7-3
「貴族の装飾華美な服装は動きづらいだけで無駄の塊だな」
「あら? 女にとって魅力的に見せる装いは最大の武器になるのだから、軽視はよくなくてよ」
刺客の次の一撃が振り降ろされ、アルマはレイピアで受け止める。
ギィィイイイン
甲高い金属音が夜の住宅街に響き渡った。
(笑える程の馬鹿力……)
アルマも人形の様な容姿からは想像できないほど普段から鍛錬を積んでいるものの、ジリジリと押し返される。
レイピアの細い刀身がなんとも心もとない。
レイピアに感じ取っていた力が一瞬弱まった。
(来る……)
とっさに腰にぶら下げていたパリーイング・ダガーを左手で抜き取る。
刺客がもう片手に持っている鉤爪を無慈悲に振り下ろすのを、アルマは間一髪で受け止めた。
刺客は美しい顔をニタリと歪ませた。
戦闘を楽しむ者の表情だ。
「用意周到だな」
「レイピアはもう片方の手でダガーを盾にして戦うのが普通なのよ」
刺客は一度アルマを押すようにして両腕を引き、間髪入れずに両の鉤爪を振り下ろす。
無茶苦茶に振っているように見えて、的確にアルマの隙を狙っている。
右、左下、右斜め上……
強打を何発も受け続け、肩が痺れそうだ。
刺客の動きを少しでも見逃したら、その瞬間命はないかもしれない。
優れた動体視力を授けてくれた両親に感謝だ。
いつのまにか雨は止み、女の鉤爪に灯る炎は激しさを増している。レイピアが溶けてしまわないか心配なくらいだ。
(この状況……早く打開しないと……)
アルマは刺客の動きを一切見逃さぬようにしながら右手に魔力を集中させる。
レイピアの刀身に淡く光る紫の古代文字が一文字づつ浮かび上がる。些細な変化に刺客は気づかない。
「終わりだ!」
刺客が体をねじる様に長い脚を振り上げた。
その隙をつき、アルマは仕込み終わった衝撃派を解き放った。
「ああ……!」
プラズマが弾け、刺客の体は後方に大きく吹き飛んだ。
「脳筋で助かるわ……」
「クッ……、小器用な真似を……」
刺客はアルマの魔術により感電状態になっているのか、ヨロヨロと立ち上がり、頭を押さえている。
鉤爪に宿していた炎は消え去り、その代わりに刺客の両の手の平には白い光が灯る。
(自己回復するつもりなのね)
アルマはレイピアに魔力を集中し、プラズマの球体を発生させた。
敵にそう易々と回復させてやるほどの優しさをアルマは持ち合わせてない。
「アルマさん!」
再度プラズマを解き放とうとしたとき、聞き覚えのある声がアルマを呼んだ。
ノースフォール公爵家方向に視線を投げれば、長身の青年がアルマの方に向かって走って来た。
「そこから動かないでください!」
青年の顔は覚えがある。アルマに合う為にローズウォールまで来たジャックだ。
彼は手持ちの銃で、刺客に発砲する。
「チッ……、2人相手じゃ分が悪い」
刺客は高く跳躍し、自動車の屋根や住宅を囲う塀、ガレージ等を伝い、あっという間に住宅の屋根の上まで登ってしまった。
「いやぁね、まるでお猿さんじゃない……」
アルマは刺客の敏捷さに呆れた。
「命拾いしたな、だが次に会う時は確実にお前の命を刈り取るつもりだ」
刺客は屋根の向こう側にヒラリと消えた。
彼女の俊敏な動きは魔術師にとって対応しずらいものだった。
もし頭を悩ませている時にでも戦っていたら、腕1本持っていかれていたかもしれない。
(でも、まぁなかなか楽しかったけど)
「怪我はないですか? 高級住宅街で通り魔に会うなんてついてないですね」
「通り魔というか、私を狙いに来たのよ。あなたはどうしてここに?」
「ミッドランド家の下僕が公爵家に転がり込んで来て、あなたの危機を知らせてくれたんです」
「なるほどね」
ノースフォール公爵家の方を見遣れば、下僕のロビンが情けない走り姿でこちらに向かって来ていた。
「アルマ様~~~! 無事ですか~~~!?」
何故呼びに行った人より、助っ人の方が早く着くのかしらと思わなくもなかったが、アルマはにこやかに手を振り、無事を伝えた。