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2-1

 ジャックは一人石造りの通路を歩いていた。

 通路内の湿度が高く、服や肌がじっとりと湿るのを感じる。


(ここはどこだ……?)


 ジャックは妖精のような少女シエルの案内で、アルマ・ローサー氏の屋敷に辿りついたはずだった。夕食をご馳走になり、客間のベッドに横になるまでの記憶は残っている。


 体の違和感で目を覚ましたら、こんな場所にいたのだ。

 恐怖でしかない。


足を止めようとするも、自分の意志で止められない。見えない糸で引っ張られているかのように、ジャックの足は動く。


嫌な汗が背中を伝う。


(体が言う事きかねぇ……!)


 通路の凹んだ部分につんのめり、角を曲がるときは肩がぶつかる。

 夢を見ているのかとも思うが、夢のわりに、障害物に当たると痛みを感じる。


 扉がいくつかあったのだが、ジャックの手が勝手に持ち上がり、文字の様な部分に触れると簡単に開いた。


 暫く歩くと、今まであった扉と趣の異なる岩戸があり、手前に精緻な魔法陣がうっすらと描かれている。

 その上にジャックがたどり着くと、魔法陣は薄い紫の光を放ち、目の前の立ちふさがる岩戸が鎖によって上に引き上げられた。


 歩みを進めるとジャックは広間のような所に辿りつく。

 まず目についたのは、中央付近に鎖で固定されている大剣の存在だった。


 そして、目を凝らすと、奥の暗がりに古風な鎧を着た男が立っていた。

 ジャックはぎょっとして、男を凝視する。

 誰かいると予想してなかったのだ。


 人形か何かとも思ったが、男は広間に入ってきたジャックを見ると、金属音をたてて振り返った。

 歳の頃は40代に見える。


(この男は一体……)


「来たか……」


「あなたが俺を呼んだのですか?」


 抵抗することもできず、ここまで連れてこられた原因はこの人物にあるのかもしれない。


「私とお前の魂が共鳴したのだ」


「共鳴?」


「そうだ。私はこの地の結界に拘束されているのだが、結界内に侵入する者の思念を把握する事が出来る。」


「全ての人間の思念をですか?」


「ああ……」


 男の声は低く沈んでおり、今までの苦労が伺えた。


 そうは思うものの、ジャックは結界という言葉に少し引っかかった。

 先程知り合った魔術師2人が結界の事を話していた事を思い出したからだ。


「……共鳴?」


「これだけ共鳴しているという事は、魂の形が近いという事だ。お前は私の後継者という事なのだろう。」


「後継者というのは?」


 この暗く、寂し気な広間の番人を代わりに務めなければならないという事なら、断固拒否である。


 男は中央に陣取る大剣に触れた。


「この剣の次の主になるのだ」


 篝火に照らされ、黄金に色づく鞘が艶やかに煌めいた。

 とても希少なものに違いない。

 ただ、博物館などで見る、ゴテゴテとした華美なだけで実用性に乏しい武器のようでもあった。正直に言って、今の世で役に立つような武器とは思えない。


「それはいただけません。俺はレイピア等の訓練しかまともに受けてませんし。手に余ります」


「謙虚なのだな」


 取り扱いが難しい金属を貰っても、手入れを間違えて後々錆びたりして困るだろうから、ジャックは断る理由を探す。


「そもそも共鳴というのは、あなたと俺に共通点があるという事でしょうが、ほんとうに共鳴しているんですか?」


「無論だ」


「一体どんな点で?」


「それは……」


「それは……?」


「女に不信感を抱いている所だ!」


(なんだって!)


(何を言い出すのだ、このオッサンは……)


 あまりのバカバカしさにジャックは驚愕する。


「今日お前が考えた事を辿ってみようか?」


「ええと、そういうのは結構なんで……」


 ジャックは顔が引きつってくるのを感じた。


「一人で森をさ迷いながら、まず昔の女の事を考えたな?二股をかけられ、お前は選ばれることはなかった」


「……っ!」


 胸に鋭い痛みを感じ、思わず抑える。


(そうだ、俺はあいつにとって、ただのスペアに過ぎなかった。あいつは爵位を相続できる長男との結婚を望んでいたが、行き遅れて体面が汚れる事がないよう、俺をキープしていた……)


「次に考えたのは、森で出会った可憐な少女の事だ。虫も殺さぬような顔に反し、お前の匂いを貶したな」


 ジャックはシエルの事を思い出した。

 フワフワとした金髪にアンバーの瞳、弱々しく見える少女は男の自分でも恐れを感じるほどの魔獣に立ち向かった。

 その後の治癒魔法も含めて、シエルに対する好感度は急上昇したのだが、直後の一言が、本当にダメだった。


 その後貴族の矜持で紳士ぶるのに苦労するくらい萎えた。


”オッサン用の香水の匂い”


あの香水は、ジャックが初任給で買った貴重なものだったのに。


(十代には大人の香りが理解出来ないんだ……!)


