8-7
ジャックはシエルの隣に並び、その小さな顔を軽く睨んだ。
彼女はそんなジャックの様子に不思議そうに小首を傾げるが、スルーする事にしたようだ。
バッグの中から水晶を取り出し、両手で包み込むと、水晶から眩い光が溢れ出した。
これは確か、シエルと出会った時に見せてくれた魔道具だったと記憶している。
王都の富裕層が暮らすエリアで出回っている電球はまだ黄みが強い。最近になって他国から輸入されてくる白色の照明が高値で売り出され始めているが、シエルの魔導具はその白色の照明の光に近いかもしれない。
エントランスの高い天井に吊るされたシャンデリアまできっちり見えるくらいの光量だ。
「非公開エリアに行きたいって言ってたっけ?」
「はい。お父さんの発明品はそこにあるらしいんですよ。……お父さんは魔術師が一般的に受け入れられる未来を予想して、今まで魔術と関わりの無かった人々に、この国の魔導具の発展の経緯を伝えたいと自分の発明品を寄贈したと思うんです。でも今はまだ一般公開もされずにしまわれてしまっているんですよね。私はそれが……、やっぱり何でもないです。重い話なんて聞きたくないですよね!」
「魔術師もこの国の文化の発展に貢献してきたはずなのな……」
「!! ジャックさんのそういうところ、とても……す……、あわわ! いいと思います!」
シエルは慌てて口を抑えてスタスタと速足で進んでいく。
(酢って東からの輸入品か! 酸味があるものが好きなのか?)
「今度旨いピクルスを買ってやるよ」
ジャックは割と酸っぱめの食べ物を好んでいるので、食べ物の好みが似てそうな事に喜びを感じ、シエルを追いかけた。
「ピクルス? ジャックさんて時々意味不明ですよね」
赤い顔で迷惑そうな顔をするシエルに唖然とする。
(時々意味不明なのはどっちだよ!)
ジャックはシエルの理解不能っぷりに腹が立ってくるが、年長者として苛立ちを表に出すのをグッとこらえた。
「まぁ、それはいいとして、一昨日博物館に来た時も、非公開エリアが目的だったなら、入れなかったよな? 流石に警備の眼があるだろうし」
「そうです。帰った後にその辺を考え直して、閉館中に忍び込む事にしたんです。一般客からいつみられるか分からない中での魔術は使いづらいですからね」
「魔術を使わないと入れないのか?」
「非公開エリアは複数あって、その中でも魔導具を保管している区画は結界の魔術で封じられ、容易に立ち入れないようにされています。確か国家機密レベルの品も保管されているはずですよ」
ジャックはシエルの話を聞いているうちに、自分達がやろうとしている事が随分リスキーな事のように感じられてきた。国家機密って……忍び込んだのがばれたらただじゃすまないだろう。
「なんか、わざわざ捕まるような危険を犯さなくても、君が王位に就いてからゆっくり観に行けばいいんじゃないかと思えてくるんだけど……」
「私が王位に就いたら、こんな風に出歩ける程の暇はないと思うんです!」
今だって本来なら忙しいはずなんじゃ?
と思うが、同時にアルマの顔も思い浮かべ、シエルの負担がだいぶ減るように動いてくれているのかな、と想像する。
シエルと会話をしながら東に伸びる通路を進んで行く。
「次の通路を右ですね」
いつの間にか取り出したのか、シエルは古い地図を頼りにしていた。
一定の間隔で置かれたガラスケースの中に展示されているのは、希少価値の高い文化財だ。
ジャックは幼少の頃から何度も訪れているので見慣れているが、シエルは珍しいのか、何度も足を止めては楽しそうに眺めている。
二人並んでで水晶の光が歪に当たる神話の女神の像や、煌めく黄金の髑髏等を眺めながら展示場を進み、スタッフ通路を進んで行く。
すると左手側に不自然な石板が壁にはめ込まれているのが見えてきた。
「あ! あれですね」
シエルが駆け寄り、石板を確認する。
近づいてみると、石板には五芒星のマークが描かれていた。