流れる川を描いた家紋、その下には大きなムカデの絵が描かれている。
「うわっ……なんだってあの旗、ムカデが描いてあるんですか!?気持ち悪い……」
「ムカデは、身を切られても前進するゆえ、戦さ場では縁起が良いとされているのじゃよ。」
「ええっ!?そうなんですか?でも、私は虫は嫌いだなぁ……」
このエミール殿、驚くほど強い武器を持ち、しかもたった2人で敵陣に向かっているというのに、ムカデごときで騒いでおる。まったく、度胸があるのやらないのやら……
陣幕の手前に開いた広場に降り立つ複座機。空から降りてきたこの奇妙なものを見て、大勢の兵が集まってくる。
透明な覆いが開き、ハシゴが出てくる。エミール殿と妾は、ハシゴを伝って地面に降りた。
ぐるりと槍を構えた兵に囲まれているが、エミール殿は全く動じる様子はない。それを見た兵の1人が叫ぶ。
「お、おのれ!なにやつ!?」
「私は地球278遠征艦隊、駆逐艦0710号艦所属のパイロット、エミール中尉だ。至急、こちらの指揮官にお会いしたい。」
すると、奥から侍大将風の男が出てくる。そやつは我々に向かって叫ぶ。
「おい!そこの雑兵!昨日もそうじゃったが、御館様は身分の低い者と女子には会われぬ!早々に帰られよ!それとも何か、その女子は御館様への妾でござるか!?」
はなから馬鹿にした態度だ。周りを取り囲む兵達は笑い出す。妾は怒りのあまり何かを言おうとするが、エミール殿はそれを制止する。
「姫様、ちょっと大きな音がしますが、驚かないでください。」
エミール殿は妾に小声でつぶやく。そして、おもむろに腰から何かを取り出して、腕を横に伸ばす。
ばんっ!というすさまじい音と共に、青い光が放たれた。兵達の後ろの森の木にその光が当たり、2、3本の木がなぎ倒される。エミール殿はどうやら、鉄砲を使ったようだ。
だがこの鉄砲、手のひらほどの大きさだというのに、とてつもない威力だ。なぎ倒された木々は焼け、周囲は焦げ臭くなる。この突然の出来事に、周りを取り囲む兵達と侍大将は恐れおののき、黙り込んでしまった。
「我々はその御館様とやらの矜持に付き合う義理はない。すでに前線の兵が動き出しており、時間がないのだ。道を開けねば、この力を持ってこじ開けるのみ!」
その手に持った鉄砲を正面に向ける。兵達は慌てて道を開けた。侍大将の男は、陣幕の奥に向かって走っていく。
妾とエミール殿は陣幕の前にたどり着いたとき、中からさらに身分の高そうな男が出てくる。立派な装飾の施された鎧に兜から察するに、おそらくはマチナガ公の宿老であろう。その宿老はエミール殿に向かって言った。
「御館様が会われるそうだ。ついて参れ。」
おそらく、エミール殿が力づくで押しかけたとあってはマチナガ公の沽券にかかわる事態ゆえ、自らが迎え入れたということにしたかったのだろう。
陣幕の奥に進むと、そこにはずらりと並んだ家臣団と、奥には豪華な衣装を着た老人が座っていた。
その老人に向かって、エミール殿は両足をそろえて、額に斜めに手を当てる独特の礼をする。
「私は地球278遠征艦隊、駆逐艦0710号艦所属のパイロット、エミール中尉であります。緊急の用件ゆえに、若干強硬手段に訴えさせていただきました。お騒がせ致しましたこと、お詫び申し上げます。」
エミール殿は周りの家臣達には目もくれず、奥の老人に向かって話しかけた。その老人は、おもむろに口を開く。
「ほう……お主、雑兵の分際で威勢だけはいいな。まあいい、わしがこの軍勢の総大将、マチナガである。」
やはりそうだ。マチナガ公本人の登場だ。つまり、我らが宿敵。妾に緊張が走る。
「で?そのうしろの姫君は、わしに対する恭順の意を表すための手土産か!?」
マチナガ公は薄笑いしながら、妾の方を見る。妾は思わずにらみ返す。
「いえ、我々には対等の交渉以外は望みません。彼女はあの城の代表者としてここに来ております。彼女を差し出すことなど、ありえません。」
エミール殿はきっぱりと返す。それを聞いた家臣たちはいきり立ち、腰に手をかける。それをマチナガ公は手を差し出し、制止する。
「対等と申すか。じゃが、お主は腰に大筒並みの威力を持つ鉄砲を備えていると聞いておる。ご覧の通り、わしらはこの陣内に鉄砲など持っておらぬ。そもそもそなたに大筒をすべて壊されてしもうた。つまり、お主は我らより恐ろしい武具を振りかざしてこの陣に立っておるわけじゃ。これがそなたの言う『対等』か!?」
エミール殿に迫るマチナガ公。さすがは大軍の将、言葉の応酬でも引けを取らぬ。
これを聞いたエミール殿、何を思ったか腰に手をやり、あの鉄砲を取り出した。
家臣達に緊張が走る。皆腰のものに手をかけて、エミール殿に斬りかからんとする。ところがエミール殿はその鉄砲を地面に置き、立ち上がって言う。
「この銃はもはや不要です。御館様に差し上げます。」
マチナガ公も、その周りの家臣一同も驚く。妾も驚いた。あれだけの威力のある鉄砲を、いとも簡単に敵に差し出すとは、一体何を考えているのだ?
