#1 孤立した城と空に浮かぶ石砦
「ダメです!応答ありません!機影確認できず!航空機隊、ロスト!」
「通信機とレーダーの故障ではないのか!?もう一度確認せよ!」
「いえ、戦艦ソーヴィニヨンとのデータリンクでも確認しました!航空機隊、完全にロストです!」
その言葉を聞いた妾は、目の前が真っ暗になる。我が主人を乗せた小さな航空機は、この果てしなく広い宇宙の闇の中に消えてしまわれた。
駆逐艦の脇を、ビームと呼ばれる大河のような広さの青白く光る閃光がかすめる。初めて見る宇宙でのこの戦さ場で自らの命の行方も知れぬまま、妾は別れの言葉も交わすことなく、愛しき夫を失ってしまったのか!?
*****
8日ほど前、妾は落城寸前の城にいた。
我が城は孤立していた。周囲には10万を超える敵兵がぐるりとこのタカサカ城を囲んでいる。
敵方のマチナガ軍は、このナガツの国を手に入れるべく、このアザミ家の居城、タカサカ城に攻め入ってきた。
三重の堀に囲まれ、難攻不落と言われたこのタカサカ城を落とすため、大大名であるマチナガ公は10万もの大軍で囲み、我らを兵糧攻めにすると思われた。が、彼らは大筒と呼ばれる大きな鉄砲と、山堀衆と呼ばれる集団をたくさん連れてやってきた。
まず、大筒で我が城兵を堀のそばより遠ざけ、その隙に山堀衆が近くの丘から切り崩した土砂を運び込み、堀を埋める。さらに、堀の奥の城壁を山堀衆らが崩す。
堀の攻防戦では、多くの重鎮達が戦った。だが、一歩堀の外を出れば多勢に無勢、大筒と鉄砲、そして槍隊の突撃を受け、多くの重鎮と兵を失った。
こうして堀に守られていたタカサカ城は丸裸にされ、ついに天守閣と本丸を残すのみとなった。もはや風前の灯、一方の我らが軍には、戦えるものは1千にも満たない。
その夜、軍議が開かれる。家臣の意見は徹底抗戦か降伏かで別れたが、城主である父上は言った。
「マチナガ軍にはこれまで何人も使いの者を送ったが、未だ1人も帰らぬ。つまりマチナガ公は、我らと話し合うつもりなどない。この城内の者を生かす気などないということであろう。もはや、和平も降伏もない。取るべき道は、ただアザミ家の名誉のため、戦って散るのみ。」
この一言で我らの進む道は徹底抗戦と決まり、軍議は終わる。外で聞いていた妾は、父上のもとに駆け寄る。
我が名はアツ。アザミ家の姫であり、先ごろ二十歳になったばかりである。
「おお、アツか。」
父上は立ち上がり、妾の方を向いた。
「いよいよ、明日じゃろう。ついに最後の時が、きてしもうたようじゃ。」
「父上……」
「そなたには、もう少し早く輿入れをしてやればよかったな。さすれば、城で討ち死にの憂き目に会わず済んだものを。」
「いいえ、父上。その時は人質である妾は殺されていただけにございます。ならば、父上と共に討ち死にする道が、一番幸せでしょう。」
「はっはっは、どのみち死を逃れられぬと申すか。だが、もう少しこの父に先読みの眼があれば、この乱世を上手く立ち回れたかもしれなんだが……」
「これも定めと心得ております。次の世でも、再び父上の娘として産まれるよう、地神様には願をかけております。」
「じゃが、わしは多分地獄の一丁目行きじゃ。来世のあるそなたとは同じ道は行けぬ。」
「ならば妾も地獄までお供するだけのこと。それならば、寂しくはありませぬ。」
妾は父上と最後となるであろう会話をする。母上をすでに病で亡くし、この戦で兄上達もすでにこの世におらず。アザミ家は妾と父上だけになった。
別れ際、妾は父上より、脇差を受け取る。
「いよいよ最後の時に用いよ。」
沢鷹の葉を井桁で囲む我がアザミ家の家紋が施されたその脇差を渡され、妾は握りしめる。この世に生を受けてわずか20年。いよいよ最後の時が迫っていることを知らされる。
寝床についても、外は敵兵があげる鬨の声で眠れぬ。敵がこの城に押し寄せれば、妾は捕らえられて、おそらくは辱めを受けることとなる。敵の手にかかる前に、脇差で胸をひと突き。妾は覚悟を決めた。
翌朝。妾は本丸より出る。なにやら城内が騒がしい。敵が攻めてきたのであろうか?
