8-11
ジャックが周囲を確認すると、博物館にあった魔導具の中心にいるようだった。
ただ大きく異なるのは、天井や壁が無機質な白色ではなく、石が積まれた粗野な代物というところだ。パッと見、魔導具ごとどこかに飛ばされて来たという状況に見える。
「貴様、よく見ると随分変わった服装をしているな」
「ここが、どこか分からないが……、あなたは歴史上の人物と同じ名前だ」
ハロルドと名乗る少年は考える様なそぶりを見せた。
少年をよく観察すると、服装のデザインは随分時代が古いように見える。
ただ、身に着けた臙脂色のローブは金糸で細かな刺繍が施されており、彼が相当高貴な身分だという事が知れる。手に携える杖は、パラサイト隕石が先端についている。
「少し調べる価値がありそうだな。おい! こいつを地下の独房に突っ込んでおけ!」
「は! 仰せのままに!」
少年が後方に向かって声を張り上げると、部下らしき男達がと重い金属音を鳴らしながら近づいて来る。
(独房って……嘘だろ? 一体何が起きてるんだ)
ハロルドの部下達が装備している鎧はところどころ黒ずみ、かなり使い込まれた様に見えるし、携えた槍は先端が変色しており、実戦で使われている事が窺い知れる。
彼らはジャックを力づくで立ち上がらせ、縄をかけようとしてくる。
「放せ!」
男達の手を振りほどき、抵抗しようとするが、急に顔の目の前にプラズマの眩い光を近づけられ、怯む。
「!?」
「無駄な抵抗はやめろ……、ただの人間が俺に敵うわけないだろ?」
少年が杖に魔術を宿し、見せつけてきたのだ。
しかしそれはただの脅しではなく、一度引いた後に、胸の辺りを強く殴打した。
「ぐ……ぁ……」
痺れるような強い衝撃が全身をめぐり、ジャックの意識は遠のいていった。
◇
シエルはジャックが吸い込まれて行った空間を震えながら見つめ続けていた。
ジャックが消えてから一体何分たっただろうか?
「な……なんとかしなくちゃ……しっかりしないと……いけないのに……」
全身が冷たく凍るように寒気がするのは、床からの冷気だけの理由ではない。
見てしまったからだ。
ワームホールが開き、一人の人間をいとも容易く吸い込むのを……。
近寄りたくないと、無意識に抵抗する体を叱咤し、シエルは立ち上がり、魔導具へ近寄る。
何故自分はビクともしなかったのに、ジャックだけ吸い込まれたのだろうか?
先ほどの異変等なかったように静まる魔導具を見る。
シエルは混乱が収まらない頭を駆使し、どうにか仮設を立てる。
柱から細い光の様なものが伸びて、バリアが出来ているように見えたが、それがジャックがいた内側とシエルがいた外側を完全に隔てていたのかもしれない。
「こんな魔導具が隠されていたなんて……、何でおばあちゃんは教えてくれなかったの?」
いや……言っていただろうか? 国家機密レベルの物が置いてあると……。これの事を言っていたかもしれない。
滑らかな黒曜石の石板を恐る恐る踏んでみる。
先ほどジャックが乗っていた時は床全体に古代文字が浮かび上がり、青白く発光していたのに、今シエルが乗っても何の反応も示さない。
「踏むだけじゃだめなのね」
そのまま石板の中心部まで歩みを進める。
この魔導具は起動装置はどこにも見当たらず、ただ単に乗った人間の魔力に反応するタイプだと思われるが、シエルの魔力には何の反応も示さなかった。
「ジャックさんには魔力はないと思ったけど、あるって事……?」
魔力があるとしても、シエルとは全く異なる性質を持っているような気がしてならない。
石板の上をグルグルと歩き回っても、ワームホールどころか些細な反応すらも示さない様子に、シエルはガクリと石板の上に崩れ落ちた。
「どうしよう……、この装置だけが頼りなのに、私じゃ動かせないよ。ジャックさん……」
ジャックはワームホールに吸い込まれ、命があるのだろうか?
まずそこが疑問だった。
ワームホールに吸い込まれた物は、粒子化するはずだ。もし外部に出る事が出来たとしても、また人間として再形成されるのだろうか?
ジャックの特徴・性格を残せているのだろうか?
もう二度と以前のジャックと会えないのではないかと思うと、ジワリと視界が曇った。
「私のせいだ……、私が博物館に来ようなんて言ったから……」
膝を抱え、声を上げて泣く。
自分のせいで大切な友人を失ってしまうのではないかという恐怖は、シエルを打ちのめした。




