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ジャックはメイドがテーブルの上に朝食を配膳する様子を眺めながら、母の言葉を聞き洩らさないようにした。
「アイリーン様の心配はごもっともです。以前から評判の良くない組織でしたが、最近は特に……」
「教えていただけますか?」
「私の取引先の一つに鉱物市場に関わる企業もあるのですがね、どうやら鉱物価格の意図的な吊り上げが見受けられると」
ケインズは鉄道会社の取締役だ。車体製造の関連で鉱物価格の推移を彼もまた調べているのだろう。
「その操作に地獄の門が関わっているという事ですか?」
「ええ、鉱物全般に、取引価格への介入が見られますね」
石炭を中心に鉱物の取引を生業とするバーデッド子爵家としては迷惑極まりない話だった。多少の値上がりくらいでは既存の需要は落ちないかもしれないが、投資意志決定の際にエネルギー関連の費用がかかりすぎるからと見送られている案件もあるはずだ。
「鉱物の中でもパラサイト隕石の取引価格が異様に高騰しているようね」
「アイリーン様もご存知でしたか。元々希少性が高い鉱物ではありましたが、ここ半年だけでも価格は約2倍になっています」
普段話題にすらならないくらいレアな鉱石の話題が出てきたので、ジャックはあまりピンとこない。
「元々ごく一部の好事家が収集していた鉱物ですし、それが高騰しても困る人はかなり少ないんじゃ?」
アストロブレームは、パラサイト隕石という希少な鉱物を元手にして成り立ったと言われる特殊な都市である事はジャックも知っていた。
正直に言うとジャックはその隕石に魅力を感じた事はなく、何でそんな高値が付くのか理解できていない。 飾り物に使うとしても、好き嫌い分かれそうだし、需要が薄そうだ。
「まぁ、ジャックさんの言う通りですがね」
「パラサイト隕石の一部は魔術的な利用価値があるとかないとか」
「魔術……?」
ジャックの脳裏にシエルの顔が浮かぶ。
短期間の付き合いではあるが、シエルが隕石を利用するところを見た事はなかった。
(というか、なんで魔術的な事をかあさんは知っているんだ)
「母さんこそクラブと何か関係しているんじゃないだろうな?」
「違うわ。以前からブライアンの事を調べていたの……。そうしたら、あの子が地獄の門に入会していた事が分かって……」
アイリーンは慌てて否定するので、ますます怪しく感じられる。
「あんな訳の分からない集団に関わるなんて情けないわ……。何で私の息子達は馬鹿ばかりなの……?」
「心中お察しします……」
(こいつら!!)
アイリーンが泣きまねをするので、ジャックは腹が立って仕方がない。
何で入会してない自分まで、貶されなければならないのか?
流れ弾に当たった気分だ。
ジャックは皿に乗ったトマトを苛立ちに任せてフォークで刺した。
それにしても何故アイリーンは地獄の門に注目したのだろうか?。
ブライアンは昔から変わった事や目新しい事を好み、社交クラブ等に複数入会していた。
地獄の門クラブもそのようなクラブの一つだ。特に違和感はない。
「兄貴は十代の頃から色んな社交クラブに入っていただろ?地獄の門だって似たようなものに思えるけど……」
「私はブライアンが消えた事件に地獄の門クラブが関与したと思っているわ。東ヘルジアに私用で行った事に違和感を感じていた……。だって、ブライアンはそれまで一歩だって西ヘルジアを出た事がないのよ?わざわざ面倒な手続きをとってまで私用で行かないんじゃないかと思うの。だからずっと調べていた。ブライアンが関係している複数の組織のうち、東と関連が深いものを」
「確か地獄の門は現在、東に散らばったパラサイト隕石を集めようとする動きがあるようですね」
「ええ、隕石はもうこの国では取りつくしたと言われているから、他所から調達するしかないのでしょうね」
「他所から調達するにしても何でよりによって、冷戦中の隣国からなんだ……」
ジャックは隕石に関して詳しいわけではなかったが、わざわざ大昔に流通した鉱物を隣国に行って調達しなくても、もっと友好関係にある国で調達できるのではないかと思えた。