いや、敵はまだ動いていない。どういうわけか、城兵らは空を見上げている。
どうしたというのか、妾も空を見た。すると、信じ難いものが妾の目に飛び込む。
それは大きな灰色の大きなもので、まるで雲のように空に浮かんでおり、ゴゴゴという地響きのような低い音を立ててゆっくりと動いていた。
まるで石切り場から切り出したばかりの石のように、四角くて滑らかな継ぎ目のないそれは、まるで砦を横倒ししたような形をしている。全体は灰色一色で、先はなぜか丸くくり抜かれて大きな穴が開いている。
その空飛ぶ石の砦は一つではない。全部で十基、まるで騎馬兵のように横一線に並び、ゆっくりと前進している。
鬼神の仕業か、あのような重いものがなぜ空に浮くことができるのか?いや、それよりもなぜこの落城寸前のこのタカサカ城の真上に現れたのか?
横一線だった空の石砦は、このタカサカ城を取り囲むように円を描くように並びはじめた。同じく空を仰ぐ父上に、妾は寄り添う。
「ち、父上。あれは一体、何者ですか!?」
「いや、わしにも分からぬ。もしやマチナガ軍の新たな武器か!?」
敵の武器であることは考えられる。だが、これがマチナガ軍の武器ならば、なぜ今頃持ち込むのであろうか?これほどの武器、戦の初めから持ち込めばずっと有利であったはずだ。本当にマチナガ軍の武器なのか?
それにマチナガ軍の様子もおかしい。大軍の前で盛んに馬を走らせている。彼らにとっても、予期せぬものが現れた様子だった。ゆえに、あれはマチナガ軍のものではないと推察された。
そういえば、この辺りには古い言い伝えがある。ここは元々、海まで山々が連なる場所であったが、そこに巨神が現れて大きな槌で山々を叩きならし、この平野を作ったと言われている。
そう言われれば、あれは槌のようにも見える。言い伝えにある神器が現れたとも思えるが、それを使う巨神がいない。しかもここはすでに平らな土地、あれが今現れた理由が、皆目分からない。
空の石砦は、円陣を組んで空にとどまる。これから一体何が起こるのか、突然現れたこの得体の知れない大きな砦の次の手を、我らはただひたすら待つしかなかった。
突然、空の石砦から、大きな声が響く。
『この地上に展開する大軍の兵士、および城兵に告ぐ。こちらは、地球278、第2遠征艦隊、第2小艦隊所属の駆逐艦0710号艦である。両軍とも直ちに停戦し、武器を収め軍を引くよう勧告する。これより双方が前進し、戦闘を継続する意思をみとめたなら、我々は連合軍規 第53条に基づき、停戦行動を実施する。』
言葉のいくつかは、何を言っているのかわからない。アース278?くちくかん?連合軍規?神々にしては、随分と分かりにくく、回りくどいことを申す。
しばらくすると、マチナガ軍に動きがあった。突然、あの大筒を撃ち始めたのだ。
大筒の弾は、我が城の最後の城壁のそばに落ちる。だが、兵は動く様子はない。おそらくだが、大筒を撃ってあの空の石砦の出方を探っているのではなかろうか?
それに応えるように、直ぐに10の石砦が動く。先のくり抜かれた大きな穴のあたりから青白い光を発したかと思えば、突然凄まじい音を鳴り響かせた。
まるで雷のような、とてつもなく大きな音が鳴り響く。地を揺らすほどの大きな音、その音と共に風の壁のようなものがこの城にも襲いかかり、土煙が上がる。一瞬、辺りが見えなくなった。
「ち、父上!」
思わず妾は父上を呼ぶ。もうもうとする土煙の中から、腕が伸びて妾の腕を掴んだ。それは、父上の腕であった。
「アツ!大丈夫か!?」
妾の名を呼ぶ父上。妾は父上の腕につかまる。
まだ風はおさまらない。これは神の怒りか、それとも天佑か?このあがらいようのない力を前に、我らはただ翻弄されるばかりであった。
どこから来たのか、なぜこの城を囲んでいるのか、何のためにあの稲妻を撃ってきたのか。皆目見当がつかない。
だが、あの稲妻はマチナガ軍に向けられて放たれた。もしや、あれは稲妻ではなく、大筒ではないのか?ならば、真下にいる我々は風を食らったが、あちら側には弾が撃ち込まれているはずだ。
だが、土煙が晴れてマチナガ軍を見たが、特に変わりはない。あれだけの大筒を撃ったわりには、全く無傷だ。あれは大筒ではなかったのか?
