9-8
「俺達が飛ばされてきた移転装置? ってどこにあるか知ってるか?」
ジャックは燭台の上にチョコンと乗っているヨウムを見上げる。
ここに来た時の事を思えば、あの装置に再び乗る事で、また元の博物館に戻れそうな気がする。
「イチバン オク」
「行こう!」
この建物が何に使われる場所なのか分からないが、回廊に人気がないうちに先程の部屋にたどり着きたい。
ヨウムの案内で回廊を全力で走る。
長い回廊の壁にはいくつもの扉が並び、いつ人が出てきてもおかしくはないというスリルがある。
――『……隕石……魔術師の……足りてない』
通り過ぎようとした扉の一つから複数の声が漏れ聞こえた。ハロルドの声が聞こえた気がして、足を止める。
(隕石?)
「イクゾ!」
「ああ」
つい最近、ブレア・ダグラスとの会話で隕石について長々と説明された事を思い出し、部屋からの会話に興味を引かれたが、今はそんな事に気を取られている場合でもない。
回廊の突き当りの部屋の前で、ヨウムはジャックの頭に乗って来た。
恐らくこの部屋に魔導具があるのだろう。
質素な木製の扉をそっと押し、中の様子を伺う。
室内には人影は無く、最奥に武骨な石柱が並んでいるのが見えた。
間違いなくあれが目的の魔道具だ。
石の壁の隙間から陽の光が差し込み、まるで魔導具が神聖なものであるかの様に見えた。
その神々しい光景にわずかに抵抗を感じたものの、グズグズしている暇はない。
ジャックが一歩踏み込むと、右手側から強烈な殺気を感じ、素早く屈み込んだ。
――ビュン……!
刃物が空気を切り裂く音が頭上で鳴った。
直ぐに立ち上がり、扉から距離を取る。
「へ~、今の避けれるんだ? やるじゃん」
扉の横から姿を現したのは若い女だった。
歳はジャックより年上だろうか? 長い金髪にアンバーの瞳、日焼けした肌の美女だ。
「隠れてる奴がいたのかよ」
「残念だったねぇ! てかさ、忍び込みたいならもっと静かに走れば? アハハ!」
女は八重歯を見せて楽し気に笑う。
(脱走がバレた? いや、流石に回り込める程の時間は無かったはずだ、この女性は一体……)
紳士としての教育を受けて育ったジャックとしては、女性に暴力を振る事に抵抗を感じるものの、躊躇していたら不審者として女に殺されるかもしれない。
――ヤルしかない。
「悪いがそこを通らせてもらう」
ジャックは女に向け、エクスカリバーを構える。
「ん? あんたその剣……」
女の顔は驚きの色に染まっている。
「隙だらけだな!」
ジャックは彼女の胴体にエクスカリバーを振る。
威嚇の為の攻撃という意図だったのだが、剣は扉を支える石をザックリと深い切れ込みを入れた。
(……っ!)
女はヒラリと剣を躱した。だが切れ味が良すぎる聖剣にジャックは内心怖気づいた。
軍務で人を撃った事があった。
でも剣で直接人の肉を切るかもしれないという事は、想像以上の抵抗を感じさせた。
(手元が狂って、殺してしまうかもしれない……)
「どけ! 頼むから!」
「う~ん、本物くさいな。どうしようか……」
ジャックの訴えが通じているのかいないのか? 女はエクスカリバーとジャックを交互に見て、悩み始めてしまった。
(くそ! 急ぎたいのに!)
「アイツはどこだ!」 「祭壇の方に行ったかもしれない!」
回廊にガヤガヤとした声が響き渡る。兵士がジャックの脱走に気付いたようだ。
「ハヤク! トッパシロ!」
ヨウムの声に焦りを募らせる。
「邪魔だ!」
ジャックは立ちふさがる女の胸辺りに剣を突き出す。
しかしそれは女が張ったバリアにより阻まれた。
(よりによって魔術師なのか!)
「オイ! あそこにいるぞ!」 「アリシア様と一緒だ!」
回廊の向こう側に兵士達の姿が現れた。
(うわ……まじか!)
重火器がないのか、銃で発砲されるという事はないが、このままではすぐに追いつかれる。
「チ! オレ ジカン カセグ」
ヨウムが面倒そうに嘴に魔法陣を浮かび上がらせた。
その様子にホッとしたのもつかの間、ジャックの手は女に捕まれていた。
「……っ!」
「こっちだ!」
女に手を引かれ、回廊を右手側に走る。
どこに連れて行こうというのか?
後ろを確認すると、ヨウムの魔術により、兵士達が透明な壁に阻まれている。
(今なら魔導具を使い事が出来そうなのに!)
掴まれた手は魔術か何かで強化されているのか、振りほどく事が出来ない。
「カー! ナサケネー!」
苛立ったヨウムがガシガシとジャックの頭を攻撃してくる。