侍大将の男がそれを拾い上げ、マチナガ公に差し出した。それを持ったマチナガ公は、鉄砲をエミール殿と妾の方に向けて言った。
「なかなか剛胆じゃのお、感服した。じゃが、わしがこの鉄砲を使って、お主を撃ちぬくやも知れぬ。剛胆なのは結構じゃが、それではこの戦さ場を生き抜くことはできぬぞ。」
「ご心配には及びません。私にはその銃を無力化する仕掛けを持っております。あなたは強力な武器を持ち、私は強力な防具を持つ。つまりお互い、手出しできない状態です。これで『対等』です。」
さらりと返すエミール殿。これにはマチナガ公もうなるしかない。マチナガ公は、エミール殿の鉄砲を脇に置く。
「で、お主はわしに、一体何を要求しに参ったのじゃ?」
「はい、この城の周囲にいる軍の撤退、および我々との交渉開始をお願いに参りました。」
「うむ。撤退とな。つまり、兵を引けというか。」
「その通りです。」
「それは飲めぬ話じゃな。ここは東西の交通の要衝。あの城を堕とせば、わしは東西交易の道を手に入れることができる。この利を前に何も手に入れず引き返すなぞ、できるはずがないではないか!」
「これからの時代、この土地を手に入れずとも、交易はできます。」
「は?何を言っておるんじゃ!道もないのに、交易などできるものか!」
「一つお聞きします。私はどこから参りましたか?」
「空からじゃと聞いておる。わしも見たが、空を飛ぶ不思議な乗り物に乗り、ここに舞い降りたのであろう。」
「そうです。我々には道など要りません。空を飛べれば、どこへでも自由に行くことができます。」
これを聞いた途端、マチナガ公の目の色が変わった。明らかに興味を示している。
「ほう……面白いことを言う。つまり、お主はもはや道などいらぬと申すか。」
「これより先の交易は、空の向こう側に広がる宇宙が中心となります。実際、我々も空を超え、宇宙からやってきました。」
「なんじゃ、宇宙とは?お主らは一体、どこからやってきたのじゃ!?」
そこでエミール殿は、妾にしてくれた宇宙の話をする。エミール殿が空の向こう側にある宇宙から来たということ、その宇宙には800もの星があるということ、そこに存在する2つの陣営同志の争い、その一つの連合にこの星も参加してもらうため同盟交渉のためやってきたと言う話、等々。
「……つまり、お主らはその連合とやらに我らが参加する代わりに、多くの交易品をもたらし、素晴らしき技を伝授してくれるというのじゃな?」
「はい、その通りです。ですが、まずはこの地上から殺し合いを無くすことが肝要です。この先、多くの人を必要とします。同じ星の上で戦争などしている場合ではありません。」
「なるほど、分かった。エミールとやら、近う寄れ。」
「はっ!」
エミール殿と妾は、家臣団の居並ぶ間を抜けてマチナガ公のところへ歩み寄る。マチナガ公の前に立った途端、この老人は突如、刀を抜いた。
その剣先は、エミール殿の喉元にあった。妾は言葉を失う。エミール殿も硬直している。マチナガ公がエミール殿に言った。
「なかなかにして面白い話じゃったが、お主の言う交易だの技だのが我らにもたらされる保証がないではないか!?一体、わしは何をもって今の話を信じよと申すか!」
するとエミール殿はゆっくりと応える。
「そうですね、今はあなたを信じさせるだけのよりどころを示すことはできません。」
「ほお……ならば、わしをたぶらかしたその罪で、その首、今から斬って捨てることになるぞ。覚悟はよいか!?」
「覚悟は良いですが、ここで私の首を斬ってしまえば、数か月後にあなたは間違いなく後悔することになります。1人の兵士を殺され、あなたへの説得をあきらめたわが軍は、他の国へ今の話を持ち掛けて交易を開始することになります。周りの国はあなたよりも先に、空を飛ぶ乗り物や数々の品を手に入れることになるのです。それをあなたは指をくわえてみることになるのですよ。本当にそれでよろしいのですか?」
喉元に刀を突きつけられていてもなお冷静に返すエミール殿。その剛胆な態度に、さすがのマチナガ公も折れる。マチナガ公は刀をおさめた。
