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ジャックはケインズと連れ立って、アースラメント宮殿近くの科学省庁舎前まで来ていた。
「弟さんは科学省務めですか?」
やや年期が入った大きな洋館を正面から入らず、近代的で簡素な四角い別館に導かれている。
「ええ、実は私の弟は科学省の宇宙科学局長を務めているんです」
ケインズは真っ白な建物の入り口に掲げてある金色のプレートを指さした。
確かに宇宙科学局の文字が見える。
ケインズは、先程の執事の話によるとノースフォール公爵の庶子なので、弟という事はもしかして公爵家嫡男だろうか?
ジャックはあまり社交界に関わっていなかったが、伝え聞く話によると、10代前半で大学院を飛び級で卒業したほどの頭脳の持ち主らしい。
また小難しい物理の話をされるのかと思うと少しゲンナリしてくるが、ジャックはノースフォール公爵家との繋がりを持っておきたかった。
科学省はバーデッド子爵家の持つ鉱山で物理実験を行っているので事件当日の様子を聞く機会がほしかった。
「優秀な弟さんですね。確か年齢は二十歳いってませんよね?それで局長ってかなり凄い気がします」
「まー父親のコネあってこそですけどね。この国だとコネが全てなとこありますので、それも実力のうちですけど」
「弟さんの性格はどんな感じですか?」
「性格はクソ悪いです! 嫌味の10や20は覚悟しておいた方がいいですね」
(最悪だ!)
ジャックが入り口に手をかけようとすると肩にずしりとした重みを感じた。
「!?」
首をねじって横を見ると、案の定ヨウムが何食わぬで肩に乗っかっている。
「ハヤク ハイレヨ ノロマ」
「ヨウム……」
「やや! あなたはヨウム様ですね! またお会いしたいと思っていたところです!」
ケインズは目を輝かせてヨウムを歓迎している。もしかして熟女のみならず鳥類フェッチなのだろうか?
「ここ数日俺の事見張っていただろ? 凄い落ち着かなかったんだけど」
「アルマニ ゴエイ タノマレタンダヨ」
ジャックはアルマのニヤリ顔を思い出してゲンナリした。
「気持ちは有難いけど、俺は自由に生きたい」
「オレモダ ツーワケデ ハヤク シネ」
ヨウムのけたたましい笑い声が響き渡り、科学省の職員たちの視線が突き刺さる。
「早く入りましょう。目立ってます」
「そうですね。ヨウム様に目を奪われている職員達の視線が煩わしいですし」
宇宙科学局の建物の中に入ると、やたらと腕輪が熱くなり、ジャックは顔を顰めた。
職員らしい白衣を着た男女に不審に思われないように、人がいない方を向くと、広いエントランス隣の研究室らしき部屋が、ガラス越しに見えた。
その室内を観察すると、歩き回る職員達の向こう側に巨大な円筒形のケースが設置されていた。
ケースにはいくつものケーブルがぶら下がっており、内部には何かコイル状の物体が入っていた。
「何ですかあれ?」
「私も前来た時弟に聞いたんですけど、教えてくれないんですよ」
そのケースを見てるとザワザワと落ち着かないような気分になる。
ただ見慣れないものを見たからというだけかもしれないが……。
「どなたかとご予約をされておりますか?」
エントランスに突っ立っているジャック達を見つけて、40代くらいの女性の職員が声をかけてきた。
「ダグラス局長はいますか? ケインズが会いに来たと伝えたら分かると思います」
「局長は執務室にいらっしゃいます。少々お待ちください」
名字が違うのは、ケインズが母方の姓を名乗っているからだろうか?
名乗る名字になんとなく複雑な家庭環境が垣間見れた。
「あの職員の女性、とても好みです。後でブレアから連絡先教えてもらわないと!」
「ブレアって弟さんの名前ですか?」
「ええ! ブレア・ダグラス。次期ノースフォール公爵です」
母親が違ってもこのように兄弟仲良く付き合える人達もいるのかとジャックは少々意外な気持ちになった。
「よう、クソ兄貴。相変わらず老害らしく早い時間に来たな」
良く通る声がエントランスに響き、ジャックは声の方向を向いた。
エントランスから見て中央に位置する階段に、白衣を着た人物が立っていた。
プラチナブロンドの随分態度のでかい少年だ。
「相変わらず口が悪いね、ブレア。せっかく君が会いたがっていたジャック・フォーサイズさんを連れてきてあげたのに」