9-10
馬は興奮状態で、ジャックは宥めながら走るのに苦労した。
赤土の小路は狭く、何度も通行人とぶつかりそうになる。
簡素なチュニックに身を包んだ人々は、よほどジャックの服装が珍しいのか、わざわざ立ち止まってジャックを見上げてくる。
(あー、俺のカッコそんなに目立つのか? 行先がバレないようにしないと……)
人の少ない道を選びながら、30分程度走っただろうか? 小高い丘の上まで登り、ジャックは馬を降りた。
「バカ カネモチ タカイトコ スキ」
「どうせ俺は馬鹿で金持ちの坊ちゃんだよ」
裸馬に乗るという無茶をしたため、落馬しかけたり、足ががつりそうになったりで疲労感が半端じゃない。
ヨウムの軽口に言い返すのも億劫だ。
ドサリと草むらに倒れ込み、大の字になる。
「は~、死ぬかと思った……」
状況が謎だらけではあるものの、取りあえず今はこの解放感に浸りたい。
「ハラヘッタ」
「まぁな……」
考えてみると昨日の昼から何も食べてない。
どうしたもんかと、丘から見える範囲で食料を調達できそうな場所を探す。
ポツポツと民家や畑があるが、ここまで来る途中にすれ違った人々の反応を思い返すと、ジャックはここの住人と交流を持つには少々悪目立ちするようだった。
(軍服の上着を脱いだら目立たないか? でもなぁ……)
「ツカエネー」
ヨウムは悩むジャックを置いて飛び立った。
ジャックは無気力に見送った後、強烈な眠気におそわれ、意識を手放した。
◇
「さっさと起きな!」
「グエッ!」
誰かに腹を思い切り踏まれる感覚でジャックは目を覚ました。
「よくこんな所で寝られるねぇ……」
聞き覚えがある声に慌てて身を起こす。
夕日をバックにして立っていたのは先ほどの変な女だった。
「何でここが分かったんだ」
「馬鹿だね。魔術師に触られたら呪術を疑うって誰かに習わなかったかい?」
ついさっき女に掴まれた部分を確認すると、小さな星型の痣がついていた。
術者に居場所を教える術だろうか?
「ほら、これ」
女は手持ちの袋からアレコレと取り出し、ジャックに投げて寄こす。
全粒粉のパンや、干した肉、リンゴ、皮袋に入った飲み物等だった。
空腹なジャックには有難いが、何故女が自分に関わろうとするのか分からず、素直に礼の言葉が出て来ない。
「さっき、何で俺を助けた?」
「ああ、あれね。アンタをとある人物に紹介したくなってさ」
「それだけで、兄と戦ったのか?」
「戦う理由は人それぞれさ。まぁそれ食いなって。腹減ってんだろ?」
女はジャックの隣にドカリと腰を下ろし、袋の中から自分の分を取り出し、豪快に食べ始めた。
(変なモンは入ってなさそうか?)
旨そうに咀嚼する様子を見てると、疑うのも馬鹿らしくなり、ジャックもパンに齧りつく。
(……マズイ)
堅い全粒粉のパンは焼かれてからかなり時間が経っているらしく、正直食えたもんじゃなかった。
「ここって、どこなんだ……?」
「はぁ? 何言って……、あ~そっか、あんた兄さんに召喚されて来たから分からないのか。ここはアストロブレーム。つい最近王都になったばかりの、私達の領地さ」
「ア、アストロブレーム……?」
ジャックは住み慣れた都市の名を出され、酷く動揺する。
(王都になったばかりという事は、ここは過去の世界という事なのか?)
隣にいる女や道ですれ違った人々は、服装や暮らしぶりなどは資料でしか見た事がない古めかしい物だ。
ジャックを召喚したハロルド・アースラメントは歴史上の人物でもある。
(これは……間違いないかもしれない)
「俺は、未来から来たこの国の軍人だ」
言葉にしてみると、あまりにもキチガイっぽい。ジャックは女の反応が怖くて目を反らした。
「へ~、そんなとこから呼び寄せる事も出来るんだね。あ! 自己紹介がまだか。あたしはアリシア・アースラメント。頭文字でAAって呼ばれる事もあるけど、アリシアでいいよ」
不気味がる事もなく理解してくれたアリシアに、内心ホッとする。
ファミリーネームがアースラメントという事は、まぎれもなく現王族の祖先という事だ。
ハロルドとは違い、その容姿から友人の少女と似た部分を探すのは難しい。アンバーの瞳が同じ色合いというくらいだ。
「あんたの名前は?」
「俺の名前はジャック・フォーサイズだ」
「へぇ……南部の有力者と同じファミリーネームだね。偶然かな」
「さぁ? 俺の父方の祖先はこの時代は騎士階級だったらしいけど」
「なるほどね……」
「オイ、ソレヨコセヤ」
戻ってきたヨウムがジャックの肩に停まり、頬をつついてくる。
パンを千切り、差し出すと、指ごとかじられた。