ますますこの石砦のすることが分からない。我らを取り囲むが、我らに攻め込むでもなく、さりとてマチナガ軍に攻めるでもない。ただ空に浮かび我らをぐるりと取り囲んで、マチナガ軍をけん制しているだけに見える。そのようなことをして、一体何をするつもりなのだろうか?
そうこうしているうちに、石砦の一つに動きがあった。その石砦からは、黒い木の葉のような何かが落ちてきた。木の葉といっても、兵が20人は覆われるほどの大きさがある。その黒く大きな木の葉のようなものはひらりと舞い降りたかと思うと、ゴォーッというけたたましい音を鳴り響かせ、凄まじい速さで舞い上がった。
まるで矢のように飛び出したその木の葉は、マチナガ軍の上でくるりと曲がった。なんらかの意思を持って飛ぶその木の葉、空高く舞い上がったかと思えば、地面すれすれまで下がり、マチナガ軍の頭上をかすめるように飛ぶ。これを何度か繰り返していた。
我々の真上を低く通り過ぎる。耳が割れんばかりの大きな音を立てて通り過ぎる。黒くて得体の知れぬものゆえ、妾は恐怖に襲われる。だがその黒い木の葉のようなこの物はただ音と姿で脅すだけで、特にそれ以上の何かをするわけでもない。
マチナガ軍を叩くわけでもなく、さりとて我らにとどめをさしに来るわけでもない。ただただ大きな音と光と風で、我らに力を誇示しているだけのように見える。
相手は神か魔王かは知れぬが、妾はだんだんと腹が立ってきた。この所業の数々、もしや空の上から我らを嘲笑っているのであろうか?
しばらくその黒い木の葉は飛び交う。散々我らの前で舞いを披露した後に、今度はこの本丸の辺りにゆっくりと舞い降りてきた。3本の足を立てて舞い降りるその黒い木の葉。いや、これは木の葉ではない。まるで蛾のようだ。
巨大な真っ黒な蛾は、我らの前に降り立った。それを兵達がぐるりと取り囲む。
妾はその蛾のところへ行こうとしたが、父上が腕を掴んで引き留める。
「そなたは行くな!あれは、鬼神かも知れぬのだぞ!」
「父上、相手が鬼神であれ第六天の魔王であれ、妾は参ります。もとより死は覚悟の上。」
「ならん!わしが行って……」
「父上は最後までお残り下さい。父上はこの城で、最後まで戦っていただかなくてはなりませぬ。あのような小物、妾にお任せあれ。」
そう父上に申し上げて、妾は黒い蛾のもとに向かう。
槍を構えた城兵の合間を抜けて、妾はその黒い蛾を見上げた。
てっぺんに、透明な殻が付いている。その中には白い飾りのない兜を被った者がいる。透明な殻が開き、中にいるその者は兜を脱いだ。
はしごのようなものが蛾の横から飛び出す。中の者は立ち上がり、それを伝って降りてくる。兵は槍を突きつける。
紺色の、殺風景な衣をまとうその者は、地につくや否や、我らに向かって叫ぶ。
「すいませーん、どなたかこちらの代表の方をお呼びしていただけませんか?」
我らは死ぬ覚悟でこの鬼神が如く巨大な黒い蛾に対峙しているというのに、なんと能天気な雰囲気な御人が現れたものか。妾は前に出ようとするが、兵の1人がそれを止める。
「姫様、危のうございます!お控えくだされ!」
「妾ならば大丈夫じゃ。あやつに言いたいこともあるゆえ、任されよ。もし妾に万一のことあらば、皆で一気にあやつを槍で突け。」
「しょ、承知いたしました。」
兵を諭し、妾は前に出た。紺色の衣の者は妾を見て一瞬驚く。妾は紺色衣に向かって言った。
「妾はこのタカサカ城の城主、マサナガが娘、アツである!」
妾はこの紺色の服を着た男に向かって叫ぶが、相手はぽかんとした顔でこちらを傍観している。