「いやはや、お主はまこと剛胆じゃの。お主の言、聞き入れよう。ただしじゃ、明日までに何かわしを唸らせるほどの珍しい品を持って参れ。それをそなたの今の話の証とする。それでどうじゃ?」
「ありがたい提案です。早速手配させましょう。では、失礼いたします。」
「ちょっと待て!エミール殿といったな。明日もお主が参れ。」
「はあ……ですが、私はあちらの城の担当。ここには別の者が参りますが……」
「ならぬ!お主を見込んでの話じゃ。昨日参った者では話にならぬ。わしはエミール殿でなければ、この先の交渉とやらはするつもりはない!」
「はい、分かりました。では明日、改めて参ります。」
「ああ!いま一つ!この鉄砲を持って帰れ!」
「はあ、それは御館様に差し上げたものですが。」
「要らぬ。どのみち、使い方が分からぬ。いずれお主らが我らにこの技をもたらしてくれるのじゃろう?ならば、それまでの楽しみとしておく。」
こうして、エミール殿は妾と共に陣幕の外に出る。外ではたくさんの兵が陣幕を囲んでいた。
あの複座機のところに戻ろうとするが、こうも人が多くてはたどり着けぬ。エミール殿と妾はその場で立ちすくんでいた。
が、先ほども現れた侍大将が出てきて、兵達に道を開けさせる。
「御館様の客人が帰られる!道を開けよ!」
これを聞いて兵達は道を開ける。その兵達が作る通り道を通り抜け、複座機にたどり着いた。妾がまず後ろに乗り込み、エミール殿も遅れて乗り込んだ。
「それでは城に戻ります、アツ姫様。」
結局、妾はここでは一言も発することなく終えた。全ては、エミール殿が仕切ってしまった。
だが、撤兵の件をマチナガ公に確約させてしまったその手腕、刀を向けられても一向に動じないあの肝の太さ。妾はすっかり、エミール殿が気に入ってしまった。
複座機は宙に浮き、ゆっくりと城に向けて飛び始める。
「はあ……」
城に向かう途中、エミール殿はため息をついている。
「どうしたのじゃ、エミール殿!?」
「いえ、ちょっとやりすぎちゃったかなぁって思いまして……」
なんじゃ?さっきまで動じることなくマチナガ公とやりあったエミール殿が、急に弱気になっている。
「何を申すか!エミール殿はあのマチナガ公と張り合ったのじゃぞ!?胸を張って誇ることはあっても、後悔する事は何もないじゃろうて!」
「はあ、そうですかね?しかし、交渉の前に銃をぶっぱなしてしまいましたからねぇ……さすがにあれはやりすぎたかなぁと。」
「ああでもせねば、マチナガ公は出てこなかったではないですか!しかも、誰かを殺めたわけでもあるまい。何ら問題ないのではございませぬか!?」
「そ、そうですか?アツ姫様にそう言っていただくと、なんだかそう思えてきますね。ありがとうございます。」
「それよりもあのマチナガ公を相手に微動だにせず振る舞ったそなたの姿、凛々しいものがあったぞ。」
「いやあ、実はですね、私はあのとき、怖くて動けなかっただけなんですよ。最後なんて刀向けられちゃってもうどうしようかと思ったんで、もうこうなったら最後までハッタリかまそうと強がっていたら、なんとかなっちゃたんですけどね。」
「そうなのか!?じゃがそなた、明日も呼ばれておったぞ!?どうするんじゃ、そのような心構えで。」
「そうなんですよ、またいかなきゃならないんですよね、どうしましょう……」
さっきまでのエミール殿とはまるで別人のようだ。妾は拍子抜けしてしまう。
だが、そんなエミール殿を見ていると、逆に安心する。さっきまでのあの剛胆なエミール殿は、どこか冷酷で人の気心をまとわぬ鬼神のような男であった。が、今のエミール殿は人らしさを取り戻したようだ。妾は、狼狽するエミール殿を見てにやけてしまった。
複座機は、本丸の前に降り立った。城兵が集まってくる。透明な殻を開けると、家臣の1人が我らに向け叫ぶ。
「エミール殿、アツ姫様!ご無事でなによりです!如何でしたか!?」
「はい、なんとかなりそうです。私は一旦、アツ姫様をおろして艦に戻ります!アツ姫様!また後ほど伺います!」
「うむ、大儀であった!ではエミール殿、待っておるぞ!」
妾が地面に降りると、エミール殿はそのまま複座機を操り飛び去っていった。