 無理やり納得したジャックを見やり、男はウンウンと頷いている。

 まさか今も考えを読まれているのだろうか?


「男は年を重ねるごとに魅力を増すのだ。豊富な人生経験、包容力、社会的地位、経済的な余裕。」


(もしかして、”オッサン”は誉め言葉だった?)


「そして……」


 男のもったいつけた言い回しに、ジャックはだんだん引き込まれる。


(話が合うじゃないか!そうか、これが魂の共鳴なのか!!)


「芳しい体臭!」


「は……?」


「年齢を重ねた男の匂いの魅力を分からぬとは、乙女としては二流と言わざるを得ない!」


「ちょっと待てオッサン!俺は別に体臭が臭いとは言われてない!」


「笑止!己の有るがままを受け入れよ。さすれば道は開かれん!」


「有るがままじゃない誤解をしているから言ってるんだよ!あんたが加齢臭で虐げられたんだろ。俺と都合よく結びつけるな!というかそれは魂が共鳴したんじゃなくて、正しくは共感だろう!」


 ジャックは自分に酔いしれ、舞台俳優かのように大げさに振る舞う男にイライラし、つい敬語を忘れて怒鳴った。


(こいつまともじゃねぇ!)


「そしてアルマ・ローサー」


 男がつぶやいた名前を聞いて、ジャックはギクリとした。

 ジャックはアルマに会いにローズウォールの地まで来たのだった。

 孫がいると聞いていたので60代くらいを想像していたのに、実物はずっと若く……。

 ジャックは正直彼女をみた時に怖くなった。

 存在が不気味という事ではない。

 ただ、ジャックの常識を覆すような出会いだった。

 この夢から覚めて、アルマと再び対面した時に、一体何を知らされるのだろうか?

 待ち受けるであろう未知なる世界への恐怖だ。


「私は現在あの女に結界で封じられている」


 男の声には、憎しみが滲んでいるわけではない。ただ疲れきった響きがあった。


「私は何度も力を暴走し、幾人もの罪なき命を摘み取ってきた……。そのたびごとに魔術師連中に封印をかけられたのだ。そのように過ごし、もう1400年はたつだろうか……」


「1400年!?」


 冗談にもほどがある。

 生身の人間が生きていられる年数ではない。この男は一体どのような存在なのだ?


「だから受け取れ、若者よ。お前ならばその剣を鞘から引き抜く事ができよう。私はもう疲れた。解放されたいのだ」


「俺に、殺戮者になれと……?」


 男はジャックに剣を差し出してきたが、力を制限できなかったら、人生は終わる。受け取る勇気などジャックにはなかった。


「全ては自らの心の持ちようだ。この剣は湖面に映すがごとく持ち主の心を己の力に変える。私は心が弱り、剣に取り込まれてしまったが、お前ならば使いこなせるかもしれん。」


「俺がこの剣の主になったらオッサンはどうなる?」


「この剣に繋ぎとめられた魂が解放された暁には、天におわす神の元に馳せ参じるつもりである」


 ジャックが剣の所有者になれば、この男の魂にトドメをさすという事なのかもしれない。

 それがこの男が望んでいる事だとしても、巻き込まれる形になるジャックにとって気分がいいわけがない。


「だめだ。受け取れない」


「断固拒否するという事か?」


「そうだ」


「ほぉ……?では少々手荒に行かせてもらうか」


 男の言葉に不安を感じ、ジャックは後ろに下がろうとするが、足がまったく動かない。

 この広間にもジャックは無理やり連れてこられたのだった。

 男は行動を制限する力を持っているのだろう。


 足が動かないどころか、腕が意志に反して持ち上がる。


 男はこの剣を無理やり握らせようとしているようだ。

 ジャックは自分の腕がゆっくりと剣に向かい、伸ばされていくのをただ見ている事しかできない。


「や……やめろ……」


 腕に力を入れ必死に抵抗するが、まったく意味がない。


「ククク……、鞘から引き抜くことが出来るならば、所有権はお前に移ることになるだろう。適正が無ければ頭がおかしくなって死ぬだろうが、悪く思わないでくれ」


(頭がおかしくなるだって?嘘だろ!?)


 とんでもない代物を押し付けようとしてくる男が信じられない。


(止まれ、止まってくれ俺の腕!!)


 ジャックの願い虚しく、右手は剣の柄を握ってしまった。

 正気で見れる光景がこんな湿気た石の広間だという事が悲しくてたまらなくなった。

 貴族の端くれであるにも関わらず、ジャックは小市民的な感覚を持ち合わせているため、自分の事 を特別な剣を何事もなく引き抜く事が出来るなんて露ほども思わない。


 大剣を固定するように巻かれた鎖はジャックが剣を握るとバラバラと砕け散った。

 風化が進んでいるのかもしれない。


(俺の人生儚すぎだろ……)


 手にグッと力が籠る感覚に、思わず目を瞑った。




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