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「私の情報網を甘く見ない方がいいですよ。……と言いたいところですが、実は昨日リュー・パリエロとパブで飲んでいる時に教えてもらったんです」
「パリエロ……って王室師団の副師団長ですか?」
「そうそう。パブリックスクール時代私の先輩で、寮が同室だったんですよね」
なるほど、ようやくしっくりきた。
それにしてもケインズと副師団長に関わりがあるとは、この世の中は意外と狭い。
「副師団長は何か言っていましたか?」
「あー、言ってましたね。ジャックさんは女の好みが最悪だと。」
「……」
社会的な地位の高いおっさん達が集まって、さぞ高尚な話をしているかと思いきや、とんでもなくくだらない話をしている事が判明してしまった。
副師団長を見る目が変わってしまいそうだ。
「それはさておき、ジャックさん、これから私の弟に会いに行きませんか?」
「弟?」
「ええ、弟と言っても歳の離れた異母兄弟なんですけど、ジャックさんに会いたがっているんです」
先ほどの執事の話だと、ケインズの父はノースフォール公爵だ。
兄ブライアンの話に出てきた地に関連する人物とのパイプは持っておくにこした事はないだろう。あわよくば何かの手がかりが掴めるかもしれない。
「是非お会いしたいです。でも朝食がまだなので、食べてから出発でもいいですか?」
「勿論です。私もジャックさんのお宅で朝食をご馳走になってから向かう予定でしたし」
「はい?今何か聞き間違いをしたようなので、もう一度言ってくださいますか?」
ジャックはケインズから想定外過ぎる事を言われ、ポカンとした。
「私の分の朝食もお願いします。私わざと早朝に知人のお宅へ行って、朝食をご馳走になるのを趣味にしてます。この国では貴族の朝食が一番美味しいですからね」
「そ、そうですか……。準備させます」
(うちの朝食がまずかったら、2度と来ないって事か?)
ジャックはモヤモヤしながらも執事に2人分の朝食を頼んだ。
ケインズと他愛無いのない世間話をしていると、サロンに母が入って来て、壁際に控えていたメイドに何事か伝え、ジャックとケインズがいるテーブルまでやってきた。
「おはよう。お客様がいらっしゃっていたのね」
「母さんおはよう」
ジャックの母は若い頃は絶世の美女として有名で、40代でありながら未だその容姿は衰える事を知らない。
「アイリーン様お初にお目にかかります。西ヘルジア中央鉄道会社で常勤取締役を務めているイーノック・ケインズと申します。お噂通り、何てお美しい……」
息子の前で母を口説こうとしているのだろうか?蒸気機関に一緒に乗り合わせた時から 思っていたが、ケインズはなかなかに太い神経を持っていそうだ。
母は氷の様に冷たい一瞥をケインズに投げた。
「御機嫌ようケインズさん。あなたの噂も聞いてましてよ。年配のご婦人を手あたり次第に口説いているとか」
「手あたり次第ではないですよ。私としてはどれも本気の恋愛なんです」
「本気だったらなお悪いじゃない。上流階級の女性のコネを作りたいなら悪い噂が流れない事は得策ではないわよ」
アイリーンのつれない態度にケインズは肩をすくめた。
気まずい雰囲気にめんどくさくなり、ジャックはテーブルに置いてあった経済紙を手に取り、眺める。
鉱物価格のチャートにまず目が行き、鉱物の取引を生業とする子爵家の端くれらしく感じられてむずがゆくなる。
「そういえば、地獄の門という秘密結社をご存知ですか?」
「俺は一度その組織に勧誘された事があります。一年くらい前だったかな」
ジャックはケインズがいきなり持ち出してきた組織名の記憶をたどった
地獄の門クラブというのは、アストロブレームに存在する悪魔崇拝を標榜する秘密結社だ。
だがその実態は、ただの上流階級の社交クラブであると噂されている。
様々なコネを作りたい者がこの組織に入会するのだろう。
「ジャック、誘われたというのは本当なの?絶対に入ってはだめよ!」
アイリーンが非難めいた眼差しを投げてくるので思わず顔を背けた。
知人の前で保護者面されるのはあまり気分が良くない。
「アイリーン様は何かご存知のようですね」
「いえ……。ただあの様な退廃的なクラブに入って、ジャックがおぞましい事に手を染める事になるのではないかと想像すると……」
(おぞましい?母さんに何か思う事でもあるのか……?)
 