「皆が待っております。こちらへ。」
家臣と共に皆が待つ本丸に向かう。そこには父上と家臣が揃って妾の来るのを待っていた。妾を見た父上は立ち上がり、妾の元に来た。
「アツ!マチナガ公の陣で何かされなんだか!?」
「いえ、妾は無事でございます。エミール殿が全て仕切ってくれたゆえ、敵は妾に指一本と触れてはおりません。」
「そうであったか……で、どうであった!?」
「はい、エミール殿はマチナガ公に、条件付きながら兵を引くことを承諾させました。」
「なんと!あのマチナガ公に兵を引かせることを納得させたというのか!?」
「はい。ただし、明日までにマチナガ公を唸らせるほどの交易の品を持参せよとのことです。それを揃えるため、エミール殿は駆逐艦に戻られました。」
「うむ、そうであったか。じゃが、そのような品を揃えることは、彼らならば造作もなかろう。しかし、エミール殿はどのようにあの気難しいとされるマチナガ公を説得したのじゃ?」
妾は複座機で陣幕に入り、中でのやり取りの詳細を話す。まず鉄砲で兵達を恫喝し、その鉄砲を差し出してマチナガ公と張り合い、そしてエミール殿は刀を向けられても動じなかったこと、そのエミール殿にマチナガ公が折れ、条件付きながら撤兵を承諾したこと。あの陣幕の内側で起こったことをすべて申し上げる。
「うーん、そうであったか……それにしてもエミール殿、よくあのマチナガ公に認められたものじゃな。マチナガ公といえば過去の戦で、使いに参った者を家臣の前で斬ったという逸話があるほどのお方ぞ。ましてやこれほどの大軍を繰り出した大戦、いくら交易という話があるとはいえ、その程度で乗ってくるとは思えぬ。やはりマチナガ公は、エミール殿という人物に一目置いたのであろう。。」
父上も家臣達も皆、エミール殿の振る舞いに驚嘆している。実際、目の当たりにした妾でさえそう思う。
あの後にエミール殿は弱気なことを申しておったが、本当に臆病な者ならば刀を向けられた時に卒倒していたことであろう。あの場で堂々とマチナガ公と張り合えたことに、やはりエミール殿という人物の豪傑さを感じる。
「それにしてもアツよ。」
「はい、父上。」
「そなた、エミール殿のことを話す時、なにやら嬉しそうじゃったの。」
「は?そうですか?」
「あのマチナガ公とやりあったほどの人物じゃ。そなた、エミール殿に惚れたのではあるまいか!?」
「ととととんでもございません父上!妾はこの城の人柱となる覚悟で戦に臨んでおりまする!そのような浮ついた感情など、微塵もございません!」
「そう強がらんでもよい。ところでのう、アツよ。もしこのまま手筈通りマチナガ軍が引き、再びこの国に平穏が訪れたとして、その後わしは隠居しようと思うとる。」
「は!?隠居……で、ございますか?」
この突然の父上の申し出に、一同ざわついた。
「お、御館様!何を申されるのです!?戦の後にこのナガツの国の立て直しを計らねばならぬというのに、ご隠居なされるとはどういうことでございますか!?」
「そうじゃな……少し、先の話をしようか。さて皆よ、このナガツの国は今、どうなっておる?」
「はい、恐れながら、マチナガ軍の攻撃により、城下町は焼き払われ、城もこの通り本丸廓を残し丸肌でございます。もはや危機的状況かと言わざるを得ませぬ。」
「ではこれを直すには、どうしたらよい?」
「東と西の交易の利を得て、街や城を戻すほかございません。」
「そう、それよ。ナガツの国には、交易くらいしか利益を得るものはないのじゃよ。あとはせいぜい、やせた土地で作った大豆から作る味噌くらいのものかの?」
「はい、仰せの通りにございます。」
「じゃが考えてもみよ。あの通り、空を悠々と飛ぶ船が現れた。あのようなものが交易をすれば、この国は一体、どうなってしまう?」
「……あ!」
「そうじゃよ。ここを通らずとも、交易が成り立ってしまう。つまりじゃ、この先、ナガツの国はもはや交易の利など得ることはできぬのじゃよ。」
「で、では我らは一体、どうすればよろしいのかと……」
「のう、皆よ。交易とは、道があればできるものなのか?」
