6-1
天井まで届く巨大な本棚が壁を隙間なく埋める重厚な部屋は、ミッドランド伯爵家にあるシエルの祖母アルマの執務室兼私室だ。
大学教授の研究室を思わせる部屋の中でシエルはお菓子をつまみながら本を読んでいた。
「シエル?」
「おばあちゃん!」
ドアを開けて入って来たのはこの部屋の主であるアルマだった。
金糸の刺繍が施された紺のガウンを羽織るアルマは、プライベートな装いであるにも関わらず、隙がない。
対するシエルはミントグリーンのワンピースを着ているので、血縁関係を強く伺わせる外見を持つ2人であるのだが、まるで違った印象に見える。
「部屋に勝手に入ってごめんなさい」
「気にしなくてもいいわよ。何を探しているのかしら?」
「アストロブレームの都市の成り立ちや、ヘルジアの歴史とかが書いてある本を読んでみようと思ったの。おばあちゃんが持っている書籍の中に何かいいのない?」
シエルは幼少の時から魔術や理系的な学問へ興味が偏っており、歴史や文化、文芸的な事については一応教養程度は身に着けてはいたが、深く学んだことはなかった。
もっと学びたいと思うようになったのは、たぶん昨日のジャックとのやり取りがあったからだ。
近い将来、シエルはただ流されるまま政治等に関わり、何も分からないままただ与えられた答えをその通りに発言するだけになるのは目に見えている。
想像しただけで自分が嫌いになりそうだ。
御大層な弁論が出来る程じゃなくても、自分の中の判断の基準がほしい。そしてたぶんそういうのは、王になる前にある程度備えておくべきなのだ。提示される意見はきっと政治的なバイアスがかかっているだろうから。
「もしかして、過剰に責任を感じているのかしら?重く考える必要なんてないわ」
「どういう事?」
「王には王にしか出来ない役割がある。それは魔術を使えるあなたが議会に王として選ばれた事とも関係があるけれど、その役割を果たしていたら、政治的な事は最低限の事が分かっていたらいいわよ」
「私はただニコニコ笑って人前に立っていたらいいという事?」
「別に笑おうが不機嫌だろうがどっちでもいいわよ。ただ、この国の王に一番求められている能力は既にあなたは身についている。あとはあなたが応用するだけ。堂々としていなさい。あなたには他の人間がけして真似できない強みがあるのだから」
「今の私が国の為に何か出来るとは思えない……」
何故アルマはシエルが王になる資質が十分だという前提で話をするのだろうか?
前からそうだった。
シエルはこの話を聞かされた時から、目隠しをされたまま綱渡りさせられているかのように怖くて仕方がないのに。
「あなたには、王のみに許される秘術でこの国を守る役割がある。それだけで堂々としている権利はあるけど、落ち着かないなら歴史でも文化でも社会でも、本を読めばいいわ」
アルマはそう言い、複数の本棚を行き来すると、5冊程分厚い本をシエルの腕に乗せた。
選ばれた本は歴史や文化に関しての内容のようだが、表題に必ず魔術や魔術師等とついているように見えるのは気のせいだろうか?
「読んでみて。これを読んであなたの虚無感が少しでも薄らぐといいけど」
「有難う……。読んでみる」
シエルはもっと普通の学生が読むような書籍を読みたかったのだが、取りあえず礼を言った。
アルマが選んだのだから、何かしらの役には立つ内容なのだろう。
アルマが窓際のデスクに座り手帳に何かを書き始めたの見て、シエルも室内にあるソファに座り、与えられた本を読む。
一番上の本の表紙を捲ると、シエルやアルマの祖先、ハロルド・アースラメントの線画が描かれていた。彼は前王朝の王家に仕える騎士にして、史上最も優秀な魔術師だった。ハロルドが即位前に成し得た業績の多くは領地の人間達だけの力では不可能な事ばかりだという事を知っているのは、後世の魔術師達の常識だ。
アルマはいつもシエルの不安にストレートに答えてはくれない。
言えない理由があるのか、本当に知らないのか。
この本を読めば、ヒントになる事が書いてあるのかもしれないとシエルは思う事にした。