7-10
「1億4千6百万G!」
(やばいやばいやばい!)
こちらの所持金上限に近づいていく、コールに、シエルは蒼白になる。
隣に座るルパートは既に目を閉じ、諦めモードに入っている。
ガクガクと揺すってやりたくなるが、それで口座残高が増えるわけでもないので、思いとどまる。
「1億4千7百万G! 1億4千8百万G! 1億4千9百万G!」
(ああ、もう終わり……)
シエルが出せる上限手前までコールされても、アルバートはパドルを下ろさなかった。
「1億5千万G!!」
オークショニアはシエルの方を見ながら言い放った。
きっとこちら側の口座残高を把握しているのだ。
もう下ろすしかない。
パドルを持つ右手を力無く下ろし、シエルは項垂れた。
「落札者はアルバート殿下でございます!! 白熱した入札バトルを繰り広げた両名に拍手を!」
オークショニアはアルバートだけではなく、シエルにも拍手するよう、促している。
(いい人……)
精神的な疲れから、シエルはオークショニアの人となりにホロリとしてしまいそうになった。
会場に盛大な拍手が鳴く中、本日の主役のアルバートが立ち上がって、手を上げ、アピールしていた。溢れんばかりの自信は、人の注目を集める事に慣れきった者、という感じだ。
シエルも立ち上がり、アルバートに拍手してやる。
「おめでとうございます」
「有難う。楽しかったよ。まさかこれ程出費がかさむとは思ってなかったけどね」
「残高いくらだったんですか?」
「実は1億G未満の残高だよ」
アルバートはシエルの耳に顔を近づけ、コソッと教えてくれた。
「えっ!?」
「王子特権てやつかな。支払いに関しては、国家予算についで信用が高いからね。勿論不足額は後日支払うよ」
「そんなの、卑怯です……」
「日頃の積み重ねの成果だよ。僕は注目を浴び続ける事で信用を得ている。君は素性を隠すから、紙切れで証明されるだけの信用しか得られない。リスクに見合っていると思わないかな?」
アルバートはまるで見透かすような目でシエルを見つめた。
「口座は私じゃなく、ラムジー氏の所有です……、というかオークションでは口座残高が信用の尺度になるから、紙で見れる物だけで充分だし、その枠内で競い合うべきなのでは?」
「君はもっと社会で色々学んだほうがいいかもね。世の中理不尽な事ばかりなのさ」
「アルバート様は詭弁がお好きなんですね」
「嫌いじゃない」
前方で言い合いの様な事を続ける二人を面白がるように、オークション参加者がワラワラと集まっていた。この場での優位性はアルバートが圧倒的で、周囲の人々の刺すような眼差しを受け続けるのが辛い。
「エル様、帰りましょう。時には潔く引く事も大事ですよ」
ルパートを見遣ると、エメラルドの瞳が心配そうにシエルを見つめていた。
(組織の人間の注目を集めすぎるのは確かにまずいよね……。初めから負けるって決まっていたようなものだし、諦めた方がいいのかな)
「行こう。時間の無駄みたいだから」
何らかの事件に発展するのは避けたいので、立ち去る事に決める。
何事も無理は良くない。
「エルちゃん」
「気やすく呼ばないでもらえますか?」
「ハハハ、嫌われてしまったね。えーとね、1つ取引をしない?」
「あなたは存在自体が信用の塊の様ですが、私からの信用は得られませんでした。だから変な取引なんてしませんっ! 御機嫌ようっ!」
呼び止めようとするアルバートに取り付く島を与えない様に返事する。
しかし彼の次の言葉は無視できるものではなかった。
「僕が落札した隕石、欲しくないの?」
「欲しいから今日来たんです」
「だったら僕と取引するべきかな。簡単な話さ、君が1億5千万G分働き、その対価として、この隕石を引き渡す。どうかな?」
「何故アルバート様は、私がそこまで価値のある働きが出来るという前提でお話されてるんですか? とんでもない無能かもしれないのに」
「ただの余興みたいなもんだよ。僕の暇つぶしに、今日出会った、メンタルの強い可愛い女の子に無理難題をふっかけてみるだけさ。君がただの無能だったら、取引が無くなるだけで、僕には何の痛手もない」
(こんな歪んだ人初めて会った!)
シエルはアルバートに対し、まるで新種の動物と遭遇した時のような不気味さを感じたのだった。