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「ハッキリとした事は分からないけど、東の方では、経済的な理由から貴族の没落が相次いでいると聞く。もしかしたら保管していた貴金属を売りに出し、市場に安価に出回る事もあるのかもしれないわ」
「でも、貴族の没落ごときでそんなに大量に市場に出回るものか?」
「東では何故か隕石を大量の保有する貴族達がいるそうよ」
「そうなのか……」
さっきの話から推測すると、魔術利用の為に隕石を多く保有している貴族がいるという事になるが、東の方は意外と魔術が発達しているのかもしれない。
だとしても安くはない旅費で東に行き、希少な鉱物を仕入れるという行動にしっくりこない。
身の安全すら保障されないのに、 そこまでして手に入れる価値があるものなのだろうか?
アイリーンはさっきブライアンを貶していたが、一応ブライアンはヘルジア大学を首席で卒業している。ふざけた人間性ではあるものの、馬鹿ではないはずだった。
東ヘルジアに行ったのは絶対何等かの理由があるのだろう。ジャックはそれを突き止める必要があるように思えた。
(それにしても……)
ジャックはチラリとアイリーンの顔を盗み見た。
ブライアンはアイリーンによく似ている。
その顔を見ていると、数日前の兄を思い出してしまい。一気に食欲が無くなってしまった。
アイリーンが兄の失踪原因を調べ回っているのは知っていたが、予想以上に失踪原因や取り巻く状況が判明しているようだ。父が鉱山事故の処理、母がブライアンの失踪、それぞれ役割分担していたんじゃないかと思えてくる。
それはやはりブライアンを絶対にあきらめないという夫婦の考えなのだ。
「兄貴は人をイラつかせる言動は有ったにせよ、事件に巻き込まれるほど大それた事をするような人間じゃなかったと思う。身内だからそう思うのかもしれないけど……」
「そうね……」
ジャックは、ローズウォールで兄に会った事をアイリーンに言うべきかどうか少しの間悩んだ。だが、口にだそうとすると、何も言葉が出て来なかった。詳しく話したら、もうブライアンは助からないと母は思うかもしれないから。
「母さんは、兄貴が生きていると思うか?」
「ジャック、私達の祖先は生前、何事も諦めたら終わりだと言う事を子孫に言い伝えるように言っていたらしいわ。その人は最後全てに絶望してしまったらしいけど……」
アイリーンは席を立ちあがり、ジャックの目の前に小さな箱を置き、サロンを出て行った。
結局ジャックはブライアンの事を言えなかった。
ローズウォールで見てきた事実の重さを一人で背負う事になったのだと強く感じる。
アイリーンが置いて行った箱の模様をぼんやり眺めていると、視界の端に指が伸びてくる。
「アイリーン様、何を置いて行ってくれたんでしょうかね?」
ハッとしてケインズを見ると、好奇心にあふれた視線がアイリーンが置いて行った小箱に注がれていた。
失踪中のブライアンの事は当時大きくマスコミに取り上げられたので、ケインズも知っているだろう。
アイリーンとの兄に関するやり取りの一部始終を聞かれてしまった事にジャックは少し気まずさを感じた。
そっと小箱を開けてみると、澄んだ青い宝石が鎮座していた。
指でつまんでみると、右腕にはめている腕輪がジワリと熱を持ったのを感じた。
(なんだ?)
不気味に感じられて、ジャックは慌てて青い宝石を箱に戻した。
「どうかしましたか?」
「いえ……、これはサファイアかブルーダイアでしょうか?」
「宝石の事はあまり詳しくないですので、なんとも……。ただ、随分とクラリティが高いように思います」
「クラリティって透明度でしたっけ?」
「そうです。クラリティが高い程希少性が高く、値段も上がりますね」
アイリーンがくれた宝石はカラット数も高いように思う。家宝と言っていいくらいなのではないだろうか?
「母親が娘に宝石を渡すっていうのは分かりますけど、何で俺に……」
「未来の奥方様に渡してほしいという事では?」
ケインズの言う通り、もし結婚する相手がいるなら分かるが、現在ジャックにはそういう相手はいない。それと腕輪の急激な発熱が気になる。




