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「空間……? おばあちゃんが言う空間というのは電磁場や重力場、エネルギーが満たされた物理的な『空間』を意味しているの?」
ただの場所的な意味合いを言っているとは思わなかったが、一応の確認だ。
「そうね。エクスカリバーは真の力を発揮すればどんな物質でも切れる。古代の文献に紹介されていた『空間』を切る力というのは、それに加えて電磁場や重力場等の『場』を何も状態にしていたのではないかと推測できるのではないかしら?」
「何も無い状態……つまり『真の真空』にしていたって事なのかな」
「前後の文章を読んでみて、そう受け取れる記述がいくつか有ったの。わたくしとしてはほぼ確信を持っているわ」
「『真の真空』状態に出来ていたとするなら、もしかすると彼は負のエネルギーを発生させていた可能性があったとか?」
この負のエネルギーの発生において、空間を『真の真空』の状態にするという事が非常に難しい技術なのだ。古代王の力で『真の真空』状態を作り出せていたとするなら、エネルギーを手軽に発生させていたとも考えられた。
「そうね……、でもエクスカリバーで『空間』を切るとか、いくつもの段階を踏まなくても彼は……、いえ彼だけじゃないわ、古代王の血筋の者達は負の性質を持つエネルギーそのものを手軽に取り出せていたんじゃないかと考察する文献もあるわ」
「……そんなモノを扱える人間が存在していたなんて信じられない」
シエルが驚くのは、彼女やアルマ、そして自分達が普段接する魔術師達の魔力となるエネルギーは正の性質を持つからに他ならない。
古代王とは、シエルの想像を超越するような存在だったのだろう。
「そうよね。普通の人間では持ちえない力を持つからエクスカリバーを創出する事が出来たと言えるし、あの混沌とした世を統治する事が出来たと考えられるんじゃないかしら」
―――古代王の時代、この国は今とは比べ物にならない程に荒れていたらしい。
溢れる魔獣、繰り返される戦争、若い働き手が戦地に赴く事で土地の荒廃が進み、力無き者はなすすべもなく野垂れ死ぬしか無かった。
当然文化の発展は遅々として進まず、この時代は他の地に比べ、かなり蛮族的暮らしをしていたと記録されている。
王に統治されなければ今のこの国は存在しなかったかもしれない。
まさに礎を造った人物と言えよう。
「伯爵様、お嬢様、ご朝食はこちらにお持ちいたしますか?」
物思いに沈みかけた思考は、メイドの声で浮上した。
二人に気を遣って四阿まで訪れたメイドは、先程シエルの寝室前で会った女性だった。
たぶんシエルがこちらに向かったのを知っているから来てくれたのだ。
「ええ、お願い。朝食の前にローズヒップティーを持って来て貰っていいかしら?」
「かしこまりました」
メイドは丁寧にお辞儀をし、屋敷へと戻って行く。
シエルは彼女の後姿を見ながら、自分の感覚が日常に戻るのを感じた。
昨日あれだけの事が起きたのに、取り残された自分の生活は何ともないのだ。
(ジャックさん、今頃どんな状態なのかな……)
少し冷静さを取り戻したうえで、改めて心配になった。
そろそろアルマが話そうとしている本題について探りを入れた方がいいだろう。
「ねぇ、おばあちゃん。どうして古代王の話をいきなり持ち出したの? 確かにエクスカリバーの話をするとき、彼の存在は外せないものだけれど、博物館の魔導具には関係ないんじゃ?」
「関係ないならいいんだけど、あの魔導具は古代王の血縁者が製作した物らしいの。つまり、古代王やその子孫達の力を媒介にして起動するように仕組んでいたとしても不思議ではないかもしれない。現にあなたの強力な魔力ですら起動しなかったみたいだし、異なる性質が必要なのは明白よ」
(ん? ……それってつまり?)
何だかアルマの話の方向がかなり予想外の事を示唆しているような気がして、戸惑う。
「えっと、おばあちゃんが言いたいのって、ジャックさんがあの魔導具を起動出来たのは古代王の子孫だからって事? まさかね」
「あなたにそう聞こえるように言っているわよ」
「えええっ!?」
「朝から大きな声を出すのはやめてちょうだい」
アルマに可愛らしく睨み付けられるが、これは大声を出さずにいる方が難しいのではないだろうか?
「そんな事あり得るの? だって私達のご先祖様は古代王の血筋の者達を粛清していったらしいじゃない」
歴史に弱いシエルは記憶の底から必死に知識を引っ張り出す。
「王朝が入れ替わったあの時代、前王朝の子孫達の行く末について色々な説が溢れているけれど、今は直系の血筋の者を取り逃がしたとする説が有力らしいわよ」