7-8
「私は……最後までパドルを上げません」
「へぇ……、じゃあ僕もそうしよう」
「あの……、何故私の狙いに被せてくるんですか? アルバート様のお好きな物を落札されたらいいじゃないですか」
シエルはつい、自分に絡んでくる理由をアルバートに問いかけた。
もし正体がバレているなら、直ぐに立ち去った方がいい。モス卿の一件があったのだから、用心しておくにこした事はない。
「さぁ、どうしてだろうね? 君の顔をしっかり見たら、答えが出るかも」
「そ、それは駄目ですっ!」
シエルがフードを抑えて明後日の方を向くと、アルバートは楽しそうに笑いながら、前方に向き直った。
一応アルバートはシエルのはとこだ。
シエルの両親が駆け落ち同然で結婚した事もあり、また、アルマに引き取られてから魔術漬けで引きこもっていた事もあり、親類との付き合いは皆無だった。
でも、アルバートを見た時、他人だと思えないような、不思議な気持ちになった。
少し温かいような、絡んでいきたくなるような……。
立場的に、そんな生ぬるい考えではいけないのかもしれない。
(全てが終わったら、この人と親戚として付き合える日がくるのかな?)
この国を魔術師が住みやすいように変えていこうという考えはあるものの、親戚の顔を見て心に波風が立たないほど、シエルは大人ではなかった。
ぼんやりと考え事をしていると、斜め前に座るエレインが歓喜の叫び声を上げていた。
「やった! 勝てたわ!」
パドルを握りしめたまま、エレインはガッツポーズをとっている。
「1つ3,000万Gでしたね。あんな玩具によくこんな大金かけれますよ」
ルパートは落札者が前の席にいるにも関わらずに、遠慮無く嫌味を言った。
シエルはエレインが振り返らない事を祈りつつも、コッソリ頷く。
大金をはたいても魔術らしきものを使って見せたいという思いの強さは、シエルやルパートにはなかなか理解出来ない。
魔術への純粋な憧れなのか? またはただ珍しい物を披露したいという虚栄心なのか?
「皆さんお待ちかねの、本日ラストの一品を紹介いたします!」
オークショニアが高らかに宣言すると、奥の方から大きなワゴンが現れた。
ワゴンの上には赤紫色のシルクの布に覆われた巨大な何かが乗せられている。
「もしかしてアレが……」
「そうです。手に入れる事が出来なくても、これほどの隕石はそうそう見る機会はないので、目に焼き付けておく価値がありますよ」
シエルは隕石を見る為に身を乗り出した。
「では、オープン!!」
隕石から布が取り去られると、一抱えもありそうな巨大なパラサイト隕石が現れた。
ワゴンの裏からライトを当てているため、隕石の琥珀色の部分が蕩けるような色合いに輝き、まだらに入った銀がその色を引き立てる。
「凄い……」
「よくご覧ください。表面には細かく古代文字が彫られてます。あれの発動で魔獣が形成されるんですよ」
「よく見えるね。私には全然見えないよ」
「俺もいくつか見えるだけですけどね」
ルパートに促され、古代文字を見ようとするが、遠さや、奥からあてられているライトのせいで、全く見えない。
見えたなら、暗記して情報を持ち帰ることもできそうなのに……。
前に座ったアルバートがチラリと振り返り、ニヤリと笑った。
「いざ、勝負」
「負けません!」
シエルはフードの下から上目遣いで睨んだ。
「2,000万Gからスタートさせていただきます! 入札される方はパドルを挙げてください!」
オークショニアのアナウンスを聞き、シエルは慌ててパドルを挙げる。
シエルの基準だと、2,000万Gはかなりの大金だと言うのに、多数のパドルが挙げられている。前の席のアルバートも挙げているし、エレイン嬢も挙げている。
「凄い争奪戦になりそうですね……」
「うん……」
「2,100万G!……2,200万G!……2,300万G!」
100万G刻みで値段が吊り上げられていく。
かなりのペースでの増額にも関わらず、パドルは減る様子がない。