「いえ、それでは成り立ちませぬ。現に西の都の者は東の品を軽く見る傾向があって、安く買い叩こうといたします。一方で西の者は都のものと称して東に西の品を高く売りつけようとする。それを我らは正しき値に持っていくよう交渉する。それ故に金が巡り、品が行き交うようになっております。我らがいなければ、西と東の金品の流れは成り立ちませぬ。」
「そうじゃろ。それと同じことが、宇宙とやらを相手にしても、起こるのではないか?」
「無論、そうでしょう。おそらくは都の品が見劣りするほどのより珍しいものを扱っているはずです。一方で我らの持つものが売れるかどうか……何とも難儀な交易でございますな。」
「そうじゃろうな。このままでは、宇宙からくる者達にいいように物を売りつけられてしまう。そこでじゃ、我らは交易のための人材を提供するんじゃよ。」
「交易の人材、でございますか?」
「マチナガ公の家臣どもより、ここにいる者達の方がはるかに交易については長けておる。マチナガ公にこの国を譲る代わりに、そなたらや生き残ったこの国の民を活かしてもらう。それがわしの考えるこの先のことじゃよ。」
父上の言うことは、まさにこの先のことを予見しておられる。ここにいても、この城下は元には戻らぬであろう。一方で、マチナガ公では交易を持て余すことになる。ならば両者が手を組み、宇宙との交易に対処せねばなるまい。これが我らに残された生きる道でもある。
「さて、アツよ。そなたに2つのことを頼まねばならぬ。」
「はい、父上。なんなりとお申し付けください。」
「うむ、一つ目じゃが、今の話、マチナガ公に伝えてもらいたい。」
「は?しかし、どのように……」
「エミール殿は明日以降もマチナガ公の陣に向かうのであろう。そこで必ずマチナガ公に近づける機会があるはずじゃ。エミール殿抜きに、今の話をマチナガ公に進言するのじゃ。」
「は、はい。父上。この身に変えましても、成し遂げてご覧にいれます。」
「いや、そなたに死なれては困る。それでは、もう一つの頼みが成せぬ。」
「何でございましょう、もう一つの頼みとは?」
「そなたを、エミール殿に輿入れさせる。」
「は?輿入れ?つまりそれは、エミール殿の妻になれと申されるのですか?」
「わしからエミール殿に頼むとしよう。あれほどの人物を、マチナガ公に取られてなるものか。この先はマチナガ公に従うことになろうが、心までは許したわけではない。あのような大事な人物は、我らアザミ家がいただく。これがわしの最後の意地じゃよ。」
「ち、父上……分かりました。妾はその役目、立派に努めさせていただきます。」
妾は父上に向かい頭を下げる。領主の娘が政略結婚の道具に使われるのは世の習い。だが、相手はあのエミール殿。妾には何ら異論はない。
しばらくすると、エミール殿がやってきた。早速、本丸の広間に通される。
「おお、エミール殿!待っておったぞ!話はアツから聞いた。大儀であったな。」
「いえ、私はただ職務を果たしたのみです。それにマチナガ公はまだ兵を引いたわけではありません。予断を許さない状況ではあります。」
「うむ、そうじゃな。そこでじゃ、わしから一つ提案がある。」
「なんでしょうか?」
「マチナガ公に、この国を譲ろうと思う。」
「は?ちょっとお待ちください。それは一体どういう……」
「すでに城と城下の街は荒れ果てておる。これを修復する力は、わがアザミ家にはない。そこで、家臣と城下の者の安堵を条件にこの国を譲る。それが一番であろうと考えたのじゃ。」
「はあ……しかし、うまくいくのでしょうか?」
「そなたが言ったように、これからは人が必要な時代。そのためにマチナガ公に家臣や民を預けると言うだけのことじゃ。わしの言葉を、明日このアツに伝えてもらうつもりじゃ。」
「ええっ!?ということは、アツ姫様も連れて行くんですか?」
「そうじゃ、これはアザミ家とマチナガ公との間の話。そなたらには無関係のことじゃ。ともかくこれでこの戦が終わるならば、そなたらも安心じゃろう。」
「まあ、我々は戦闘行為の停止が任務。お互いが納得する形ならば、それに協力させていただくのは当然ですが……しかし、御館様はそれでよろしいのですか?」
