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「9,000万G!!」
オークショニアが一際大きな声でコールした。
「これ以上は無理ですわ。諦めます」
「この前も高価な隕石を買っていたしね。僕が落札するのを見てたらいいよ」
斜め前に座るエレイン嬢が溜息交じりにパドルを下ろした。
ライバルが1人減ったが、アルバードはまだまだパドルを下ろす気はないようだ。
(あとどのくらい入札者は残ってるんだろう?)
自分のパドルを上げながら周囲を見渡すと、入札者は先程の3分の1以下になっていた。
「まだ10人程いるね……」
「俺たち以外でも、これを目当てにオークションに参加している方々は多いんですよ」
「簡単にはいかないんだね」
パドルを上げ続けているため、シエルの腕は若干だるくなってきている。
だが、アルバートへ宣戦布告をした手前、ルパートに代理を頼みづらい。
何だか気疲れしてくるが、これからが正念場だ。
「9,800万G、9,900万G、1億G!!」
価格はついに1億の大台に乗り、パドルを上げている人数がさらに減った。
開幕で、大物魔術師の杖を落札していたストライプ柄のスーツの男も、ずっとパドルを上げていたのだが、諦め、肩を落としていた。
残るはシエルと、アルバート、骨の様に痩せた聖職者らしき男の3人だけになった。
自然と3人に視線が集まる事になり、肩身が狭い。
「これ、かなり目立つよね?」
「そうですね。たぶんこの会場のほとんどの人はアルバート様の落札を望んでるんじゃないですか?」
「嫌な事いわないでよ……」
シエルとルパートの会話が耳に入ったのか、アルバートがまたしても振り返り、笑顔を見せた。
「1億G以上出す気があるとは、なかなか骨があるね」
「骨はどうかは分かりませんが、金なら有ります!」
シエルがフードの下でニヤリと笑うと、隣の青年から「エー……」と言われたが、今はもう金だけが頼りなのだ。
「ハハハ、困ったな。実は経営している王室グッズの店の口座をオークション用にしているだけだから、そろそろ入札は限界なんだ」
「王室グッズ……?」
「アースラメントの家紋が入ったコップとかメモ帳とかを売っているショップですね。この前ショップに行ってこれを買いましたよ」
ルパートはグンニャリと曲がったメモ帳を取り出して、表紙を見せてくれた。
アースラメントの家紋の所がちょうど折れてしまっている。これを王子に見せて不敬罪にあたらないのだろうか?
(ルパート、恐れ知らずな人……)
それにしても、王子という事で少し身構えていたが、コップやメモ帳のような観光物産店で売られているような物を販売しているなんて、割と普通の人かもしれない。
「お店の為に諦めましょう! 店の資金繰りが苦しくなりますよ! 従業員への給料未払は悲しい事です! ブラック企業の経営者として悪評が立ちますよ!」
シエルはダメ元で言葉を尽くすが、当然の事ながらアルバートに面白そうに笑われただけだった。
「まぁ、口座残高全額使う事になっても、明日他の口座から移せばいいから」
「あ、そうか……」
「これだから世間知らずの小娘って嫌なのよ」
なんでエレインにそこまで毒づかれなければならないのかと、釈然としない気持ちになるが、ここでキレてしまっては色々台無しだ。我慢するしかない。
「1億3千万G!!」
オークショニアのコールにで、また一人パドルを上げる人間が減った。
聖職者のような服装の男が諦めたのだ。
これで、シエルとアルバートの一騎打ちという事になる。
(こちらの限度額は1.5億G……アルバート様の店の口座は一体どのくらいなんだろう?)
決着の時が近い事 に一度は収まった心拍数がまた上がってきた。
(お願い、諦めて!)
シエルの願い虚しく、前方のパドルは微動だにしない。