9-12
上弦の月が西の空にかかる頃合いに、バサリと軽い羽音と共にヨウムがジャックの元に戻ってきた。肩に降り立ち、首を前後に振った。
「モウ ミンナ ネタ」
「今だ、行こうじゃないか!」「りょーかい」
ジャックはアリシアと頷き合い、砦の入り口に向かった。
先ほど様子を見た時には役割を果たしていた2人の見張りはそれぞれ横になったり、外壁にもたれたりして寝こけている。
その様子にジャックは呆れた。
(いくらなんでも不用心すぎるだろ……)
「ヨウム、あんた魔術で寝かせたね?」
「メンドクセー カラナ」
なるほど、魔術で眠らせたとするならこの状況も理解できる。
見張りの兵士達を踏みつけない様に越え、砦の内部に入る。
内部はヨウムが灯を消してくれたのか、真暗だった。
あまりに静かで誰もいないのではないかと思うくらいだ。
「兄さん達の話を盗み聞きした感じだと、恐らく友人は2階の奥に軟禁されてるはずだよ」
「2階……、階段はどこにあるんだ?」
「そんな上等な物はないよ。梯子を使うんだ」
アリシアが指さす方向を見ると、ボロい縄梯子が暗闇の中見えた。
「ハハ……上から狙われたらひとたまりもないな」
「ヨウムを信じようか」
彼女は不安など何もないかのようにするすると梯子を上った。
ジャックはヨウムを疑う様子もない彼女に一度肩を竦め、続いて梯子を上る。
「見張りの者達はグッスリおねんねしてるね。ユックリ上がって来ていいよ」
先に上りきっていたアリシアが様子を確認し、奥に進んで行く。ジャックも彼女の後を追い、2階の通路を進む。
通路には様々な恰好で兵士達が転がっている。ヨウムが念入りに催眠をかけてくれていたようだ。
「あんた。いい仕事するね」
「モット ホメロ!」
ジャックの肩に乗っかるヨウムはアリシアに頭をつつかれ、胸を張った。
2人で前後に並び、突き当りの部屋まで進む。ジャックはドアの傍で倒れる兵士の腰から鍵の束を奪った。
「このどれかがこのドアの鍵かな」
「貸してくれ」
鍵束をアリシアに手渡すと、彼女は一つづつ鍵穴に突っ込み、確かめていく。
――カチリ
小気味良い音が鳴り、鍵がヒットした。
アリシアは用心深く、ドア横の壁に身体を張り付け、腕を伸ばしてドアを開いた。
「ヒ……ッ」
暗い部屋の奥から女性のか細い悲鳴が聞こえた。
「コーネリア。アリシアだよ。あんたを助けに来た」
「アリシア!?」
「しっ……、静かに。あんた酷い事されてないだろうね?」
「わたくしは大丈夫よ。あなたの他にもう一人誰かいるのね」
暗闇の中、軟禁されている女性の目がジャックの方を向いた。
「あんたに会わせたい人を連れて来たんだ」
「ジャックだ。よろしく」
「コーネリア・イングラムです。わたくしなんかの為にすいません……」
頼りない月明かりに照らされているのは線の細い美女だった。太陽を思わすアリシアとは好対照と言える外見だ。
「自己紹介は後回しだ。今は早くここを抜け出だそうじゃないか」
「え、ええ……」
コーネリアが立ち上がりかけたその時、ジャリっと砂を踏み潰すような音が通路の方で聞こえた。
「誰か侵入してるのか……っ!? 何でコイツラ寝こけてるんだ!」
男の苛立ったような声が響き、ジャックは思わず舌打ちしそうになった。
心配そうな女性2人にそこにいるようにジェスチャーで伝え、ドア横の壁に身をひそめ、兵士を待ち伏せる。
「コーネリア王女! ……っグア!」
男が踏み入って来たところを見計らい、ジャックは男の鳩尾に肘を打ち込む。
「いってぇ!」
しかしこの時代の兵士は鎧を着こんでいたため、ジャックは自分の肘を痛めただけだった。
「貴様!」
腰の剣に手をかける男の頭は幸いにも防具に包まれていない。抜刀よりも早く、ジャックは拳で男のこめかみを強打する。
力なく崩れる男は今脳を揺さぶられ、脳震盪を起こしている状態だろう。
意味をなさないうめき声を上げ続ける。
「急ごう! 他に誰か来るかもしれない」
「ああ! コーネリア、行くよ!」
「ええ!」
3人で元来た道を辿り、外まで逃れる。
あらかじめ用意しておいた馬のところまで辿り着くと、不意に地面が揺れた。
「地震か?」
ジャックは生まれてからこのかた地震を数える程しか経験してない。
今起こっている地震は今まで経験したどれと比べても数段大きい様に感じられた。
「わたくしがアストロブレームに連れて来られてから、こうして地が揺れる事は頻繁にあるのです。どうしたのでしょうね」
コーネリアは不安そうに自分の身体を抱きしめた。
「世が不安定な時に天災が起こるなんて、気の毒だな」
「これは天災なんかじゃない。あいつが……」
「あいつ?」
「いや、何でもさないさ。こっちの事情だ」
アリシアは怖い様な顔で王都中心部の方向を見つめるのだった。
すいません。名前変更しました
ローズ→コーネリア