7-2
アルマはいつもの杖とバッグを手に取り、ドアを開けた。
この国の者は小雨くらいでは傘を差さないのが普通だし、目的地までなら大して濡れずに済むだろう。
ドアを閉めると、ロビンと道路に倒れる人物が視界に入る。
「……ですから、体調が悪いようでしたらもっと端に寄って休むべきです。ここに倒れられていては危険ですよ?」
「……」
「なんとか仰ってください。こちらも送迎中ですので、急ぎたいのです」
「……」
聞こえてくるのはロビンが発する苛立ったような声だけだ。倒れた人物は話す事が出来ないのか?
ただの当たり屋なら、すぐに金品を要求しそうなものだが……。
(厄介そうだわ……)
アルマは倒れ伏す者を見下ろしながらゆっくり2人に近づく。
コツ…コツ…コツ
アルマが近づいて来て初めて、倒れている人物は頭を動かした。
まだ若い女性だ。
アルマは、女の感情の色のない瞳を見つめながら、優しく笑いかけた。
「ごきげんよう……素敵なお嬢さん」
「アルマ様! 手こずってしまって申し訳ありません!」
アルマを振り返ったロビンの背後でゆらりと女性が立ち上がる。
街灯のオレンジの光を反射し、ギラリと光ったのは銀の巨大な鉤爪。
「あらあら……」
アルマは手に持ったバッグをロビンの頭部に投げつけた。
ロビンがバッグを避けようと体を反らした瞬間、鋭い鍵爪がブンッという音をたてて、ロビンの頭が在った場所を薙ぐ。
「アルマ様、いくら腹が立ったからと言って、私の頭にバッグを投げないでください……!」
状況を分かっていないロビンが、恨みがましく見てくるので、やれやれとアルマはとぼけた顔を作ってやる。
「ロビン、覚えておいて? この国の女は腹が立つ男にはバッグを投げよと教わるのよ」
「無茶苦茶だ~~!」
雇用主に絶望したらしいロビンを笑いながら、アルマは手に持った杖から愛用のレイピアを引き抜いた。
「さぁ、お嬢さん、相手を間違えないでもらえるかしら? あなたの相手はこのわたくしでしょう?」
「……アルマ様、あなたはこの国にとって危険すぎる……」
「なっ! 鉤爪ぇ!? 一体どういう!? アルマ様危険です。ここは私にお任せを!」
女がもつ鉤爪を見て、ロビンは漸く状況を読み取れたらしい。
「……いえ、あなたはノースフォール公爵邸に行って、到着が遅れる事を伝えて」
「あなたを置いて行けるわけがないでしょう!」
「命令よ。早く行きなさい」
「く……っ、人を連れて直ぐに戻ります!」
アルマは有無を言わせぬよう強くゆっくりと言ってやると、ロビンは悔しそうな顔をしながら、転がるように走って行った。
「よいご判断だ。私もあまり犠牲者を出したくはない」
刺客の女は年の頃はシエルと同じか少し年上くらだろうか?
街灯だけの明かりでは判別しづらいが、赤毛のボブに淡い色合いの瞳を持つスレンダーな少女だった。 上流社会ではまず見ない様な黒いノースリーブのタンクトップに太ももがむき出しになるくらい短いボトム。
(なるほど、これはロビンが魅了されるのも時間の問題だったわね)
アルマは少女をしげしげと眺め、フム……と一人納得した。
「犠牲……ね。それはこれから死ぬことになる自分自身を憐れんでの発言かしら?」
「犠牲者とはあなたの事だ」
女が構える鉤爪に炎が灯る。
(魔術的な訓練を受けていそうだわ……)
アルマも自らのレイピアに手を添え、体内の魔力を集中させる。
レイピアの刀身が紫色に帯電し、周辺を明るく照らした。
「ねぇ、あなたは誰の犬なの……?」
「雑談は終わりだ」
少女は瞬く間にアルマとの距離を詰め、炎をまとう爪を抉るように斜め下から降り上げる。アルマは後方に身を引き、攻撃をかわすが、一瞬の遅れで、袖が焦げる。
「嫌だわ……気に入っているドレスなのに」