「わしは隠居する。問題ない。じゃが、アツのことがな……そこで、もう一つ、頼みがある。」
「なんでしょうか?」
「アツをそなたの嫁として、もらい受けていただきたい。」
「は!?あ、アツ姫様を、私の嫁に!?」
「嫌か?」
「めめめめ滅相もございません!ただ、あまりに突然の申し出につい驚いてしまいまして……」
「そなた、妻はおるのか?」
「いえ、未だ独り身です。」
「ならば、アツを正室として迎え入れていただきたい。それならばわしも安心して隠居できるというものじゃ。」
「は、はあ……アツ姫様がよろしければ、私はよろしいのですが……」
「実はな、すでに婚儀の用意は済んででおるのじゃよ。おい、アツ!」
広間の陰にいた妾は、そっと姿を現した。
妾は今、白無垢の着物に角隠しを被り、2人の侍女を率いて広間の中に進んだ。驚いて立ち尽くすエミール殿の前に妾は座り、頭を下げて挨拶をする。
「この度はエミール様に輿入れすることとなりました、アツでございます。不束者ではございますが、末永くよろしくお願い致します。」
「えっ!?あ、いや、こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
エミール殿も座って、私に頭を下げる。そこに侍女が盃をエミール殿に差し出す。もう一人の侍女がその盃に水を注ぐ。本来ならば酒を注ぐところであるが、戦さ場のただ中ゆえ、ここは水盃ということになった。
侍女はエミール殿に、それを飲むよう勧めると、観念したエミール殿はそれを一気に飲み干す。そして、その盃を妾がうけとる。
妾も水盃を飲む。我らの婚儀は、これで滞りなく終えた。
「まだここは戦さ場ゆえ、簡易な婚礼で申し訳ない。アツは、今夜一晩はここにとどまり、明日のマチナガ公への使いを終えてからエミール殿の元へ向かわせることとするつもりじゃ。それで、よろしいかな?」
「は、はい!よろしいです!」
それからエミール殿は少しの間、父上と今後の話をする。妾はその間、横に控えていたのだが、時々エミール殿が妾の方を見ている。
別れ際、妾はエミール殿を見送る。
「そ、それでは姫様、また明日、ここに参ります。」
「エミール様、もはや妾はそなたの妻でございますぞ。『姫様』はないでござろう。」
「はあ……では『アツさん』とお呼びしていいですか?」
「普通は『アツ』だと思うのじゃが……まあ、よろしいでしょう。エミール様の気の済むままに、アツは従います。」
「はい、ではアツさん。明日またここに伺います。」
こうしてエミール殿は帰っていった。妾も明日、エミール殿と共にあの空高く浮かぶ船に向かうことになる。
そして翌朝、再びエミール殿の複座機が舞い降りてくる。
「おはようございます、姫様……じゃなかった、アツさん。」
「エミール様、今日もよろしくお頼みいたします。」
いよいよ、妾はマチナガ公に父上の言葉を伝えることになる。この国の家臣と民の存亡がかかわる大事な役目。これを乗り越えねば、再び戦の危機を招くことになる。
エミール殿の複座機で再びマチナガ公の陣にやってきた。今回は兵に囲まれず、すんなりと陣幕の内に入ることができた。
「ほう、今日も姫を連れての来訪か。それよりも、交易の品はどうした?」
「遅れてもう一機、哨戒機が参ります。私の複座機では小さすぎるため、品が運べません。ご容赦ください。」
「分かった。ならばしばらく待つことにいたそう。」
「その間に、アツ姫様よりマチナガ様にお話があるそうです。」
「話とな?なんじゃ、今さら。」
エミール殿がマチナガ公に話したのち、妾は前に進み出る。
「エミール様には関わりなきことゆえ、妾とマチナガ様とでお話ししたき事がございます。」
「構わぬ。言うてみよ。」
「その前に、エミール様には陣幕の外でお待ちいただきたい。」
「えっ!?私は外ですか!?」
「マチナガ様と我がアザミ家との話でございます。エミール様にはこの場を外していただきますよう、お願いいたします。」
「大丈夫ですか?私がいなくても。」