「もしや、相手が女子では、不服であると申すか!?」
するとその男は足をそろえて直立し、右手を額の辺りに斜めに当てて応える。
「いえ、とんでもございません。ただ、あまりに美しいお方だったので……」
「お世辞など要らぬ!妾は名を名乗ったのだ、まずはそなたも名乗れ!」
「はい、私は地球278、第2遠征艦隊、駆逐艦0710号艦所属の複座機パイロット、エミールと申します。」
えみーる?妙な名だ。妾はつづけてこのエミールと申すものに聞く。
「何ゆえこの城に参った!我らに自らの力を誇示するためか!?」
「いえ、我々の目的はただこの地上の戦闘を停止することですよ。」
「ならばなぜ、あのような稲妻など鳴らし、黒い蛾のようなものを舞わせて脅すだけなのじゃ!?」
「いや、軍の動きを封じるためですよ。殺傷を伴わず、兵の動きを封じるためにあえて示威行動に出ているんですよ。先の未臨界砲撃も、アクロバット飛行も。」
「じゃが、おそらくあの石砦の先についておる大筒をもってすれば、あの10万の大軍などあっという間に討ち滅ぼすこと叶うのではないのか!?」
「いや、そんなことしたら、人がたくさん死んじゃうじゃないですか!ダメですよ、殺しちゃあ。」
戦さ場とは命のやり取りの場である、なのにその戦場での死を否定するこやつは一体、なんの覚悟があってここにいると言うのだ?
「ならばいっそ、その矛先を我らタカサカ城に向ければいいではないか!もはや1千にも満たぬ我が軍なれば、たくさん死ぬことはない。外のマチナガ軍を葬るよりたやすく、この戦を終わらせることが叶うぞ!」
「いや、だから殺しちゃダメですって!どちらも誰も死なずに戦闘を終わらせようとしてるんですよ、我々は!」
「何を戯言を申すか!どちらかの大将が相手方の首を取るか、兵糧が尽きねば戦は終わらぬであろう!そなたは世の習いを知らぬと申すか!」
「いやいや、和平交渉をするんです、これから。」
「あの大軍を引かせるには、あの大軍の将にはそれなりのものを渡さねばならぬぞ。和平の見返りに、マチナガ公へ一体何を渡すというのじゃ!?妾の身か!?それとも父上の首か!?」
「そんな物騒なものは渡しませんって。我々があなた方と外の軍に渡すものは、この星の未来を変えるものですよ。」
「なんじゃ、その未来を変えるものとは?そなたの物言いは、いまいち飛躍が大きすぎて分からぬ!」
「うーん、なんて言えばいいんですかね……ところで、あなたのところはどういう特産品がありますか?」
「特産!?そうじゃな、ここは大豆が取れる。大豆から作る赤味噌も特産品じゃ。これがなかなか美味くてな……」
「では、それらは全てこの地で食べ尽くすのですか?」
「いや、それを隣国に売って米を買っておる。ここは土地が痩せておるゆえ、米があまり取れなくてな。」
「じゃあ、その大豆や味噌を我々が買い上げて、この複座機を譲ると言ったら、どう思われます?」
「なんじゃと!?この空飛ぶ黒い蛾のようなものを、大豆で買えるというのか?」
「大豆というのはたとえですが、我々は自身の食べ物を作るための土地を借り、また人手を借してもらうことを欲しているのです。その見返りに、この複座機をはじめとする様々な便利なものを交換すると提案しているのですよ。」
「なんじゃ?そのいろいろというのは?」
「上に浮かんでる駆逐艦もそうですが、美味しい食べ物や飲み物、その料理を作る家電機器、遠くにいる人と会話することができる通信機器、それから……」
この男からは、実に妙なことを語りだす。美味いもの、遠くの人と会話するもの、他にも異国の風景を映し出せるものや、馬もなく走る車というものなど、到底信じがたいものを次々と並べ立てる。
