9-9
「攻撃だったら向うをやれよ!」
「メイレイ スンナ!」
――パリン!
後方で割れる音が聞こえる。ヨウムが張った障壁が破れてしまったようだ。
遮るものがなくなり、兵士達は再びジャックを追いかけてくる。
「向こうには魔術師が混じってる。でも大丈夫、あたしに付いてきたら安心さ!」
窓際で止まった女は、ジャックに爽やかに笑いかける。
ジャックは女を睨むが、女はそんなジャックを楽しそうに笑い、思い切り窓の下に突き飛ばした。
「……っ! 何するんだ!」
一応受け身をとったが、地面に打ち付けた箇所が痛い。
ここが一階だったからよかったものの、2階以上だったら死んでいたかもしれない。
「おい、エクスカリバーを離すんじゃないよ!」
「当たり前だ!」
女はヒラリと窓を飛び越え、起き上がったジャックの腕を掴む。
引きづられる様に足を動かすジャックとしてはたまったもんじゃない。
「いい加減に……!」
――ドゥン!
ジャックが怒鳴り声を上げたと同時に、前方の馬小屋が燃え上がった。
「!?」
「どういう事だアリシア!!」
(この声は……!)
後方に小柄な魔術師が杖を構え、こちらを睨み付けていた。
シエルによく似た顔は、ジャックを動揺させるには充分すぎる。
「兄さん……」
(兄さん!?)
兄妹だとは誰が信じられるだろうか?
見た目の歳が逆転している。
「貴様……、その男をどこに連れて行く気だ」
「ア、アタシの勝手だ……イイ男だからつまみ食いするだけさ」
ジャックはギョッとしてアリシアと呼ばれた女性の顔を見る。
彼女は先ほどの余裕めいた表情を捨て、挑むような表情でハロルドを見つめている。
「男なら、俺がいくらでも用意してやる。そいつを引き渡せ」
「そいつは聞けないねぇ!」
ハロルドに捕まったらまた牢屋行きか、最悪殺される。
アリシアがどの様な意図があるのかしらないが、ジャックはここで逃げ切らなければならない。
エクスカリバーをハロルドに向かい、構える。
(シエルと同じ顔の奴を切る事になるなんて……)
「貴様が持つ剣……、見覚えがありすぎるな。もしかして貴様は……、ようやく分かったぞ。クク……ハハハハ! 俺の召喚は思いのほかうまくいったようだ。ここで全て終わらせる事が出来るんだからなぁ!」
ハロルドは狂気じみた笑い声を上げる。
腹を抱え、そのうち転がりそうなくらいの勢いだ。
(何がおかしいんだ?)
ジャックとハロルドは初対面のはずだ。笑われる理由に心当たりがなく、不気味だ。
「殺す」
笑いから一転、冷めた瞳に戻ったハロルドは杖をジャックに向けた。
彼を取り巻く空気の密度が上がったように見えた。
ユラリとゆらめくそれは、彼の魔力の強大さを示すようだ。
――ギ……ギシ……ギシ……
ハロルドに意識が向き、ジャックは気づくのが遅れた。
既に囚われていたのだ。
黒い陣が浮かび、正体不明の黒いモヤがジャックの身体を這い上がる。
モヤに覆われた部分が氷に触れたように冷たくなる。
「感謝しろよ? 楽に死ねるんだからな」
ジャックの足は地面に縫い付けられているかのように全く動かす事が出来なくなっていた。
心臓に向かい、何か冷たいものがヒタヒタ忍び寄ってくる感覚がある。
魔術に疎いジャックでも分かる――死に向かいつつあるのだ。
(こんな呆気なく死ぬのかよ……!)
――ドンッ!
絶望に頭が支配されそうになった時、
強い衝撃を背中に受け、ジャックは黒い陣から弾き出された。
「兄さん……」
死の魔術の影響で立ち上がる事が出来ないジャックに、人影が落ちた。
アリシアが庇う様に立ったのだ。
「あたしが相手だ」
状況が読めず、混乱する。
アリシアはジャックを庇い、兄と戦おうというのだ。
「馬に乗って逃げな!」
「イクゾ」
頭にのったヨウムがジャックを治癒し、促してくる。
何が起きているのか分からないが、ここは逃げ、また戻ってきた方がいいかもしれない。
ジャックは自分の情けなさにイラつきながら、燃える馬屋から逃げ出した馬を捕まえ、乗った。
去る前に兄妹を振り返ると、建物を破壊しそうなレベルの派手な魔術を撃ち合っていた。
(あの人達はマジでなんなんだ……)
巻き込んだのか? 巻き込まれたのか?
ジャックは考えるのをやめ、見知らぬ小路をあてもなく馬で走った。