妾はエミール殿の方を向いて言った。
「それよりも、今宵のことを考えておいて下さいませ。妾はエミール様と同じ寝床に参るのですから。」
「……!し、失礼します!」
エミール殿は陣幕を出た。妾は平伏し、マチナガ公に挨拶をする。
「此度はマチナガ様との謁見が叶い、恐悦至極にございます。妾はアザミ家が当主、ナガマサが娘、アツと申します。」
「ほほう。昨日よりあのエミールとやらの陰に隠れておったものか。敗軍の将の小娘が今さら、わしに何の用じゃ?」
「妾は父の言葉を伝えるべく参りました。この先の時代、マチナガ様のためになる話ゆえ、ぜひお聞きくださいますよう、お願い申し上げます。」
「わしのためとな?おかしなことを申す。一体お主らがわしのなんの役に立つと言うのじゃ?」
「マチナガ様はエミール殿ら宇宙から来た者らと交易をなさるおつもりのご様子。その交易には我らが家臣、およびこの国の民が欠かせませぬ。」
「何故、そのようなこと分かる。我らには交易ごときできぬと申すか?」
妾はマチナガ公に、東西の交易についての話をした。交易とは、単に物を流しているわけでは無いこと、特に値付け交渉の重要さをマチナガ公に説いた。
「……なるほど、そのような苦労があったとは、まるで知る由もなかった。つまり、エミール殿らとの交易で我らが不利益を被らないよう、お主らの知見が要ると申すのじゃな?」
「恐れながら、その通りにございます。ゆえに、我らが国と民、そして家臣の安堵をお願い致したく、参上した次第にございます。さすれば必ずや、家臣も民もマチナガ様のお役に立ちましょう。」
「なるほど、確かに宇宙とやらからもたらされる物品はおそらく我らの想像を超えるほどのものであることは間違いない。なればこそ、値決めの交渉は欠かせぬものとなろう。しかしこのような話、確かにエミール殿の前ではできぬな。お主がエミール殿にこの場を外すよう進言したのは、そう言うことじゃな?」
「御察しの通りにございます。」
「分かった。ではお主らの国と家臣と民のこと、引き受けよう。じゃが、当主のナガマサ殿はどうするおつもりじゃ?」
「本来ならば潔く切腹し、国の当主としての責を果たすべきところながら、地球278の者達はそれを阻止なさるでしょう。このため、隠居するということで身を引くと申しております。」
「ふむ、隠居とな……では、お主自身はどうするのじゃ?わしの側室にでもなるつもりか!?」
「いえ、妾はすでにエミール様に輿入れを致しております。」
「は?エミール殿の、妻になったと申すか!?」
「あのようなお方、この先も野放しにするわけには参りませぬ。妾を人質としてエミール様の元に送り込み、彼らとの関係を盤石なものとする。その父の意思を受け、昨日エミール様を説得し、妾の輿入れが叶いましてございます。」
「なんと、すでにエミール殿にまで手を出しておったか……梟雄のナガマサと言われた男だけのことはあるのぉ。さすがじゃ。」
「お褒め頂き、恐縮にございます。」
「お主らのことは分かった。じゃがわしからひとつ注文がある。」
「なんでございましょう?」
「ナガマサ殿の隠居、まかりならん!」
突然、マチナガ公は父の隠居を否定する。
「では、どうしても切腹されよと申されますか?」
「違う!わしの『軍師』となるのじゃ。」
「は?軍師、でございますか?」
「それほどの先見の持ち主、このまま埋もれさせては勿体ないわ!わしのそばにおき、この先のこと助言をもらう。それが、家臣と民の安堵を保証する条件である!」
なんと、父を軍師にと申された。妾はこの突然の申し出に、ただ一礼するのが精一杯であった。
「よし、これでこの件は終いじゃ。エミール殿をここへ!」
マチナガ公が家臣に命じて、エミール殿を呼ぶ。
「あの、話は終わったのですか?」
「はい、ただいま終わりました。」
「そうですか、いや、アツさんが無事でよかった。」
妾に声をかけるエミール殿を、マチナガ公が手招きする。
「そういえば昨日、お主はパイロットと申しておったな。」
「はい、そうです。」
「何者じゃ、そのパイロットとは?」
「はい、航空機を操って空を飛ぶことができる者をパイロットと言います。」
