7-11
ペラム男爵邸でアルバートからの訳の分からない取引内容を聞いた後、シエルとルパートは真っ直ぐにミッドランド伯爵邸へと戻った。
オークションであれだけ目立つ事をやったので、念の為すぐに戻らず、アースラメント郊外まで辻馬車で走った後、用意しておいた自動車に乗り換えて帰ってきたのだった。
特につけられてはいなかったので、取り越し苦労だったようだが……。
シエルは伯爵邸のポーチ前で自動車から先に降りた。
車庫が、庭の裏側にあるため、雨で抜かるんだ地面を歩かないようにというルパートの配慮だ。
雨は止んだものの、空は雲で覆われ、星が見える気配はない。
ローズウォールとは違い、アストロブレームは夜空が稀なようだ。
シエルは一つため息をつき、玄関のドアを開けようとした。
しかし、邸宅の前の道路を走って来る自動車のエンジンの音が気にかかり、振り返る。
庭の中に入ってきた自動車の運転席に座るのは、ミッドランド家の下僕ロビンだ。
(もしかしておばあちゃん? 出かけてたんだ)
シエルが自動車の後部座席の方に駆け寄ると、ドアを開けて出てきたのは、アルマではなく、長身の青年だった。
「え!? ジャックさん?」
「シエル、走行中の自動車に駆け寄る癖直ってないんだな。危険だからやめた方がいいって言っただろ」
呆れたように見下ろしてくるのは、切れ長の瞳。
昨日ジャックの元恋人のエレイン嬢とのSMプレイの様なものを見せられてしまい、家に送ってもらうまでの間、非常に微妙な空気になっていた。
そのエレイン嬢は今日この国の王子とデート? の様な事をしていたわけで……、ジャックと目が合った瞬間何とも言えない感情になった。
(ジャックさんてほんと不憫で面白い……)
元々好奇心旺盛なシエルは、ジャックに対しての興味が尽きない。
ニヤリと笑おうと思ったのに、ジャックの瞳をのぞき込んだらそんな気持ちはなくなってしまった。
(あれ……?)
「シエル?」
ジャックの眼差しが急に磁力を帯びた様に感じられ、目を反らせない。
一体何が起きたというのか?
明るい所で見たならば青い瞳は、屋敷の街灯の光で輝いていて、やけに綺麗に見える。
ふいに彼の手がシエルの頬に伸ばされ、シエルは触れる寸前で慌てて距離をとった。
「新たな殺法ですね! そう易々と隙は見せません!」
「なんだそれ。昨日といい、今日といい、妙に腹立つな」
避けられた事がよほど悔しいのだろう。ジャックの顔が不機嫌そうだ。
「今の若い子達って、所かまわずイチャイチャするのね。わたくしが若い時は保護者に隠れて逢瀬したものなのに」
「いやぁ……イケメンと美少女が見つめ合う様子は目の保養になります。恋っていいもんですね……」
「!?」
いつの間にか車外に出ているアルマと、運転席のロビンの会話が耳に入ってる。
(恋!? 何か誤解されてるっぽい!)
「おばあちゃん、お帰りなさい! どこに行ってたの?」
シエルは変な空気を変えようと明るくアルマに話しかけた。
「ただいま。ノースフォール公爵家に行ってたのよ。あなたもお疲れ様」
アルマは孫の不審な様子を華麗にスルーする事にしたようだ。
「公爵邸のすぐ近くでアルマさんが通り魔に襲われたんだ。だから念のためアルマさんが帰宅する時に俺もついて来た」
「嘘……、何でおばあちゃんが……」
自分が知らない場所で祖母の命が狙われた事をジャックから聞き、シエルは動揺した。
「大丈夫なの? 怪我してたら治癒するよ!」
「わたくしを誰だと思っているの? 怪我なんか無いわよ」
「ほんとに?」
シエルはアルマが体を痛めてないかどうかジロジロと眺める。
パッと見た所、異常はないようだが……。
アルマはシエルの様子に肩を竦めて見せた。
「心配無用よ。こんな所で立ち話してたら風邪をひいてしまうわ。サロンでお話しましょ。ジャックさんも良かったらいらっしゃいな」
「じゃあ、少しお邪魔してから帰ります」
アルマの言う通り、彼女は一級の魔術師だ。
怪我をしたら家に辿り着くまで自分で治してしまうだろう。
シエルは祖母の危機に居合わせられなかった事に少しだけガッカリした。
それにしてもジャックが家に上がるのは初めてなので、何となくシエルは落ち着かない様な気分だ。
(エントランスとかサロンに変な物置いてなかったよね……)
◇
ミッドランド家のメイド達がサロンに紅茶のポットやブランデー等を運び込む。
時計は既に21時半を指しているので、今飲む紅茶はナイト・ティー代わりで出されるのだろう。
シエルは襲い来る睡魔と戦いながら、ぼんやりとメイドの様子を眺める。
「シエル、オークションはどうだったの?」