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9-1

 ――ピィピィ……チチチ……


 鳥の鳴き声が耳に入り、シエルの意識は覚醒へと向かう。


「う……」


 目を開くと、天蓋付きベッドに吊るされた、緩やかなドレープを描くレースが見えた。

 そのままボンヤリとレースの網目を見続けそうになるが、ふいにジャックの顔が脳裏に浮かび、ガバッと身を起こした。自分の姿を見下ろすと、昨日着ていたドレスのまま寝ていた様だ。


 しかも靴を履いているという感覚もある。


 普通ならあり得ない事だ。


 寝ぼけた頭の中に一気に記憶が蘇ってくる。


「そうだ、ジャックさんが……」


 博物館で泣きながら魔導具周辺や、他の部屋の資料等をあさっていたシエルを迎えに来たのはルパートだった。

 自分だけ帰宅するわけにはいかないと暫く抵抗したのだが、魔術で捕縛され、情けなくも担いで運ばれた。

 おまけに縄で巻かれた状態で自室のベッドに転がされた。

 寝ている間に解かれたようだったが、シエルは悔しくなって、マットを一発殴った。

 

 でも今はそんな些細な勝ち負けに拘ってる場合じゃない。

 どうにかして助け出す方法を探さなければ……。


「おばあちゃんに一回聞いてみないと」


 博物館の鍵や地図を貸してくれたのはアルマだった。

 もしかすると、最深部にある魔導具の事を知っているかもしれない。


 シエルはベッドの上から転がる様に降り、部屋のドアを乱暴に開けた。

 ちょうど通りかかったメイドにギョッとされるが、よくある事なので気にしない。


「おばあちゃんはどこ?」


「お……おはようございます、お嬢様。伯爵様なら庭園の入り口付近でみかけましたわ」



「有難う!」


 アルマは王都のタウンハウスのバラ園を気に入っているようで、毎朝のように眺めに行っている。 今日もぶらぶらとしているのだろう。


 ドタバタと外に出て、一目散に庭園まで走る。

 平常時であれば、自然の景観美を模した庭園は野生の自然が少ない王都においては数少ない癒しなのに、今はユックリ見る気分にはなれない。


 荒々しく庭園に踏み込んだシエルに、顔見知りの庭師が仏頂面で指先を北の方向へ曲げて見せる。 アルマを探しに来たのを察したのだろう。


「薔薇園に居るのは知ってる! でも有難う!」


 帽子のつばに手をかけて目礼する庭師に手を振り、藤に覆われたアーチをくぐる。

 新緑のバラで出来た壁を越えた先に、ワインレッドのふんわりとしたシルエットが見えた。

 薔薇を愛でるアルマの姿は、花々を簡単に脇役にしてしまうくらいに可憐で麗しい。


「おばあちゃん!」


「おはようシエル、いい朝ね」


 朝日に艶めくブルネットの髪をサラリと揺らして振り返ったアルマは、シエルの姿を見て、顔を顰めた。


「あら嫌だ。あなた凄い髪よ。それに昨日と同じ服装だし。身だしなみには気を付けるように言っているでしょう?」



「そんな事はどうでもいい! 教えてほしい事があるの!」


「わたくしは執務室に飾る薔薇を選んでいるのだけど」


「もうっ! そんなの他の人に任せたらいいじゃない。信じられない事が起こったの。ジャックさんが……、ジャックさんが……」


 シエルの目からは大粒の涙が零れる。

 アルマはシエルの様子をジッと見つめ、軽くため息をついてから、ハンカチを差し出した。


「ここで立ち話もなんだから、場所を移動しましょう」


 アルマに手を引かれ、庭園の小路をゆっくりと歩く。

 こんな時でもなければ嬉しくなったかもしれないのに、今は焦りでヤキモキとしてしまう。

 歩いてる間に少しでも状況を説明しようとするのに、嗚咽が止まらなくて何も喋れない。



 二人で庭園の中心部にある四阿に入り、備え付けられた椅子に座る。


「昨夜の事、ルパートから軽く話は聞いていたわ。大変だったわね」


「あの魔導具の事、どうして詳しく教えてくれなかったの!? あんな危険な物があると知っていたら気を付けたのに!」


「私はあなたがルパートと二人で博物館に行くと思っていたから、あの魔導具の事も大丈夫だと思っていたのよ」


 確かに昨日アルマと博物館の話をした際、同じ部屋にはルパートも居た。二人で一緒に行くと思われても不思議ではないかもしれない。


「ジャックさんと二人で行ったの」


「みたいね。……ところでシエル、あなたは聖剣とジャックさんの関係をどの位推測しているのかしら?」


 アルマが何の話をしたいのかイマイチ見当が付かない。でも彼女はこうゆう時、意味なく話を脱線させないのだ。シエルは躊躇いながらも素直に答える。


「ジャックさんは聖剣の与える試練に勝てた。それだけのメンタルの強さと、秘めた力があったからだと思っていたけど……」


「そうね。それは間違いないと思う。わたくしはその秘めたる力……というのがなかなか厄介だと思っているのよ」


「普通じゃないからでしょ?」


 シエルは、博物館の魔導具が自分の魔力じゃ起動しなかった事を思い出していた。


 ジャックはたぶん特別な存在なんだ。


「ええ……、ジャックさんと会ってから、わたくしも昔の文献を読んでみたの。古代王について書かれた本よ。――古代王は魔術師ではなかったけど、不思議な力を持っていたらしいわね。自らの体内のエネルギーを聖剣に宿し、振ると、彼に切り裂けない物はなかったらしいわ。空間ですらも」



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