「つまりじゃ、お主、わしを連れて空を飛ぶことができるのじゃな?」
「はい、可能ですが……」
「であるなら、今すぐ飛んでもらえぬか!?」
「ええっ!?今からですか?」
「できぬと申すか?」
「い、いえ、分かりました。飛びます。こちらへいらして下さい。」
そのままマチナガ公を後ろに乗せて、エミール殿はしばらく複座機で空を飛び回っていた。
その後、地上に降りたマチナガ公とエミール殿は、遅れてやってきた哨戒機という乗り物で運び込まれた交易の品を見ていた。
電子機器というものをたくさん持ち込んでいた。「テレビモニター」という大きくて黒い板を持ちこみ、様々な絵を映し出す。異国の地の風景、海の中や山の上、そして真っ暗な宇宙という場所を映し出す。マチナガ公も家臣達も、そして妾もそのテレビモニターに見入る。
「ガラス」という透明な素材で作られた大きな壺のようなものも持ち込まれる。我らのいう「びいどろ」と同じものであろうか?それにしてもこれほどの大きさの、しかも複雑な模様が入ったびいどろの壺は見たことがない。都にでも持ち込めば、大変珍重される品であろう。
その他、次々と珍しいものが並ぶ。我が城兵が食べたカップラーメンなるものも持ち込まれた。ここでは非常食ということで紹介されていたが、お湯をかけるだけで食べられるこの食べ物を食べて、マチナガ公も満足げであった。
数々の品を受け取ったマチナガ公は、我らの帰り際にこう言った。
「珍しいものばかりじゃが、実はわしが一番感じ入ったのは、空高くより見たこの国の姿じゃよ。我がムサシノ国にこのナガツの国、そして遠く都を超えた海まで一望できる。我が領地が、そして都を含むヒノモトの国がこれほどまでに狭いとは思わなんだ。直ちに我らはその宇宙という場所に乗り出さねばならぬ。そう思い知らされてしもうたわ。」
マチナガ公が言われた通り、妾も空から眺めるこの国の狭さを実感していた。我らが城はマチナガ公の領地と都とを隔てる2つの山地の間にある谷間に位置する。だが、空から見ればその山の向こうは丸見え。都一高いと言われる七重の塔も、帝が在わす宮殿も一望できてしまう。
あのような珍しい品よりも、この眺めに衝撃を覚えたマチナガ公の気持ち、妾にも分かる。侍たちが命をかけて守り奪い続けているものが、空から見ればこんなに狭い土地であったかと思えば、もはや争いを続ける気など失せよう。
城に戻り、妾は父上にマチナガ公の言葉を伝える。家臣と民たちの安堵の他、父上に「軍師」として使えよというマチナガ公の言葉も伝える。
「恐れながら、上様。これは罠ではありませぬか?自らの懐において手をかける。如何にもマチナガ公のやりそうな手ですぞ。」
「うーん、そうかもしれぬが、おそらくは大丈夫じゃろう。マチナガ公も見た空からの国の姿、わしらもエミール殿に見せてもらったあの地球とかいう大きな球の上の僅かな土地を奪い合っておるという事実。それを知ればこんな小さな国を奪い合い、人を殺めておる場合ではないと悟ったのじゃろう。」
そして父上は、マチナガ公の申し出を受ける決心をする。
そして、妾はいよいよエミール殿のもとへ参る時が来た。
「アツよ、そなたには苦労をかけた。父の最後の願いを聞き入れてくれて、わしも嬉しいぞ。」
「最後とは聞き捨てなりませぬ。妾はこれより先、何度も父上とお会いする所存。それまで父上も皆も、息災で。」
そう言って妾はエミール殿の複座機に向かう。エミール殿は複座機のすぐ下で立って待っていた。
「あ、アツさん。もうよろしいのですか?」
「はい、父上には心の内をすべて申し上げました。」
そして妾は頭を下げて、エミール殿に申し上げる。
「これより先は、エミール様が我が主人でございます。妾は此方に尽くし、我が星とエミール様の星との架け橋となる所存、重ねてお願い申し上げます。」
「ああっ!いいですよ、そんな挨拶は!こちらこそよろしくお願いします!」
こうして、妾はエミール殿のもとへ向かうこととなった。城で討ち死にするはずだった妾の運命は、空高くからやってきた者達に委ねられることとなった。