「……などなどが手に入るんですよ。ですから、それを取引する代わりに、戦闘を辞めていただこうと思っています。」
「なるほど、じゃが今の話、どうしても合点がいかぬことがある。」
「なんでしょう?」
「我らが出せるのは、せいぜい大豆や人手くらいのもの。マチナガ公の領地にはさらに多くの特産品があるが、それにしてもそなたが乗ってきたその空を自由に舞う黒い蛾であったり、あの空飛ぶ砦と釣り合うものなどない。あまりにそなたらが不利益ではないか?いくら何でもそのような美味い話、あるわけがなかろう。何かまだ、裏があるのではないか?」
「うーん、なかなか洞察力がありますね。おっしゃる通り、取引とは別に大事なことをあなた方に求めるつもりなんですよ。」
「なんじゃ、それは?」
「それはですね、我々と共に、戦ってほしい相手がいるんですよ。」
「は?なんじゃと?どこにいるのじゃ、その相手とやらは?」
「宇宙です。」
「ウチュウ?」
「夜空に星が輝いてますよね、あそこが宇宙です。」
「なんじゃと?空高く光る星の世界に、その相手というのがいるのか?」
「そうです、我々はその宇宙から来たんですよ。」
「ではそなたらは、星の国から来たと申すか!?」
「そうですよ。およそ280光年先にある、地球278という星からやって来たんです。」
彼らは星の国から来たと申した。とても信じがたいことだが、あの砦は空からやってきた。彼の言に、なんら矛盾はない。
「その星の国の世界には、我々と敵対する勢力もいるんです。そこで我々はこちらの星の人達に我らの味方をしてもらおうと、はるばる遠くからやってきたんですよ。」
「そうであったか。しかし、我らには戦いをやめろといっておきながら、一方で共に戦えというのは、いささか虫が良すぎるのではないか?」
「外には10万もの大軍がいますが、もしその10万の軍でもかなわぬ相手が突然現れたら、あの軍の指揮官はどうすると思いますか?」
「それは、周辺諸国と手を結び、その強大な軍とやらに対抗できるだけの兵を集めるであろうな。ともすれば、我らにも同盟を呼びかけるかもしれぬ。」
「我々が申し上げてることは、そういうことですよ。強大な敵が宇宙にいるので、地上で争ってる場合じゃない。同じ星の者同士で殺し合いなんてやってる場合じゃないですよ。それよりも我々と手を取り、宇宙にいる敵と戦う。その上で交易も行い、我々と共に仲良くやりましょうといってるだけです。」
なんとなく、こやつがしようとしていることの合点がいった。こやつの言うことは一応筋が通っている。外のマチナガ軍と我らの両方と手を結び、共通の敵に向かって戦ってもらおうとしている。だからこやつらは我々をただ威嚇するだけで、決して手を出さぬのか。
「で、その前に取り急ぎ外の軍を撤退させて、あなた方をこの窮地から救おうと思っております。この戦いをおさめることが、今の我々の目的なのです。」
「今の話、なんとなく合点がいったが、やはり分からぬ。そなたらが住むという星の国とはどのようなところなのだ?」
「分かりました。もう少し詳しく、皆さんの前で説明致します。その前に……」
「なんじゃ?」
「……兵の矛先を、おさめてはもらえませんか?」
妾は兵を下げて、このエミールと申す者を本丸に通すことにした。
「あ、ちょっと待ってて下さい。」
エミール殿はそういうと、あの複座機という蛾のようなものに戻って、なにやら取り出した。
黒く四角い板を持ち出すエミール殿。一体、何を持ってきたのだろうか?
