5-12
「ジャックさんそろそろ出発しませんか?」
「そうですね。もう来客があっても迷惑しない時間かもしれません」
「おや?ジャックさんも嫌味を言う事があるんですね~」
「嫌味ではなく、一般常識的な事を言っているだけです」
ジャックはアイリーンから貰った宝石を上着のポケットに突っ込み、サロンの出口に向かう。
執事が持って来たショルダーホルスターを肩に巻き付け、ジャケットを羽織った。
「私の弟を射殺しに行くのですか……?」
ケインズが目を丸くしてジャックを見つめている。
(流石に胡散臭く思われるか……)
「それはちょっと冗談がきついです。弟さんには面識すらないのに」
ジャックはアストロブレームに来てから、時折何者かに監視されているような気配があった。2日前に魔術師達が子爵家を訪れ、何かの術式を施してからその感覚も薄らいではいたが、いつ何があるか分からないから、外出時は護身用に武装していた。
銃が魔獣に効きづらいとは思うものの、エクスカリバーが自由に出し入れ出来ない以上、使えるものを使うしかない。
「最近不穏な気配がありますので、念の為です」
「不穏って……、もしかして魔獣ですか?アストロブレームで魔獣が出る事って月1回あるかどうかですよ?」
ケインズの言う通り、数年前までアストロブレームは他の都市に比べて魔獣等の出現はほとんどなく、安全な暮らしが出来ていた。だが最近は王都への魔獣の出現がわずかに増えているような気がするし、それに加えて、ジャックが王都に帰って来てからはさらに不穏な気配と感じていた。時々腕輪の発熱がある事からもただの気のせいではないのではないと思われる。
「ケインズさん、以前安全だったからと言って、今も安全だとは限りませんよ。準備しておくに越した事はないです」
「その通りですね。軍人らしいお言葉です」
外に出た後、ぐるりと周囲を見渡してみると、灰色の鳥が子爵家の隣の屋敷の屋根に止まってこちらを見ていた。
ただの鳥にしか見えないが、もしかしてあれは魔獣なのだろうか?
(いや、あれはもしかすると……)
灰色の鳥は大型のインコに見える。どこからどうみてもローサー家のヨウムだ。
もしかして最近の監視しているような気配は、ヨウムのせいだったのだろうか?
(でも、何で……)
遠目で定かではないものの、ヨウムと目が合っているような気がするが、向こうから何かしてくるわけでもない。
もしかして始めて来る(と思われる)王都で迷子になったのだろうか?
ヨウムは移動するジャック達の後を追うように、屋根から屋根に飛び移って付いて来る。
(何の意図があるのか聞いてみたいけど……)
「そういえばジャックさん」
「あ、はい!」
ジャックはヨウムに気をとられ過ぎて、いきなり名前を呼ばれた事に慌てた。
ケインズは不審なジャックに目を丸くしたが、その挙動不審ぷりに突っ込みを入れる事はなかった。
「ジャックさんがローズウォールへ行った日、アイリーン様も同じく訪問されていたんですね」
「母が?私は聞いておりませんが」
「おや?そうでしたか。ローズウォールと王都の区間の蒸気機関車の事件だったので、一応前3日程の予約席のチケット購入者を調べていたんですが、アイリーン様の名前が有ったんですよね」
思い返してみると、アイリーンはその日の朝見かけなかったかもしれない。
「一体何の用事が……」
「ちょっと気になりますね」
「もしかして、母にそれを聞きにわざわざうちに来たんですか?弟さんの件は電話等でも済みますし」
「まぁ、そうですね。結局秘密結社の話くらいしかまともに出来ませんでしたけど……。でも一番の目的はさっきも言った通り、朝食です。とても美味しかったので、また近々来ますね」
「そうですか……。うちの料理人に、ケインズさんが褒めていた事を伝えておきます」
「是非是非」
母といい、兄といい、何故同時期にローズウォールを訪れたのか?
ジャックは、誰かに意図的に集められたような不気味さを感じずにはいられなかった。