8-6
「もう6時半だから閉館してるだろ」
「閉まった博物館でも私にかかれば、簡単に入れますよ!」
「それって下手すると、泥棒と間違われるやつなんじゃ……」
「いやいや、忍び込む等の胡散臭い方法で入るわけじゃないですよ! じゃじゃ~ん」
シエルは小さなバッグの中から小さな飾りが付いた鍵を取り出した。
かなり時代を感じるデザインだ。
「それってもしかして……」
「そう! 博物館のスペアキーです。正面から入りましょう」
「なんでそんな物を持ってるんだ?」
「博物館て今は国が管理してますが、元々は私のおじいちゃんが発起人になり、設立したんです。国の管理下に置かれる時に、おじいちゃんが出来心でスペアキーを手元に残しちゃったみたいなんです。笑えますよね」
シエルはくすりと笑う。
「まぁ、笑えるけど……」
国に内緒で作ったスペアキーで博物館にコッソリ入るのは、違法なんじゃないだろうか? ジャックは目を泳がせた。
以前はともかく、現在はそこそこ真面目に王室師団で働いている身としてはあまり気乗りしない。
でも一昨日博物館に一緒に行こうとしたときに、エレインからの妨害で行けずじまいだったのを思うと、少し断りずらい。
(理由を聞いてみるか……)
「シエルはなんで博物館に行きたいんだ?」
「ええと、私の父は……もう死んじゃったんですけど、発明家だったんです」
「へぇ……、優秀な方だったんだな」
「はい! 私の自慢です!」
シエルの家族構成について、ジャックはあまり考えた事が無かった。
ミッドランド家はシエルと、祖母のアルマの2人だけの様だったが、シエルの父はもう死んでいたのか。
シエルの孤独を思うと、胸が痛む。
そしてシエルの父という事は現ミッドランド伯爵の息子という事になる。
(あの人の息子って、全然想像出来ないな……)
ジャックはアルマの人形の様な容姿を思い浮かべ、誰かの母という像と結びつけるのに苦労した。
「発明した物のいくつかを博物館に寄贈していると聞いたから観に行きたくて……。ほんとは1人で行こうかとも思ったんですが、忘れ物届けに来て、ジャックさんの顔を見たら付いて来てほしいような気もして…」
シエルは珍しく寂し気な顔を見せる。
(この表情には……弱いかもしれない……、ガクリ)
「分かったよ。観たら帰る。いいな?」
「有難うございます! 流石ジャックさんですね!」
『流石』とは一体……。
一昨日エレインからの襲撃を受けた広場を通りすぎ、今度こそ無事に博物館まで辿り着く。異国風の神殿を模した巨大な建物は、暗闇の中でも異様な存在感がある。
看板には閉館時間は午後5時と書いてあるから、かなり前に閉まっていて、入り口付近には誰もいなかった。
「もう7時か、腹減ってきたな」
「家でお菓子をいっぱい食べてきたので、私は余裕です!」
「ずるい……」
シエルのニヤリ顔が憎たらしい。
「博物館でお父さんの寄贈品を観終わったら、何か食べに行きましょう!」
「うーん……」
ちょうど行きたい店があるにはあるので、その申し出は嬉しいものの、現実を考えると厳しいような気もする。
博物館から出るのは20時近くになるだろうか? 十代半ばくらいの少女と飲食店に行ったら職務質問されそうだ。
「観たらすぐ帰るって言っただろ。守れないなら付き合わない」
シエルの白けた眼差しが突き刺さる。
「王都の美味しいお店案内してほしかったのに」
「俺の職業が何なのか一度考えてくれないか……」
数年前荒れていた時期があるにはあるが、ジャックは根は真面目だし、今は職務に忠実な軍人なのだ。営業時間外の博物館に忍び込み、その後人目もはばからず少女とブラつく程の元気もない。
とはいえ、友人として慣れない土地を案内したいという気持ちも一応はある。
「また後日、日中にでも案内するから」
「しょうがないですね! 絶対ですよ!」
シエルは膨れ面のまま、鍵をドアの鍵穴に差し込んだ。
もしこのスペアキーが作られてから鍵が変わっていたら、入らずに済むかも? というジャックの願い虚しく、鍵は小気味良い音を立てて解除された。
ギィっと扉が開き、その向こうは暗闇の空間が広がっている。
「わぁ! ドキドキしますね!」
不法侵入の片棒を担がされるという後ろめたさに、嫌気が差しているジャックとは裏腹に、シエルは楽しそうだ。
「ええと……非公開エリアは確か……」
「君寺院で結構怖がってなかったっけ? 何で今は平気なんだ?」
「ああ、あの日はちょっと精神的に追い詰められてて……、私わりと暗闇は得意ですよ」
そういえばローズウォールのミッドランド伯爵家のカントリーハウスの地下に、たった一人で乗り込んで来ていた事を思い出す。
(うーん……強いな……)
「早くしないと置いて行っちゃいます!」
足取りも軽く進んでいくシエルを慌てて追いかける。
「一人で進んだら危険だ。ちょっと待て!」
「急がないと、8時の巡回で見つかってしまいます! 早く行きましょう!」
「じゅ……巡回……!?」
そんな話は聞いてない。でも普通に考えたら警備員の1人や2人いてもおかしくはないのだ。
(共犯になるんだから、入る前に充分情報をくれても良くないか!?)