「なにものじゃ?それは。」
「ええ、いろいろと説明するときに便利な道具ですよ。」
こんな黒い板が、便利な道具なのか?空に浮く「駆逐艦」といい、こやつが乗っていた「複座機」と申すものといい、こやつらのものは奇妙なものが多い。
父上と、家臣たちが驚いた顔でこちらを見ている。父上が私のところに近寄ってくる。
「おい、アツ!こやつは先ほどの怪しげな天狗のようなものに乗っておった者ではないか!?」
父上は、あれを「天狗」と申すか。妾は父上に申し上げる。
「こやつは星の国より参り、われらと同盟を結ぶためにここに降り立ったそうでございます。父上を始め、皆に話があるとのことで妾がお連れしました。」
「……本当に大丈夫なのじゃろうな。先ほどから怪しげな術ばかり使っておるゆえ、心配じゃ。」
「あやつは、外のマチナガ軍を追い返してくれると申しております。どのみち、我らの行く先は冥府への道のみであったはず。今さら、何を恐れましょうか。」
そういうと、父上と家臣一同は本丸の広間に集まり、エミール殿を迎え入れた。
「娘のアツより聞いた。そなたが我らを救うと申しておるそうだが、一体いかようにしてこの10万もの包囲網を解くというのだ?」
「はい、あなた方と外にいる武将に、地上で争っている場合ではないと知らせ、兵を引いていただくのです。」
「争っている場合ではないと申すか。しかし、何があるというのじゃ?」
「それを今からお話いたします。では……あ、そこの白い戸をお借りしますね。」
エミール殿は、白いふすまにあの黒い板を向けた。薄暗いこの広間で、黒い板から放たれた光がそのふすまに絵を映し出す。
そこには、青地に白い筋がたくさん描かれた球が映っていた。
「なんじゃ、これは!?」
「これはプロジェクター付きのタブレット端末です。で、今映しているものは、あなた方の星ですよ。」
「我らの星!?なんじゃそれは?」
「そうですね、こうやってズームすると……」
青い球が迫ってくる。徐々にその球の表面が大きくなっていき、やがて山や川のようなものが見え、さらにその山のふもとに迫り、止まった。
平野のただ中に、堀や城郭のような形が見える。はて、何処かで見たような……
「なんじゃ、これは?」
「このお城を上空から映した姿が映してます。」
それは、まさに我らタカサカ城の姿を上から見た姿だった。本丸と天守閣、それに城壁が見える。
この絵には、まだ一重外の堀が残っている。3日ほど前の姿のようだ。だが、これほどまでに綺麗で正確に、空から我らの城の姿を描くことができるとは、星の国の技とは恐ろしいものだ。
再び、城が小さくなり、山や川が見え、また青い球に戻る。
「あなた方の地面は、こうして遠くから見るとご覧の通り球体をしているんです。これを、我々は『地球』と呼んでおります。」
「この地が丸い球の上にあるとは聞いていたが、このように大きなものであったとは……しかしお主、一体これをどのように描いたというのじゃ!?」
「我々はここよりずっと高い場所、宇宙というところからこれを撮影したのです。では、今度は逆に、さらに離れてみます。」
今度はその青い球が小さくなっていった。赤い球、木目のような模様のついた球、真っ青で大きな球を通り越して、ついには天の川のような光の粒がたくさん現れた。
そのたくさんの粒の中に、桃色の円が薄っすらと描かれている。これは一体、何を表しているのか?
「これは銀河系と呼ばれる星の集団、その端の1万4千光年のこの円形上に、先ほどお見せした『地球』と呼ばれる星が、800以上あるのです。」
「800!?あのように大きな大地の球が、この星空の中に、800もあると申すか!?」
「はい、我々の星はその800のうちの278番目、地球278と呼ばれる星からやってきたんです。そしてあなた方や、今あなた方を取り囲んでいる10万の兵、いや、さらにその外の海を越えた国々全てを含めて、たった一つの地球の上にいるんです。この戦闘は、地球のごくわずかな場所を巡って争うだけのものに過ぎないんです。」
我らが国は、この辺りでも大きな国だが、エミール殿のいう地球と呼ばれる大きな大地の青い球の中では、ここはほんの一部に過ぎないというのだ。確かに、先ほど見せられた絵からも我々のいるこの場所の小ささがよく分かる。
「ところがですね、この広い宇宙という場所は、この地球の上のすべての国が一丸になって戦わないといけない相手というのがいるんです。」
「なんじゃ、その強大な敵とは!?」
