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9-4

 ただ歩くだけで絵になるというのは、田舎出身のシエルにとってはなかなか新鮮だ。


「キラキラした人だね……」


「都会の貴族ってあんな感じの方多いかもしれないですね。私達も続きますか。通報されないうちに」


「通報!? はやく行こう!」


「はいはい」


 エントランスではノースフォール家の子息とメイド姿の女性が話をしていた。


「ジャック様は外出中だ」


「いつ戻るんだ? すぐなら待つ」


「待っていても無駄だ」


 聞こえてくる声はメイドが発しているのだろうか? 女性のもので間違いないのだが、言葉遣いがぶっきら棒にもほどがある。


 メイドは赤毛のボブにアイスブルーの瞳を持ち、無表情であるにも関わらずとても美しい。


(ジャックさんの家って顔面採用なのね……)


 シエルは自分の家の使用人達のまともさに改めて感謝した。


「はぁ……? 客人に向かって何て態度だ。口の利き方を教わらなかったのか?」


「めんどくさいガキだ」


「てめぇ……ふざけてんのか?」


「あ、あの……っ!」


 少年が女性のブラウスの襟元を掴み上げるのを見て、シエルは慌てて声をかけた。

 どちらに非があるにせよ、目の前で暴力事件が起こるのは防ぎたい。


 少年がシエルの方を振り向く。


(わ……っ)


――少年の、世にも珍しいアメジストの瞳に吸い込まれそうだ。


「さっきの……、この家に用が有ったのか」


「はい。私はシエル・ローサーと申します」


 スカートの裾を持ち上げて挨拶すると、少年の眼差しから険が薄らいだように感じられた。


 目元が緩むと、アメジストの色合いが薄くなり、普段から水晶を扱うシエルはうっかり見惚れてしまいそうになる。


「貴女がミッドランド伯爵家の令嬢……。俺はブレア・ダグラス。以後お見知りおきを」


 ブレアはメイドへの態度は何だったのかと思われる程貴公子然とした振る舞いで、シエルの右手の甲に口付けた。


「……ひっ……!」


 同年代の少年にレディとして扱われた事のないシエルは内心大いに慌てた。


(ど……どうしよう! 変な悪ノリじゃないよね!?)


 助けを求めてルパートの方を向くと、口元を抑えてニヤついている。


(もう、ほんと失礼!)


「ミッドランド家の令嬢……? 確かにあのババアに顔が良く似ている」


 メイドのボソリとした呟きが耳に入る。


(え……おばあちゃんの事?)


 赤毛のメイドに視線を移すと、凍えるようなアイスブルーの瞳に射抜かれる。

 

 あからさまな敵意だ。心臓がドクリと大きく音を立てた。


(へぇ……、普通のメイドさんじゃないみたい)



 

 シエルはブレアの手を払い、彼女にニッと笑いかけた。

 


「――おい、女……」


「ブリジット! 下がって。私が対応するから」


 奥から現れたのは、ジャックの母、アイリーンだ。


 シエルは彼女の声にハッと我に返った。


――今、自分が自分じゃないような……。


「……シエル様、今、不穏な事考えませんでした?」


「いやいや、まさか!」


「ですよね~」


 ルパートの探るような視線を背に感じなら、激しく動揺した。


 上手くいかない事が続いているから、知らず知らずの内にストレスを貯め込んでしまっているのだろうか? いつもよりも好戦的な気分になっていた自分が、シエルは不思議に感じられた。


「あら……あなた」


「あ……、お邪魔しています。少しお話したい事が有って来ました」


 シエルは美しいアイリーンにキョトンとした顔で見つめられ、居心地が悪くなる。


 ジャックの兄は失踪している。

 それなのに、これからこの女性に、もう一人の息子に起きた悲劇を伝えなければならないのだ。


「あら、そうなの。ブレアさんはどうなさったの?」


「その前に少しいいか? この家のメイドはどうなってるんだ。使用人の躾も出来ないほど落ちぶれたとはこの家はもう終わりだな」


 

「あの娘は昨日知人の紹介で雇ったばかりなの。少しだけ風変りだけど、根は素朴な娘よ」


(メイドさんから殺意を感じた気もするけど、素朴な人なのね)


 ちょっと釈然としない。アイリーンとの価値観の相違だろうか?


「普通そんな奴雇わないぞ……、まぁいい。ジャック氏はどうした?」


「ジャックは昨日この家に戻って来なかったわ。あの子も一応近衛師団所属の身、急な任務が入ったのかもしれないわね」


「ふぅん……、近場に用事があったから来たんだが、不在ならしょうがない。後でから連絡でもしよう」


「あの……、ジャックさんの事で私もここに来たんです。今お話ししても?」



 ジャックがここに居ない原因を作ったのは自分だ。

 シエルは気まずさに耐えられず、口を挟んだ。


「……そうだったの。ジャックが昨日帰って来なかった事と関係があるのかしら」


「はい。率直にお伝えします。私と一緒にいるときに、ジャックさんは行方不明になりました。生きてるのかどうかすら……」 


「え……?」


 シエルは口に出した後に激しく後悔した。

 こんな伝え方、混乱させるだけだ。


「あー、何かもっとマイルドな言い方ってあると思うんですけどねぇ」


 ルパートのため息交じりの呆れた声が耳に痛い。



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