「800余りの地球は、450対350という、ほぼ半々の勢力に分かれているんですよ。450の方が我々の属する宇宙統一連合、そしてもう一方の350の地球は銀河解放連盟と呼ばれているんです。この連合、連盟は170年もの間、お互いの勢力を拡大するべく争っており、広大な宇宙空間で戦闘を行っております。そこで連合も連盟も自身の勢力を広げるために、こうしてまだ我々と手を結んでいない星を見つけ、同盟を持ち掛けているんです。」
「で、我らが星とやらに参ったのであるか。」
「そうです。まずは、宇宙には強大な敵がいる、ということはお分かりいただけましたでしょうか?」
「うむ。だが、それが我らの戦をやめさせることと、どう繋がるというじゃ?この星の外に強大な敵がいると分かったところで、10万もの兵を率いるマチナガ公が、我らのようにもはや1千にも満たぬ軍を助けるとは到底思えぬ。」
「いやあそれがですね、そうもいかなくなります。その外の勢力に対抗するためには、今この上空に待機している10隻の駆逐艦、一体あれが何隻必要だと思われます?」
「ううん、そうじゃな。大がかりな水軍は100隻あるというから、100か200といったところじゃろうか。」
「いえいえ、100や200では足りません。1万隻が必要です。」
「い、1万隻!?あの巨大な砦がか!?」
「その1万隻の駆逐艦を維持するために、30隻のさらに大きな戦艦、それに多数の民間船舶が要ります。駆逐艦には最低100人の乗員が必要ですから、1万隻で100万人もの人員が必要となります。それを支えるためには……」
「ちょっと待たれよ!100万の兵など、マチナガ公でも無理じゃぞ!」
「防衛だけで1万隻ですから、外宇宙に出るための遠征艦隊を作るとさらに1万隻。一個艦隊当たり、駆逐艦乗員が100万、戦艦に60万、輸送船団にさらにその倍の人員が必要となります。総勢300万人もの軍民を、最低2つは保持しなくてはならないのです。」
エミール殿の話は途方もない。我々が相手にしているのは、たったの10万の兵。エミール殿はその数十倍の兵と、それと同数の小荷駄隊をそろえよと申しておる。
もはや、戦の常識が違い過ぎる。本当にそれほどまでにたくさんの兵が必要となるのか?
「ただ数を集めればいいというわけではありません。駆逐艦には、それを指揮する艦長が必要。それらを束ねる艦隊にも司令官という指揮官が必要です。大軍を率いる将を育てることの大変さは、あなた方とてご存知でしょう。」
「それは分かる。しかも100万以上の兵だ。たくさんの将が必要であろう。」
「そうですよ。そんな指揮官に相応しい人々をこんな地上のわずかな場所の取り合いで、むざむざと死なせてしまおうとしているんですよ、こちらの方々は。それをやめさせて、直ちに宇宙のこの情勢に備えてもらおうとするのが、我々がやろうとしていることなのです。」
確かに、聞けば途方もない話で、にわかには理解しがたい者ではある。が、このプロジェクターと呼ばれるもので見せられた駆逐艦や戦艦、それらが撃ち合う戦の様子を見せられると、ますますこのようなところで争いごとをしている場合ではないことがよく分かる。
「しかし、我らはお主の話を聞いて事の重大さが分かるのじゃが、一体どうやって外のマチナガ公のところへそれを知らせるというのじゃ?」
「私とは別に、我々の仲間があちらにも出向いておりまして、同じ説明をすることになっております。すでに私とは別の航空機がそちらに向かっているはずです。」
「そういえば、我らが見ているときはお主のその複座機というあの天狗のようなやつが出てきただけであったぞ?他におったのか?」
「いやあ、元々私の機体はここに降りるだけが任務だったんですが、下の10万の軍勢の一部が前進しようと動いていたので、私はあの複座機を低空で飛ばして脅して追い払おうとしたんですよ。それで、ここに来る前に私はアクロバット飛行をしてたんですよ。そのあとに哨戒機が2機ほど、まっすぐあちらの陣営に向かっているはずですよ。」
エミール殿のあのここに来る前のあの舞いには、意味があったのか。外の兵がこちらに向かっていたとは……我らはエミール殿に救われたというのか。
その後、エミール殿は様々な話をしてくれた。あの空に浮かぶ砦、いや駆逐艦には、このタブレットと申すからくりや料理を作ってくれる仕掛け、衣を洗ってたたんでくれる仕掛まであるという。その話に、父上や妾、それに家臣達は胸を躍らせた。
もはや日が沈むまでに死出の旅路に出るものと思われた我が20年の短き命は、思いもよらぬ者らの登場で生き長らえることになった。
が、まだ10万の軍勢の包囲が解けたわけではない。以前として、我らは包囲されたままだ。本当に我らはこれより先、救われるのであろうか。